プロフィール
書いていたら長くなってしまいました。
| 氏名 | 崎田 和伸(さきだ かずのぶ) |
|---|---|
| 生年月日 | 昭和48年5月 |
経歴(時系列)
広島県三原市糸崎町にて生まれる。
5歳くらいまで糸崎町で暮らす。
糸崎港とその付近で、祖父と釣りをしながら育ちます。
父の転勤の関係で、広島県府中市広谷町へ引っ越し。
わかば幼稚園(若葉幼稚園)へ入園。
卒園後は、府中市立旭小学校に入学。
父の転勤で、広島市南区段原新町へ引っ越し。※段原再開発で町名は消えました。
同時に広島市立段原小学校へ転校。部は水泳、サッカー。どちらも長続きしない子供でした。
広島市立段原中学校 入学。
所属はテニス部。死ぬほど練習。
広島市立基町高等学校 入学。
Boowyのカバーバンドをやっていました。ベース担当。
若気の至りで、「東京さ昇るだ」と息巻いておりました。
※ちなみに、当時のバンドのギター担当が、私経由ではなく別ルートであすみあグループの中に入ってきてくれました。ご縁とは不思議。
京都の、とある大学を受験。
合格していると確信して京都へ行き、住むために「ここいいなぁ~あ、ここもいいなぁ~」と不動産会社を巡りながら大学の発表掲示板へ。
結果は不合格。失意のどん底で、帰りの新幹線に乗る。自己採点もせず思い込む、アホです。
この頃、実家の転居と一緒に広島市安佐南区長束西に引っ越し。
広島経済大学 経済学部経営学科 入学。
経済学部にも関わらず、卒業論文は「ナルシシズムと対人関係」。
自己愛性人格障害と対人関係への影響について本気で書きました。
心理学部のある大学へ行きたかったのだと、その時、やっと気づきます。(だが行かず)。
クラタ空調機器株式会社 入社。
岡山営業所 配属。岡山県岡山市北長瀬本町に在住。
家電量販店(現:エディオン)へのダイキンエアコン、ダイニチファンヒーターのルート営業。(卸売販売)
岡山県内約20店舗を担当。土日なく働く。
ある店舗では当時無名であったダイキンルームエアコンの販売新記録を樹立。
ある店舗では、ダイニチファンヒーターの販売台数一日100台達成。
勤務期間中、営業目標数値を下回ったことはありません(と記憶しています)。
やりがいと楽しい日々だったが、なぜか、心理カウンセラーになるため、同社退社。
(当時の上司、営業所の皆さまには、大変なご迷惑をおかけしました)
相当な覚悟をもって退職したにもかかわらず、道のりの困難さを知り早くも挫折(方向転換)。
あまりにもブラックな会社員生活だったため、時間・精神的な面から、深く考えることをせずに決めたのが敗因。
将来を考えた結果、レンタルDVD店でフリーターをしながら公務員を目指す。
夜間学校に通いながら受験し続けるも、すべて不合格。
人生いくつ目かの挫折。
バイト先の先輩に誘われ、失意のうちに行政書士試験を受ける。
行政書士の結果通知が届くが「不合格なのに通知が届くなんて丁寧だな~」と思いながら、開封せず。
※ちなみに、受験した年の合格率は、2.4%(広島県)。1,000人受験して976人が不合格になる試験でしたので、当然、不合格だとばかり思っていました。不謹慎ながら、行政書士になりたくて受験したわけではなかったので、そんなバチ当たりなやつが合格するはずがない、という先入観もありました。
通知の封筒を捨てる前に「念のため開けてみるか・・・」と思い、開封したところ、なんと合格通知。
※たぶん、わたしを心配しながら天国へいった祖父が受からせてくれたんだと思います。いやほんと、封筒、捨てなくて良かった。捨ててたらずっと気づかないままだったと思います。
少しずつ、行政書士として働きたいと思い始める。
行政書士事務所への就職先を探すもゼロ。かなり探しましたが、全くありませんでした。
仕方なく開業を考えるが、周りから「そんなの食っていけるものか!」と一蹴される。
自分でも「その通りだよね、そうだよね、ごもっとも。」と思い、一般企業への就職活動を開始。
人材派遣会社の社員の最終面接に残るが、なぜか辞退。
リアルでもネットでも「行政書士は食えない」と言われた続けたことに対して「だったら食ってやる!」と決意。
行政書士登録申請へ。
行政書士事務所設立。
行政書士登録費用を支払ったら、銀行口座の残高は数千円。
当然、「コネなし、金なし、経験なし」。
あるのは古いパソコン1台とプリンター、そして27歳の自分だけ。
この机からスタートしました。
初めての依頼は「告訴状作成」。
依頼人のため全力を尽くすも受理に至らず。自らの力のなさを痛感するとともに、◯◯士という職業の「人の人生に与える影響の大きさ」に愕然とし、重責を心に刻む。
依頼ゼロが続く。飛び込み、ポスティング、広告・・・思いつくものはすべてチャレンジしたが、すべてが失敗。
お金が尽きて、健康保険すらない状態が続き、熱が出ても、歯痛でも病院行けず。
どうしても歯が痛かったので歯医者に行くが、無保険・みすぼらしい恰好で、白い目(哀れな目)で見られる。
あの目は今でも憶えています。
活動するうちに、ごく少数ながら、手続をお任せいただく企業様が出現。
あんな「どこの馬の骨ともわからない若造」に任せてくださったご恩は、一生忘れない。
広島SOHO’オフィス 創設時に入居。(現:ソアラビジネスポート)
場所は広島市西区楠木町。
入居予定者と、ホコリをかぶった床を拭くところから始まり、共同オフィスは立ち上がりました。
当時、共同オフィスというものを、創立時入居者という立場でしたが、ともに入った方たちは心から尊敬し、そして今でも「戦友」だと思っています。特に牛来代表には感謝しかありません。
メルマガ「つねぞうの知って得する!法律講座」配信開始。

読者数2,000名を超える。読者数2,000名にも関わらず、方向性が違うと感じ2003年完稿(終了)。
結果として失敗です。 行政書士として、個人を対象にサービス提供してゆくのか、ビジネス層を対象とするのか、迷っていた時期です。
有料相談サイト「いい相談どっとねっと」開始。【2006年終了】

ネットで相談すれば封書で回答が届く事業。
恋愛、離婚、ペット等の専門家が参加。相談数500を超えました。
たくさんの受注はありましたが、これも、事業としては失敗です。【2006年終了】
法律系インターネットサービス「いい遺言どっとねっと」を企画。
企画開発段階で、広島インターネットビジネスソサエティ 優秀ビジネス事例として表彰される。
ちなみにこのビジネスは、資本金300万円の有限会社を作って、その資本金でやりましたが、お金は、まるまる無くなりました。300万円の損失を出して失敗、ですね。
このビジネスはもちろん終了。そして有限会社、休眠・・・。
失敗にめげず、一念発起。
広島市中区西白島へ事務所移転。



この頃からも事務所運営の厳しさ、難しさを実感します。
私のマネジメントが下手なので、スタッフ離職率、非常に高い状態が続きます。
「組織を大きくすればみんな幸せになる」と思い込んでいた時期です。
当時4名体制でしたが、うち2名が退職。
実務対応が追いつかず、地獄を見ます。
銀行で依頼人さまの「法人実印」を落とし、銀行から依頼人さまへ連絡がゆきます。
なんとか許していただいたのがこの頃です。
「1円を稼ぐことの厳しさ」を、骨の髄から知ったのも、この頃です。細胞レベルで身にしみました。
事務所運営は外からは落ち着いているように見えますが、内側はガタガタ。
そんな中、かねてから考えていた、「行政書士事務所を組織として運営してゆくこと」を実践してゆくため、事務所名を「ひろしま中央行政書士事務所」へ変更。
=事務所名から、個人名を抜いたということですね。
この頃も「拡大すればみんなが幸せになる」と考えています。
約10年、七転び八起きで事務所をやってきて、行政書士という業界の「運営」という面での遅れを実感。時代の早さと合っていないと感じました。わたしの失敗と克服が、新規開業する方の役に立てばと思い、何かを出したいと願っていました。わたしの心の整理整頓の意味もあります。そんな折、アプリ開発会社さんと協議し、電子書籍の出版が決定。
実務の合間に原稿執筆。編集者さんにダメ出しもらいながら、何とか完稿。2010年9月、アップル社の承認を得ることもでき、発売開始。たくさん購読していただきました。
ありがとうございます。
約3年販売した段階で、リニューアルを検討しましたがアップデートする労力の投資ができなかったため、、2013年に販売終了させました。
iOSのiPhoneのみ対応、という電子書籍では、異例の販売数だそうです。でも、アプリ制作会社さん、編集者さんへの委託料を差し引くと、5万円くらいの赤字です(これも事業としては失敗)
その頃、クラウドサービスの利便性の高さに注目し、GoogleAppsを活用していました。
なぜか、Google社から声をかけてもらい・・・Google社 GoogleApps成功事例として掲載される。
しかしながら、事務所内部のガタガタは継続中。
自分自身について、事業体の内側を固める能力の低さを体の芯から思い知る。 =マネジメント能力のなさ。
ウェブ解析士(初級)取得。
わたし自身の経営能力の低さを何とかしようと、「士業経営勉強会」を立ち上げ。
弁護士、税理士等の異なる士業の経営者との情報交換を盛んにする。
一定期間運営したのち、保険会社、ウェブサイト制作会社にその運営を移管いたしました。現在、活動は終了しています。
個人事業の「ひろしま中央行政書士事務所」を、法人化(行政書士法人 Asumia へ)。
意味は、関わる皆さんと共に「明日を見すえて歩んでゆきたい」=明日見歩。
この当時、広島県内に行政書士法人は2つのみでした。(現在は数十法人)
数え切れない挫折はしてきましたが、ここで大きな挫折。事業の方向性を変えるくらい大きなものでした。法人化から半年も経ずに。。。拡大志向の限界ですね。
この頃、拡大志向ゆえに中堅・大手企業さまからのご依頼が多くなっており、慢性的な赤字に苦しんでいました。なぜ?と思われるかもしれませんが、当時の事務所(私)の実力、資金力では赤字ばかりの日々となってしまいました。
CMで流れるような企業さまからの契約をいただいて、所長としては嬉しかったですが、経営的には愚策です。事務所の実力が足りない状態で中堅・大手企業さまをお手伝いするべきではありませんでした。
そんな中、日本政策金融公庫から、融資を断られました。「一度断られたくらいでどうした!?」と思う方がおられるかもしれませんが、いろいろ考えた結果、「あんたはダメ経営者だよと言われた」と捉えました。ともかく「拡大すれば皆が幸せになる」という志向を見事に打ち砕かれたことになります。(自分の中では)
倒産・廃業の危機に陥りますが、何とか持ちこたえます。断りの文書がこれです ↓
この文書は、今でも保管して、教訓にしています。
ここから「拡大を前提とした事業ではなく、適正な規模、適正な利益を前提とした事業」に移行してゆくことになります。
「え?適正な利益を前提とした経営、当たり前じゃん」と思うでしょ。
いやいや、目の前に「拡大路線」があって、なんとかなると思っていたのです。本当にアホです。
行政書士法人Asumia 東広島支店 開設。 (拡大のためではなく、社内体制のためです)
この頃、自分が企画や事業体の外向けの活動が得意(それしかできない)ことに、やっと気づくことになりました。
内側を固めることをもうひとりの役員に任せる方向へ進みます。
専門家ネットワーク あすみあグループ発足。

かねてから協議をしていました。
広島、岡山、島根の行政書士、司法書士と共にグループ化しました。
※事業体、財務、情報管理は別々の団体です。
企画立案した張本人でもあったので、創立時のグループ代表に就任しました。
中国五県の行政書士では初めて「電子決算公告サービス」を開始。
事業化を目指しましたが、結果、撤退しました。失敗です。(↓チラシです)

思い切って事務所移転。(広島市東区光町2丁目6番41号へ)

依頼人さまにとっての「便利とは?」を考え、思い切って、広島駅新幹線口交差点から徒歩5分の場所に事務所を置きました。同じフロアに、あすみあグループのうち、税理士1、行政書士法人1(行政書士法人Asumia)、司法書士法人1、土地家屋調査士事務所1が入ったオフィスです。
あすみあグループの本部機能も持ちます。
参考)移転の際に掲載いただいた経済誌の記事です。

事務所運営についてずっと考えた結果、ご依頼前と後とを分けて専門特化する考え方に舵を切りました。=「製版分離」と呼ばれることがあります。
行政書士法人の二人の登録行政書士のうち、わたしがご依頼をお受けする「前」に特化し、もう一人がご依頼を受けた「あと」に特化する方向性へ舵を切りました。
情報処理技術者試験 ITパスポート 合格
ずっと「応用」から入らざるをえなかった自分には「基礎力」が欠けていると思っていました。
資格試験を通じて、基礎がない自分の根幹を鍛えたいと思い、受験しました。
ビジネス実務法務検定 2級(ビジネス法務エキスパート)合格
こちらも同じ理由で受験し、幸いにも合格することができました。
あすみあグループの代表を退任しました。グループが立ち上がって4年が経ち、落ち着いてきましたので、他の理事にお願いし、退任させてもらいました。
この時点、グループの一員である、行政書士法人Asumiaの代表は続けている状態です。
心理系の知識を得たいと思い、メンタル心理カウンセラーという資格を取得しました。
士業の先生からのご相談をお受けすることを始めました。このウェブサイトです。
累計 数十事務所(法人、個人)からご相談をお受けし、ご相談応対は数百回を超えています。
行政書士法人Asumiaで直接業務遂行していた会計記帳代行について、あすみあグループ内に「あすみあ経理・会計記帳代行合同会社」を設立。
会計記帳代行業務は、完全移管し、名実ともに、当該会社で担当することになりました。

【複業】として個人事業を開始。行政書士法人の代表社員とは別の事業です。
いくつか事業を行っています。
その事業の中の1つですが、いわゆる士業に適切なLINEスタンプが無かったのでリリースしました。
↓ ↓ ↓
法律・会計・労務等の専門家向けLINEスタンプ
法律、会計、労務等の専門家が使えるLINEスタンプです(^^)
私も士業の端くれですので、自分ならこういうの使いたい、を考えてリリースしました。
損益分岐の販売数は、600個! いつ届くのやら…。使えるスタンプがありましたらどうぞ、崎田をお救いください。
【男性版】法律会計労務専門家 便利スタンプ 🔗
【女性版】法律会計労務専門家 便利スタンプ 🔗
複業の個人事業で、初めて土地を買ってみました。広島県廿日市市の中心部から車で20分程度の位置にある更地です。
都市計画法の用途地域の中の第一種住居地域です。約300平米。
2023/5:おかげさまで売れました。
購入時の費用、保有中の固定資産税、売却の費用を考えると赤字です^^;
これも失敗ですね。ただ、とてもいい経験と勉強になりました。
複業の事業で、心理効果・法則が網羅されたマウスパッドと下敷きをAmazonにてリリースしました。
心理効果・法則はその多くが偉い学者さんたちが実験をもとに残してくれた遺産ですが、ビジネスの場で活用できないか、と考えて制作したツールになります。


→2023年末、販売を終了しました。たくさんのご購入、ありがとうございました。
最終的な数値としては失敗に入りますが、とてもいい経験になりました。本当にやってよかったです。
行政書士法人内の私の役割、今後の生き方など考えて、行政書士法人Asumiaを社員に任せ、代表社員を退任しました。いわゆる従業員承継です。使用人行政書士に代表社員に昇格してもらい、承継してもらった形になります。わたし自身は新たに「あすみあ創業サポート行政書士事務所」を設立しました。ここで48歳。再スタートです。
あすみあグループの代表に再び就任しました。
高校生になる歳の息子から、日本の高校なら行かない、海外の学校へ行きたい、という希望がありました。
その話を聞いて、わたし自身もコンフォートゾーンから抜け出して、また新しいことに挑戦したいと思い、一緒に移住することにしました。
マレーシアのジョホールバルという都市です。2025/3/31から滞在しています。
マレーシアはここです↓

ジョホールバル(ジョホール州)はここです↓

暮らし始めたところ、新しいことばかりで驚きの連続です。この経験と得る価値観も、人生に活かしてゆきたいと思っています。
なお、移住にあわせ、24年続けた行政書士登録をおろしました。(時期不明ですが帰国するならば、また登録しようと思います)
士業ではなくなったので、あすみあグループ理事・代表職も退任となりました。
海外移住だなんてとんでもないことだとわたし自身も思いますが、決めてしまったので何とかするしかありません。
海外居住で得られる経験と価値観を、ビジネス面でも活かしてゆきたいと思っています。
役職など
役職など
士業事務所.com 主宰
行政書士法人ルート 相談役
(創業した行政書士法人 Asumiaから2025/10 社名変更) Web 🔗
あすみあグループ 発起人、元代表 Web 🔗
全国行政書士法人会 共同発起人、元理事 元事務局長 Web 🔗
趣味
法律・会計・労務等の専門家向けLINEスタンプ(企画制作・販売)
第二弾: 男性版 🔗 / 女性版 🔗
第一弾:男性版 🔗 / 女性版 🔗
TikTokチャンネル(再生数5,000,000回以上) こちら 🔗
Quora(実名制Q&Aサービス)(回答閲覧回数 300,000回以上) こちら 🔗
資格
行政書士(2025/3 一旦登録を下ろしました)
メンタル心理カウンセラー
ファイナンシャルプランナー(3級ですが)
ビジネス法務エキスパート
情報処理技術者試験(ITパスポート)
個人情報保護管理者(認定CPP)
初級ウェブ解析士(試験合格)
管工事系の資格(20年以上前なので、資格名、忘れてしまいました…)
まとめ
以上のように、基本、「失敗と克服」を繰り返してきています。実務では失敗は許されませんが、自社の経営面では「挑戦・失敗・克服」の繰り返しです。
いわゆる「士業」の生き方としてはかなりレアかと思います(-_-;)
わたしにスーッと入ってくる言葉があります。
人生は死ぬまでの暇つぶし
勘違いしてしまう人が出そうな言葉かもしれません。頑張っても怠けても同じなら怠けて生きよう、とか。
でもそうではなく、どうせ暇つぶしなら、楽しく有意義な暇つぶしにしたい、という意味です(わたし的には)。
死ぬ時に「あー死にたくはないけど、まあ、おおむね、やりたいことやりきった人生だったよな、楽しかったな」と思えるような人生を送りたいと常に思っています。(上のプロフィール見ていただくとわかっていただけると思いますが)
やった後悔よりもやらなかった後悔のほうが大きい
格言のように見えますが、これはボストン大学での心理実験にもとづく心理的傾向の一つです。
個人的に、やりたいと思ったことを実際にやって失敗するケースが多いです。ただ、やった結果、後悔することもありますが、一つひとつの経験が肉になり骨になっています。もしやらなかったら後悔は大きかったと思います。
社会資本・人的資本・金融資本を充実させる
幸福の資本論(橘 玲 氏)で知りました。社会資本とは人間関係、人的資本とは仕事、金融資本とはお金を指します。普段の生活ではこの3つを充実させることを心がけています。ただ、完璧は目指さず、それぞれ7割~8割ほど満たされれば良い、という程度で軽く捉えつつも、常に心に置いて過ごしています。
課題の分離
心理学者アドラーは、自分でコントロールできる課題と他人がコントロールする課題を明確に分けるよう提唱し、これを「課題の分離」といいました。個人的には十分納得できる言葉です。他人の課題は自分にはコントロールできないので、自分の課題に集中したいと常に思っています。
性格、趣味など
性格
・立ち上げ屋。
・立ち上げた後のきめ細かい運営が苦手。
・自分でリスクを背負って事業している人が好き。
・子供が好き。
・人と連携してお仕事するのが好き。
・マーケティング、企画が好き。
・ITが好き。
・新しいことをする人が好き。
・カキの名産地、広島で育ちながら、カキが嫌い。
未来
私自身の多少の経験と知識でも助けになる方がおられれば、全力でサポートしてゆきたいです。
未来(もっと先)
・年老いて引退した時、一年に一回くらい子供と孫が来てくれて、鍋をつつきながら、笑いながら食事すること。
・自分の葬式が晴れやかなものになること。人数は少なくてもいいので、普段着で、心から想ってくれる方が参列してくれて、読経の時だけ泣いて、それ以外は笑顔で過ごすものとなること。
・わたしの迷いの多い、七転び八起きな人生であっても、ほんの少しでも、のちの人の参考になること。
趣味
・個人投資家として
経営者で多いのが「事業が一番。自分は二の次。自分の所得を増やすなら、事業の運転資金にしたい」という人。私がまさにそうでした。
45歳になるまで、自分の資産なんて考えなかったので、ふと気づくと自分の資産がほとんどないことに気づきました。ここから、自分自身の資産の構築を目指すようになりました。
私は、中小零細の経営者・事業主の収入というのは「労働収入(経営者としての仕事をした結果の収入)」と「資産収入」、2つに分かれると思っており、一日も早く、2つを並行して安定稼働させることが必須と考えています。
そのうちの資産収入を確立するための手段としての活動ですね。
また、ちょっと うがった見方かもしれませんけども、世の中は、頭のいい人たちの作った仕組みの中で動いていて、何も考えなければ、かなりの損や遠回りをすることになると思っています。思考停止してるとたぶん、取り残されます。
そんな中で、「お金を運用してお金を生み出す」という行動は、頭のいい人たちの作った仕組みの「外」で行えることが多くて、好きです。
・歴史研究者として
自称 歴史研究者です^^;
歴史は進んだ現代では応用できないって考えもありますが私はそうは思いません。技術が進もうとどうしようと、人間の営みには違いはありません。心理学と似た感覚を受けます。
歴史区分では、日本史(考古学、中世~現代)が好きで、その中では中世の鎌倉~戦国時代、明治維新後の近代、現代史が好きです。世界の風俗史も好きですね。中世ヨーロッパの街の汚さ、食事のまずさなど、市民の暮らしは興味深いです。
・幸福の資本論(橘 玲 氏)
・嫌われる勇気(岸見 一郎 氏、古賀 史健 氏)
・任せる技術(小倉 広 氏)

・信長公記(太田 牛一)
・三国志(吉川 栄治)


