ふじた@Birds_HashibiroJan 27アーレントによれば、食べるために働くのか、働くために食べるのかなどという問いには意味が無い。 労働も消費も生命過程の不可欠な部分であり、一方を目的と見て、他方を手段と見るようなことは無意味だからだ。 目的と手段の思考は何に対しても有用なわけではない。57
ふじた@Birds_HashibiroOct 16, 2025Xのlikeとかフォロワーの数とかnoteのスキとかそういった量的な承認に隷属しないためにどうすべきか?という問題について、自分なりに問題を整理して考えてみました。 (手軽な解決策は書いてないです) note.com量的な承認に隷属しないためにどうすべきか?【思想記#6】|ふじた今回は、現在私が気になっている「量的な承認に隷属しないためにどうすべきか?」という問題について、自分なりに問題を整理してみようと思う。 ※なお、この記事を読んでも、「こうすべきだ!」という画期的な解決策は出てこない。 1.資本主義社会の量的な指標 この問題の第一のレイヤーには、資本主義社会を生きる人間が量的な指標に隷属しているのではないかという課題がある。 私が最近読んだ江草令さんのnote...142
ふじた@Birds_HashibiroOct 14, 2025承認ゲームとしての『note』に隷属しないための記事 #note 承認ゲームとしての『note』に隷属しないために【思想記#5】|ふじたFrom note.com130