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復活(上) (新潮文庫)
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- 本の長さ488ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2004/10/1
- 寸法14.8 x 10.5 x 2 cm
- ISBN-104102060189
- ISBN-13978-4102060186
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登録情報
- 出版社 : 新潮社
- 発売日 : 2004/10/1
- 版 : 改
- 言語 : 日本語
- 本の長さ : 488ページ
- ISBN-10 : 4102060189
- ISBN-13 : 978-4102060186
- 商品の重量 : 340 g
- 寸法 : 14.8 x 10.5 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 86,405位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- ロシア・ソビエト文学 (本) - 75位
- 新潮文庫 - 1,661位
- カスタマーレビュー:
著者について

Leo Tolstoy (1828-1910) wrote two of the great novels of the nineteenth century, War and Peace and Anna Karenina.
カスタマーレビュー
日本からのトップレビュー
- 星5つ中5つ
大変良かった。
2026年5月10日に日本でレビュー済み特にありません。
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「善に生きる」姿の生々しい真実
2022年11月6日に日本でレビュー済み主人公ネフリュードフは、嘗ては高尚に生きる青年であったが、やがて軽佻浮薄な人物となり下がった人物。
ネフリュードフがある裁判の陪審員となった際、その裁判に被告として現れたのは、嘗て彼が犯した女性、カチューシャであった。
ネフリュードフはカチューシャの姿に自らの罪科の結果を見ることとなり、忽然と真の自己に目覚め、彼女をも、自身をも救おうと決意する・・。
この作品は、答えのないような非常に難しい問題に対するトルストイの鋭い筆撃が遺憾なく発揮された、感動的な作品であった。
例えばネフリュードフが自身の領地を分割するために訪れた村での民衆の描写は秀逸だ。
土地がないということが、これほどまでに庶民の困窮を常態化させるのか。
これ1つ取っても深く突き詰めれば、土地の私有という資本主義の外郭をなす権利概念の是非という、人類的な難問にまでメスを入れる裾野の広がりを持つテーマだ。
庶民に対しては貴族による土地所有が、刑事犯・政治犯に対しては、人が人を裁くということ自体が根源的な悪であるとことに思い至る。
しかしこの作品の優れたところは、一面的な社会批判に止まらない「視座の広さ」にあるのではないだろうか。
ネフリュードフの行動に対し貴族が理解を示さないのは言わずもがな、彼が救いたいと願う民衆や犯人からも理解されないのだ。
それでもネフリュードフは、己の道が人類的矛盾の解消へとつながる第一歩となると強く強く信じて、自らを鼓舞し続け、精力的に活動を続ける。
こうした場面を読む時、我々読者も自分の胸に手を当て、これまで良かれと思ってやってきた数々の行動が偽善だと指摘された時、善行を行う自分に陶酔するためという下心が本音だと指摘された時、果たして反論できるだろうかと突きつけられる。
偉業には批判がつきものだと言われるが、自己の昇華のために偉業をだしにしているという批判は最も痛烈なものかもしれない。
そして私が思うに、どんな偉業であっても絶対にこの点は否定できないのではないだろうか。
答えのない極めて難しい問題。
トルストイは、ネフリュードフを通して「善に生きる」姿の生々しい真実を描いたように思う。
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良い買い物でした
2026年7月9日に日本でレビュー済みプーチンがいなければ、ロシアの人々も本当は良い人だったろうにと思います
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語り口の巧みさはトルストイならでは。面白く読める。
2019年6月23日に日本でレビュー済み上巻を読んでの感想。「アンナ・カレーニナ」や「戦争と平和」にくらべて地味というか、波瀾万丈感がない。本のカバー裏に書いてある粗筋が488頁を費やして描かれるのだが、さすがにトルストイ、人物の描きが丁寧なのか、じっくり読ませて面白い。面白く読ませる語り口の巧みさはトルストイならではという感じがする。あと、刑務所長を訪ねたときにピアノを弾いている女や主人公から目を離さない小さな女の子、面会室で突然話しかけてくる男の子、痩せこけてニコニコ笑っている赤ん坊などなど、物語の本筋に直接からまない点描が、なんだかすごく印象に残った。当時のロシア社会を告発しているとのことだが、トルストイが一番変えたいと思っているのは、貴族や地主たちの一部富裕層に搾取されて貧しい生活をおくる民衆が、その生活に慣れ切ってしまって、その状況を当り前のこととして受け入れていることなのではないかと思った。民衆のあきらめにも似た、普通だと思っている意識を変えたいのではないか。現代のロシアでも、今の政治状況に不満があっても慣れてしまっているようなところがあると聞く(もっと怖い理由ももちろんあるでしょうが・・・)。日本でも一部の富裕層と生活を切り詰めている大多数との2極化が進んでいるように思うが、それも当り前のこととして、皆慣れてしまっていないか?じゃあ、どうすればというのは分からないが、一人ひとりが考えることが第一歩のような気がする。なんかトルストイに啓蒙されてしまったかな?主人公ネフリュードフ公爵とカチューシャの運命やいかに!下巻の展開が楽しみです(と書いたものの、下巻を読み始めるとロシア社会への批判が引き続き綴られていて、ドラマティックな展開とはいかないよう・・・)。
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人間の罪と救済の物語
2013年11月14日に日本でレビュー済み一、
「カチューシャ可愛いや、別れのつらさ」という歌は、学生時代から私の好きな歌であったが、
この歌詞の本当の意味がわかったのは、ずっと後になってからのことであった。
私がトルストイの『復活』という作品に初めて出会ったのは、古書店でトルストイ作『カチューシャ』と
いう題名にひかれて購入した時であった。深い感銘を受けたこの小説は、後書きを読んでわかったことで
あるが、実はトルストイの小説に『カチューシャ』という作品は無く、『復活』という長編小説を約半分
程度に縮刷したものであることがわかった。
そこで私は、さっそく原作の『復活』という作品(全編)を改めて読み直すことにした。
主人公のネフリュードフ公爵は、学生時代に叔母の家の小間使いで十六歳の娘・カチューシャを軽い気
持ちで誘惑し、子を孕ませるのであったが、百ルーブリの手切れ金を渡して彼女を捨て去って行く。
彼に棄てられたカチューシャは、自暴自棄のあまり淪落して売春婦と鳴り、殺人事件に巻き込まれた末、
殺人容疑で裁判にかけられる。丁度この時、法廷で陪審員を務めていたのが、、十年前に彼女を棄てたネ
フリュードフ青年であった。
この時、ネフリュードフは、自らの罪深さに気づき、深い懺悔心を起こしてカチューシャに過去の罪を
詫び、淪落したカチューシャの精神的更生のために尽力する。彼は、貴族令嬢との婚約を解消し、貴族と
しての土地財産も放棄して、彼女と共にシベリアの流刑地に出発する。彼の捨て身の献身によって、
自暴自棄になっていたカチューシャの心にも暖かい光が差し込むようになり、彼女は霊的にも救済されて
行く。カチューシャは、かねてからのネフリュードフからの求婚をしりぞけて、シベリアで知り合った聡
明な革命家シモンソンと結ばれる。
二、
この作品は、私にも男女の愛というものの奥深さを考えさせてくれた作品であった。
主人公のネフリュードフが、学生時代に小間使いのカチューシャを誘惑した時の男女の愛は、
エゴイズムの愛であった。しかし、十年後、主人公が自らの罪を深く懺悔し、彼女の精神的更生のために
全てを投げ打って示した男女の愛は、崇高な自己犠牲の愛であった。そして主人公がカチューシャの精神
的更生のために全てを投げ打ったにもかかわらず、彼女と結ばれなかったのは、崇高な自己犠牲の愛が再
びエゴイズムの愛とならないためにどうしても必要なことであった。エゴイズムの愛によって、主人公は
罪を犯し、カチューシャは淪落した。エゴイズムの愛は、男女共に堕落の道を歩ませるものであった。
しかし崇高な自己犠牲の愛によって、カチューシャは更生し、主人公も罪を償い、救済された。
三、
よくよく考えてみれば、この二つの愛は、自分自身の中にも存在しているものであり、常に試されてい
るということもできる。私がこの作品にめぐりあったのは、二十代前半の独身時代であり、この時期に
『復活』という作品を通して、男女の愛について深く考えさせられたことは、私の人生にとっても幸いな
ことであった。
さらに深く考えさせられたことは、『復活』という著作の訳者あとがきの欄で紹介されていた最晩年
(死の直前・三ヶ月前)のトルストイが弟子に語ったという次の言葉であった。
「私は若い時分には実によくない生活を送った人間です。
・・・特にそうした乱丁な生活を送っていた当時の・・出来事が私を強く苦しめる。
・・・私の叔母の家に使われておりましたマーシャという小間使いと通じたのであります。」
ああ、そうだったのか。主人公のネフリュードフ青年は、実はトルストイの分身であり、
カチューシャは小間使いマーシャの分身であったのだ。そしてトルストイは、自らの分身である主人公を
して、カチューシャの精神的更生のために献身させることによって、小間使いマーシャを救い、自分自身
をも救おうとしたのだ。
トルストイは三十代から四十代にかけて、すでに不朽の大作『戦争と平和』及び『アンナ・カレーニナ』
を発表して世界的名声を博しており、この『復活』という作品は、六十代に約十年がかりで完成させた晩
年の大作であった。自らの青年時代に犯した罪過に対する深い罪の意識に突き動かされて、
老トルストイが書かずにはいられなかった作品でもあったのだ。またそこにこの作品が、人々の心に深い
感動を与え、人々の魂を深くゆり動かしてやまない偉大な力の源泉があったのだ。
この『復活』という作品を通して語られた男女の愛におけるエゴイズムの愛と崇高な自己犠牲の愛、そ
して人間の罪と救済の物語は、トルストイが全生涯をかけて取り組んだ、後生の人々へのメッセージでも
あったのだ。
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「復活」とは?
2012年4月24日に日本でレビュー済み上巻しか読んでいない段階で「上巻についてのレビュー」として書いている。
トルストイ晩年の小説。貴族の子として生まれ、私有財産制を否定し、夫人と不和になった・・・というトルストイの半生が色濃く反映されているであろう若きネフリュードフ公爵が主人公。ネフリュードフは、若いころ、伯母の家の女中のカチューシャを愛し、妊娠させ、100ルーブルの手切れ金で捨てた、という過去がある。ネフリュードフはもともとは「それが善行でありさえすればどんな犠牲もいとわぬ、純真で献身的な青年(精神的な人間)」であったが、3年の軍隊生活によってエゴイスト(動物的な人間)になる。カチューシャを誘惑し、捨てたのはそんなとき。
それから十年、カチューシャは毒殺容疑者となり、ネフリュードフはその陪審員となる。ネフリュードフは、このとき本来の自分に戻り、無罪であるべきカチューシャを救おうとするが失敗。カチューシャは有罪となりシベリア送りとなる。カチューシャは、もう昔のカチューシャには戻らず、ネフリュードフに対しては冷淡。博愛に目覚めたネフリュードフは、カチューシャをなんとか救おうとする一方、百姓たちにも気前よく土地を貸そうとするが、虐げられている百姓たちはなかなか信用しない。貴族と平民、寄生する者と寄生される者、虐げる者と虐げられる者のコントラストを描きつつ、「土地所有権が諸悪の根源である」という社会主義的な見解が頻繁に表出されている。ちなみに、レーニンはトルストイを愛読していたらしい。
ドストエフスキーのような人間分析的な感じではなく、「思想」を強く打ち出すような小説である。ただし、上巻はぐいぐい引っ張り込まれる、というほどではない。
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重厚かつ読みやすい
2016年3月3日に日本でレビュー済みロシアの文豪では、トルストイ作品が、一番読みやすくかつ噛み締めながら読めます【個人的に】。アンナのような後半の一気感はありませんが、導入しやすいのはこちらかと思います。
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ネフリュードフは何故カチューシャに振られたか.
2012年6月11日に日本でレビュー済み本書第一編の冒頭に福音書の引用があります.マタイから2節,ヨハネとルカからそれぞれ1節づつです.トルストイがこれを掲げた理由を探るのが復活を読む愉しみの一つですが,この第一編で私は目から鱗が落ちた思いをしたところがあります.そこのところを以下に紹介させて下さい. 273ページです.トルストイの洞察の切れ味が凄い迫力で味わえます.無実の罪で収監されているカチューシャを何とか解放しようと日夜粉骨砕身の主人公ネフリュードフですが,やっとのことで面会できた彼女に次のように言われて茫然自失しました.
「でもあたしはいっときますよ,あんたにそんなことができるものですか」彼女はいって大声で笑いだした.「帰ってちょうだい.私は徒刑囚だし,あなたは公爵さま.なにもこんなとこにいることはないでしょ」彼女は憤怒のあまり形相を変え,彼の手を振りほどきながら叫んだ.「あんたはあたしをだしにして,救われようとしているのよ」彼女は自分の心のなかにわき上がってくる想いをすっかり吐き出してしまおうとあせりながら,なおも言葉をつづけた.「あんたはこの世であたしを慰みものにしておきながら,あの世までもこのあたしをだしにして救われようというんだね.あんたなんか見るのもいやらしい,その眼鏡も,その脂ぎったけがらわしい顔も.さあ,帰って.さっさと帰ってよ!」彼女は激しい動作でさっと立ち上がると,叫び立てた.
ネフリュードフの行為は彼女を助け出そうとする自己犠牲の上に成り立ちます.私はそのように思いながら読み進んできたのですが,カチューシャの一太刀を真っ向から浴びて吾に帰りました. ネフリュードフのカチューシャ救出作戦はネフリュードフ自身のための利己行為だったのです.恵まれない人に恵みを与える人がいます.この行為をもし神様に喜ばれようとして行うなら,それは神様に喜ばれない,そのことを私はカチューシャに教わりました.慈善と偽善,両者は互いに近いところにいます.その分離,判別は神の領域かも知れません.冒頭のルカによる福音書第6章40節の言葉は,弟子はその師以上のものではないが,修行をつめば,みなその師のようになろう,です.これを知ったトルストイはバイブルに励まされ,修行をつんでイエスのようになりたいと願ったのでした.
17人のユーザーが役に立ったと感じていますフィードバックを送信中...フィードバックを送信中...参考になったフィードバックをお寄せいただきありがとうございます。申し訳ありませんが、投票の記録に失敗しました。 もう一度お試しくださいありがとうございます。数日中に調査いたします。申し訳ありません。このレビューを報告できませんでした。 もう一度お試しくださいコミュニティガイドライン新しいタブで開きますに照らしてこのレビューが適切かどうか確認します。 そうでない場合は削除されます。
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