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B.C.1177 (単行本)
- 本の長さ336ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2018/1/26
- 寸法14 x 2.8 x 19.5 cm
- ISBN-104480858164
- ISBN-13978-4480858160
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房
- 発売日 : 2018/1/26
- 言語 : 日本語
- 本の長さ : 336ページ
- ISBN-10 : 4480858164
- ISBN-13 : 978-4480858160
- 商品の重量 : 500 g
- 寸法 : 14 x 2.8 x 19.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 28,287位 (本の売れ筋ランキングを見る)
- 世界史一般の本 - 36位
- 歴史学 (本) - 69位
- その他の歴史関連書籍 - 205位
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カスタマーレビュー
日本からのトップレビュー
- 星5つ中5つ
普段レビューしないけど
2023年7月4日に日本でレビュー済みこの本はすごいよ?自分らが生まれる前、世界に何が起こったのかを考えるヒントをくれる。この内容を日本語で読めることに感謝したい。
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何が文明を滅ぼしたのか。
2022年9月20日に日本でレビュー済み超古代文明という言葉の響きには浪漫がある。子どものころアトランティスなどに思いを馳せたことは誰にでもあるだろう。もちろんそのような超古代文明は実在していない。しかし人類の歴史の中で、文明は何度か巨大なカタストロフに直面してきた。本書は、ある意味で「実在の超古代文明」であった地中海東部の青銅器文明とその崩壊を、考古学的な証拠をもとに丁寧に紐解いていく。
現在から3500年も遡った時代、地中海東部では後期青銅器時代が栄え、大小の国や帝国が入り乱れて、複雑で広大な国際ネットワークを形成していた。しかしそれが"一夜にして"完全に崩壊してしまう。これはしばしば「前1200年のカタストロフ」と呼ばれるが、本書ではその象徴的な年をBC1177としている。その崩壊は徹底的なものであり、本書の記述によると、
「「ネストルの王宮は前1189年ごろに破壊されたが、それがあまりに壊滅的だったため、その後は王宮も共同体も二度と回復しなかった。……実際、ミュケナイ文明の王国ピュロスの周辺では、1000年近くも全体として人口が激減したままだった」。(…)ギリシアにおいて、この最終的な破壊がどれぐらい同時並行的に起こったものかはわからないが、その崩壊がすべて終わったあとには、明らかに「王宮はなく、文字もなく、また行政組織もすべて崩れ去って、最高統治者すなわちワナクスという概念は古代ギリシアの政治制度の枠内にはもう存在しなかった」。」(p.262)
文字すらも滅んでしまったため、ポリス社会が現れるまでの数百年間、ギリシア地域は文字記録のない暗黒時代を迎えることになる。シュメールの楔形文字に起源をもつアルファベットもこのときに滅んでしまった。これに比べると、帝国の記憶が知識層の間では語り継がれていた古代ローマの崩壊は、かわいいものに思えてくる。長い時間を経てやがて文明が再生したときには、青銅器文明は鉄器文明に取って代わられていいた。本書の「解説」ではこう述べられている:
「一つの時代、一つの世界が遠い昔、破局的な終わり方をしたようだという感触は古代ギリシア人も抱いていた。たとえば、(最新の研究では)前七世紀初めにアルファベットを用いて自作を書き留めた詩人ヘシオドスは『仕事と日』のなかで、今日の人間を「鉄の種族」と位置付けつつ、先行する「英雄たちの種族」についてこう歌う。「この種族も忌まわしき戦と恐るべき闘いとによって滅び去った」」(p.279)
かつてその地域で栄えた古代文明の記憶そのものが、伝説になってしまうくらいほとんど忘れ去られていたということでもある。鉄器文明を生み出したヒッタイトでさえ、旧約聖書にわずかに名前が出てくることを除けば、19世紀から20世紀初頭に「発見」されるまで存在自体がほとんど忘れられていたらしい。
それでは、このような急激にして完全な文明の崩壊は、どのようにしてもたらされたのであろうか。かつては、「海の民」にその要因を求めることが多かった。蛮族が大挙して侵入し、文明を徹底的に破壊し尽くしたというわけである。
しかし本書では、最新の考古学的な知見をもとに、「海の民」だけに原因を求める単純な見方を否定する。たとえば、上述のネストルの王宮についても、誰が破壊したのかは必ずしも明らかではないらしい:
「「この災厄を引き起こしたのは王国の外からやって来た侵入者だという人もいれば、ピュロスの住民自身が王に反乱を起こしたのだという人もいる。正確な原因はいまだにはっきりしないのである」。」(p.215)
このような知見をもとにして、本書は複合要因説をとる。「海の民」のような外敵の侵入だけでなく、内乱や、地震や飢饉などの自然災害が要因になったというのである。これら個々の要因は「いずれも単独ではこれほどの災厄を引き起こすことはありそうにない」(p.250)が、それらの相乗効果すなわち「ドミノ効果」によって文明が滅んだというのである。さらに著者は、
「なにがあったらこれらの文明の崩壊につながるか理解するには、いわゆる複雑性科学、あるいはより正確には複雑性理論に目を向けることが必要ではないだろうか。」(p.251)
と述べている。
評者は(良くも悪くも)理系であるので、この「複雑性理論」の援用は、やや安易に感じる面がある。自然科学の研究でも「複雑系」というお題目を掲げたところで何かが深く理解できるわけではない場合が多いと感じるからだ。しかしそれはともかく、「海の民」単一要因説のような過度に単純化された見方を退けて、考古学的な証拠を重視しながら現実の歴史の複雑さに立ち向かっていく著者の姿勢が重要なのは間違いないだろう。
現在、我々の文明は人類の歴史上もっとも高い水準にあり、もっとも「複雑」な社会を形成している。それが何らかのきっかけで完全に崩壊してしまうことも、必ずしも空想とは言い切れなくなっている。歴史から安易に教訓を引き出すのは良くないのかもしれないが、古代世界の崩壊が我々の文明の行く末を暗示すると考えるのは不自然なことではないだろうし、本書の著者もまたエピローグでそのことに触れているのが印象に残った。
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明日の世界を知るために…。
2021年1月22日に日本でレビュー済み今から約3000年前の東地中海一帯の文明社会がいかに繫栄し、紀元前1177年を境になぜ終わりを告げたかを、推理小説のように組み立てていった「学術書」です。難解な言い回し、くどい文章が散見されて読むのに一苦労しますが、約3000年前の東地中海世界の繁栄と崩壊の様子が目の前にありありと浮かんでくるようで、苦労の分以上の読みごたえがありました。紀元前1177年を境になぜグローバル化した世界が終わりを告げたのか?長い間、「海の民」の活動がカタストロフの原因ではないかとされてきましたが、「海の民」はあくまでも原因の「結果」であるようです。では、実際に何が原因だったのか?残念ながら結論は書かれていません。それは今後の研究結果にご期待…のようです。
ふと気になって「縄文時代」の関連本を読んでみると、ちょうどBC1200年頃、日本では寒冷化と海の後退が進んでいて、人口が減少して大型の集落が姿を消していったそうです(三内丸山の大集落はこれより千年前のBC2200年頃に消滅)。そしてBC1000年頃、西日本の一角で「稲作」という新しい生産様式がはじまります。一方、中国大陸ではBC1000年頃、殷王朝が滅亡。何らかの理由で殷の支配システムが機能しなくなり、西からやってきた新興の周王朝にとって代わられたようです。この時代、地中海沿岸だけでなく地球規模で深刻な事態が起こっていたのかもしれません。
調べれば調べるほど、興味が尽きない時代です。
今のグローバル化社会が永遠に続くと信じているオメデタイ人はおそらくいないと思います。現にEUのギリシアの財政破綻やリーマンショック、そして現在の新型コロナの世界的流行を見ると、このグローバル化された社会というのは案外「豆腐のレンガ」で作られた家のように不安定で壊れやすいものなのかもしれない。約3000年前のことなんて関係ねぇよ!そんな昔のこと調べて何になるんだよ!などと侮ってはいけません。明日、同じような崩壊と暗黒時代がこないと誰が言いきれる?
明日は世界はどうなるのか?ヒントを得たい方にお勧めの1冊です。知らないまま流されて明日を生きるよりは、知っていた方がずっと良いと思います。
「生きているということは知ることなのだ」(「ジパング」第一巻より)
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後期青銅器時代崩壊が複合的要因によるものと指摘する
2021年4月2日に日本でレビュー済みB.C.1177とは後期青銅器時代が崩壊したとされる象徴的な年である。
とは言え、後期青銅器時代はこの年の一瞬の大事件で崩壊したのではなく、数十年にわたる種々の要因で衰退して行ったのだと著者は指摘する。
そして紀元前1177年とは、エジプトのラムセス3世が“海の民”と陸海の戦を繰り広げた年であり、この年を境にエジプトも劇的な衰退に向かう。
つまり、後期青銅器時代の崩壊を象徴する年ではある。
しかし、原因はこの1点にあるのではない。
ではなぜ後期青銅器時代は崩壊していったのか?
そのことを理解する前に、実はこの時代はぼくが想像していたよりもはるかに豊かな時代であったことを本書は指摘している。
エジプトの新王国、ヒッタイト、ミュケナイ、バビロニア、キュプロス、トロイア、クレタ、アガリトなどの王国が、エーゲ海を囲む地域に林立しているが、それらの王国の間で交易が活発に行われ、外交も繰り広げられていた。
そうしたことが、発掘された粘土板による書簡によって明らかになっている。
そして、従来は謎の民族である“海の民”の移動によって、劇的に崩壊したという説が主流であったが、この“海の民”は前述したラムセス3世に関わるヒエログリフ文の中にしか登場していない。
こうしたことから、著者は後期青銅器時代は1つの要因で崩壊したのではなく、グローバルシステムが様々な要因(地震、内乱、戦争、干ばつなど)で機能不全に陥り、そのことによって相互依存するグローバルシステムが時間をかけて衰退し崩壊したのだと指摘している。
今日のグローバル社会にアナライズできる世界システムが、すでに3000年前に存在していたし、その崩壊から現代社会の危険性も洞察できるというのである。
ぼく自身は、この時代に対する知識量は乏しいが、一応は納得できる展開だと感じた。
それにしても、地図を見れば一目瞭然なのだが、後期青銅器時代では、エジプト、近東、小アジア、ギリシャ、クレタ、キプロスと、あの狭い地域こそが“世界そのもの”であり、さまざまな文明がひしめき合っていた。
ローマなどは、まだロムルスによる建国にもいたっておらず(その400~500年後だ)、未開の地だったのである。
ただ、本書のような学術書は、単なる古代史好きに過ぎないぼくのような読者にとっては、読むのがつらかった。
先行研究をずっと比較して行くスタイルであり、一般向けとは言え、論文的な色彩が濃いからである。
読了まで1カ月近くもかかってしまった。
歴史を小説のように語る、という本の方が性に合っているのかもしれない。
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引き揚げ船から見る3000前の政治と暮らし
2020年5月4日に日本でレビュー済み5千年から3千年前の事が今までの自分の予想を完全に覆しました。エリックHクライトンの辛抱強い考古学者魂が、エーゲ海から船が完全な形で引き上げられる。私たちが予想もしていなかった交易船が見つかり、当時の生活用品や陶器の樽に穀物、青銅版、そして粘土板の古文書が出てくる。そこまで読むのが辛抱が必要。そして古文書に書いてある事が読めて当時の国と国の付き合いが分かり、読んでいてワクワク興奮してきます。これは凄い本です。
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貨幣がなくても国際交易が発達していたという事が興味深い、ただ、日本語副題の「グローバル」の語は如何な物か・・・。
2018年4月7日に日本でレビュー済み「古代グローバル文明の崩壊」という日本語副題が付いている(でも「グローバル」ではないよな)。これは東地中海とアナトリア、カナン、チグリス・ユーフラテス流域、ナイル川流域に興隆した後期青銅器文明が300年ほどの繁栄(例えばツタンカーメンの時代はこの時代に含まれる)を経て、3,000年以上前のB.C.12世紀に突如、数十年程の間に衰退した事を主題としているからである。
しかしながら、本書の大半は衰退の原因や、その課程についてではなく、その衰退した文明群自体がどのようなものであったかの記述である。また、この書籍で興味深いのは、この文明群のインターナショナルな交流についての最近の発見と研究についての内容であると感じている。
私にとって興味深かったのは
エジプト新王国、ヒッタイト、クレタ文明などその時代の文明間で広範で豊かな物資の交易があった事(他国出身職人の移動や青銅の原料、香料、食料、油脂などの物資の交易の証拠、またギリシアやクレタでエジプト王のヒエログリフを刻んだ遺物が多く見つかっている)。
この時代まだ貨幣が登場しておらず、貨幣経済無しでこれだけの交易が成立していたという事(貨幣がなくてもこれだけの交易経済を築く事が可能であった!)。
楔形文字の粘土板記録が豊富に見つかっており、その中には、国王や支配者同士の交流を直接記述しているものが多数見つかっている。
その交流の内容が驚くほどに面白い。
戦争もあったが、概ね平和的にインターナショナルな関係と交流、更に言えば相互依存関係が築かれていた。
その文明群がわずか数十年で衰退し、同じ水準の文明が再び現れるまでに地域によっては数百年を要した。
さらに、当時もっとも重要な材料物質は武器、鎧などに使われる青銅(銅と錫の合金)であって、戦略資源(現在の石油に例える学者もいる)であり、この文明群でのその原料は銅が今のキプロス、錫が文明群の辺境(または文明群の外部?)である現在のアフガニスタン地域に偏っており(この点も石油の偏在性に似ている)、交易なくして青銅器文明は成立し得ない。
といった様な、この地域の後期青銅器文明の世界についての知識であった。
さて、ヒッタイトと言えば鉄の帝国というイメージがあったのだが、この本ではヒッタイトの鉄について殆ど触れられていない。そして、この文明群が衰退した後の復興期以降が鉄器文明であるとされている。この点が気になって調べたところ、最近ではヒッタイト帝国と鉄の関係についてはあまり重視されておらず、ヒッタイトが存在した地域では、帝国以前から鉄が生産されていた形跡はあるが、この時代には鉄の生産量は極めて低く重要性はまだ高くなく、圧倒的に青銅が重要であり(従って青銅器時代であった)、ヒッタイトが鉄の武器を使った事で帝国が築かれたという説も殆ど否定されている様子であったのが意外であった。このヒッタイトと鉄に対する最近の知識に触れる切っ掛けを与えてくれた事もこの本を読んだ恩恵と感じている。
ところで、舞台となる地域の地理的規模感について、日本人は注意すべきである。この書籍が扱っている文明群は現在の国名で言うとギリシャ、キプロス、トルコ、シリア、レバノン、イスラエル、イラクのチグリス・ユーフラテス流域、エジプトのナイル川流域に存在していた。地図を見てみると分るが、距離で見れば日本列島の全長より短く、面積で見ても2、3倍ほどであろうか?実はインターナショナルと言ってもこの程度の規模なのである。
日本語副題は「グローバル」としているが、これは明らかに誇大広告であろう。globalはglobe(地球)全体に渡るという意味であるから、せいぜい東地中海と中近東の一部という地域的広がりでグローバルという言葉を使った出版社の良識を疑う(筑摩書房ともあろう者が)。全部日本語を使えば「古代地球規模文明の崩壊」となり、「雑誌のムーか!」と突っ込みを入れたくなる(本来の題は「1177 B.C. The Year Civilization Collapesed」と真っ当なもの)。また、これをグローバルというならば、縄文時代の黒曜石の流通も立派にグローバルになってしまうだろう(もし筑摩からこの題材を扱った本を出版するとしたら、その本に「縄文黒曜石のグローバルな流通」という副題をつける勇気はあるのか?)。
主題に関する結論は、かつて考えられていた衰退の原因である「海の民」の侵攻による混乱と言った単純な物ではなく、「複合的な理由が重なった結果であろう」と言うものなのであるが、「海の民説」自体についての詳しい知識を持っていない一般的な日本人には何ら意外性のない、ありきたりな結論であり、特に驚きは感じられない。専門の学者が書いた、真っ当な書籍であるので、このこと自体は問題ではないが、現在のグローバル社会への警鐘と言うには少し力不足であろう。
繰り返しになるが、この本の魅力は東地中海とアナトリア、カナン、チグリス・ユーフラテス流域、ナイル川流域に興隆した後期青銅器文明がインターナショナルでダイナミックな世界であったこと、そしてそれが考古学的発掘による遺物と豊富に見つかっている楔形文字の文献から明らかになっているという点であり、これらの交流が貨幣経済無しで成立していたということを知らせてくれるという点にあると考える。
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システム崩壊の象徴としての「海の民」
2022年12月2日に日本でレビュー済みヒッタイト等を滅ぼし、東地中海世界を中心に混沌の時代を引き起こした「海の民」。
旧来は、この海の民が紀元前12世紀までの青銅器文明世界を終わらせたと考えられていた。
だが、卵が先か鶏が先かという感じで、崩壊の原因でなく結果として理解することが一般化する。
本書では、そうした理解が進むまでの考古学研究の流れを丁寧に解説するとともに、
広域をカバーする文明システムが崩壊するとはどういうことなのかという点にも重点を置く。
断定的な切れ味鋭い記述ではなく、気候不順・地震等々の地域不安定要素の相互作用により、
臨界点を迎えた結果、流浪の混成集団たる海の民が生まれ弱体化王国群に侵入させたという結論。
研究者の一般向け教養書としては妥当な内容である一方、タイトルはキャッチーなのが上手い。
なお海の民のうち分かっている構成民は〇〇人、▲▲人(例えばシチリア人等)といった解説が、
碑文や粘土板文書レベルからきちんと解説してくれているので、そこに興味のある人もどうぞ。
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「1491年」ほどの衝撃はないが、それ以前の古代世界の交易圏の大きさを示すことで、その衰退があったことを明確にしたものです。
2018年6月6日に日本でレビュー済みこの年代以前の交易圏の広さと交易量の多さを最近の考古学的資料から教えてくれました。その交易を保証した王権・国家領域への集団的・民族的な侵攻があったこと、これによってその貿易圏を保証した権力基盤が脆弱化して、交易そののもの衰退があったことを教えてくれました。エピローグでその転帰を明瞭に示すことができなかったのは、仕方のないことながら、残念です。
改めて教えて頂きたいたいこと、それは、青銅器文明がその青銅器作成の燃料源として小アジアからメソポタミア、
さらに錫鉱石原産地であったアフガン・パキスタン地域にあったはずの天然林を破壊せずには成立しえなかったこと、
その結果そこに砂漠が誕生したこと、この荒廃して残った土地に流浪の人間の集団が結果的に誘導されて定住したこと、
そこに新たな砂漠の民として形生された集団(海の民?の一部)がその集簇の術として一神教を啓示されたこと、
その一神教は千数百年の時を経て分枝してユダヤ教・キリスト教・イスラム教を形成しては、宗教国家として勃興と変遷を繰り返し、
その途中でB.C.1177から3178年後の事件を引き起こし、さらにその後の同地域での混乱を生じている、
という転帰の転換点であることを暗示したものと解釈でよいのでしょうか。
第一段のみを明確にすると、陳腐なエコものになり、第三段以降は中東~西欧社会ではタブーになるのでしょうか。
後者は「1493年」よりも凄惨な記述に溢れることでしょうが、それも「B.C.1177.」の転帰のひとつと読めるのでしょうか。
それにしても、青銅器鋳造にはどれほどの森林伐採が、あの時代の技術では必要であったか、ご存知の方、終えてください。
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