TOP>備前県民局エリアの地名の由来>岡山市北区津倉町

 

地名の由来:津倉町

地名の由来


津倉町を歩く

 岡山市北区に位置する「津倉町」は、岡山駅のちょうど北側、国道180号線と京山のちょうど中間に広がる一帯です。

 以前、近隣にある妙林寺を訪れるためにこのあたりを歩いたことがありますが、中心市街地の一角にありながらも、大通り沿いにいくつかお店や企業が見えるほかは、概ね集合住宅や一戸建ての民家がしずかに並ぶ、ごく落ち着いた「住宅地」といった趣の街です。
 中央市街地でもこの辺りまで来ると駐車場を備えた家が増え、町並みが車社会の岡山らしい雰囲気を醸し出しています。

地名の由来

 「津倉町」という地名には、現代の穏やかな街並みからは到底想像もつかない、かつての岡山を物語る驚きの由来が隠されています。

 地名における「津」という漢字には、文字通り「港」や「船着場」という意味があります。

 かつて、岡山市内の中心を流れる旭川の京橋周辺は、物資や人を乗せた数多くの船を受け入れる一大拠点として猛烈な賑わいを見せていました。そし て、その水運の要衝から少し離れたこの津倉町のあたりには、当時、船着場(津)のための倉庫(倉)がずらりと立ち並んでいたのです。

 つまり、「津の倉庫がある場所」――それがそのまま縮まって「津倉町」と呼ばれるようになったというわけです。今でこそアスファルトの道路と住宅が詰まった乾いた空間ですが、かつては舟運を支える重要なバックヤードとして機能していた歴史があるのです。

水運が支えた、かつての岡山市街の賑わい

 歴史を少し紐解けば、鉄道や自動車といった近代的な交通網が発達する以前の岡山において、旭川の船の行き来こそが経済と流通の圧倒的な中心軸でした。

 岡山市の旭川沿いでは、戦後の少しの時期に至るまで、まだ名残としての船が着いていたという記録も残されています。何しろ当時の繁栄の中心は、舟着町というその名がそのまま残る京橋周辺であり、水上交通こそが街のライフラインだったのです。

 今回歩いた津倉町も、そして京橋や舟着町といった周辺の地名もすべて、かつてこの岡山の繁栄を水運の力で力強く支え続けていた「かつての風景」を今に静かに伝える、かけがえのないタイムカプセルに他なりません。

 次にこの静かな住宅街を歩くときには、かつてここに船の荷物を満載した倉庫が並び、水面を行き交う人々の活気が満ちていた光景を、ふと頭の片隅に思い浮かべてみたくなります。



 -岡山の地名一覧へ戻る-

関連リンク


写真:津倉周辺
写真提供:Googleマップ
最終更新日:2026.8.29

ページトップに戻る