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ようこそ!「クラシック音楽ぶった斬り」へ

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クラシック音楽のファンで、研究者。クラシック音楽の歴史や作曲家、作品について、哲学的な視点から分析し、その普遍性や深さを探求しています。クラシック音楽に興味のある方や、もっと知りたい方に向けて、わかりやすく楽しく書いています。私の目標は、クラシック音楽の普遍化を達成することです。

まず、クラシック音楽を聴くにあたって大切なことは、自分の好みを見つけることです。クラシック音楽は、時代や国や作曲家によってさまざまなスタイルや特徴があります。例えば、バロック時代の音楽は華やかで装飾的ですが、古典派の音楽は明快でバランスが取れています。ロマン派の音楽は感情豊かで情熱的ですが、近現代の音楽は革新的で実験的です。どの時代やスタイルの音楽が自分に合っているかは、聴いてみないとわかりません。聴きやすいと思うCDをいくつかおすすめします。

バッハ:ブランデンブルク協奏曲(カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団)

モーツァルト:交響曲第40番(カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ベートーヴェン:交響曲第5番(カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

ショパン:ピアノ協奏曲第1番(アルトゥール・ルービンシュタイン独奏)

ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」(カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ(カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)

グレインジャー:リンカーンシャーの花束(ジョン・エリオット・ガーディナー指揮モントヴェルディ合唱団)

これらのCDは、私がクラシック音楽を始めて聴いたときに感動したものです。どれも名曲ばかりで、演奏も素晴らしいです。特に、カラヤン指揮のオーケストラは迫力と美しさが両立しています。また、ルービンシュタインのピアノは歌うように美しく、グレインジャーの合唱曲は爽やかで心地よいです。これらのCDを聴いてみて、自分の好きな作曲家や時代やスタイルを見つけてください。

次に、クラシック音楽を聴くにあたって大切なことは、演奏家の個性や解釈を楽しむことです。クラシック音楽は、作品だけでなく、演奏家の表現力や感性も重要な要素です。同じ作品でも、演奏家によって全く違う音楽になります。それは、絵画の世界に例えると、同じ風景でも画家によって全く違う絵になるということです。色彩や筆触や構図など、画家の個性が絵に反映されます。音楽も同じで、すばらしい演奏家ほど、独自の世界観を持っています。私はそんな演奏家たちの音楽を聴くことが大好きです。このブログでは、私が感動した演奏やおすすめの演奏家などを紹介していきます。

フルトヴェングラー:ドイツの指揮者で、戦前から戦後にかけて活躍しました。彼の音楽は深く感動的で、神秘的な魅力があります。彼はナチスと関係があったという誤解を受けることがありますが、実は彼は反ナチスで、ユダヤ人の音楽家たちを救ったり、ナチスの検閲に抵抗したりしました。彼の音楽は戦争や苦悩を乗り越える力があります。

カザルス:スペインのチェロ奏者で、20世紀を代表する巨匠です。彼のチェロは歌うように美しく、情熱的で人間的です。彼はフランコ独裁政権に反対して亡命しましたが、その後も平和運動に積極的に参加しました。彼の音楽は自由と平和への願いが込められています。

グレン・グールド:カナダのピアノ奏者で、バッハの演奏で有名です。彼のピアノは緻密で論理的で、まるで数学的な美しさがあります。彼は若くしてコンサート活動を引退しましたが、その後も録音やラジオ番組などで独自の音楽観を発信しました。彼の音楽は知性と創造力が溢れています。

以上、クラシック音楽初心者でも楽しめるおすすめのCDと演奏家をご紹介しました。クラシック音楽は古典ですが、古臭くないです。むしろ、現代の人々にも響く普遍的なメッセージを持っています。私はクラシック音楽を聴くことで、心が豊かになったと感じています。このブログを読んでくださった方が一人でもクラシック音楽に興味を持ってくださったら嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。

カテゴリは分野別にクロノジカルに並べています。

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㊗️クルト・ザンデルリンク生誕祭🎉ベルリン・フィルとのハイドン第82番『熊』及びショスタコーヴィチ第15番

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ベルリン交響楽団を離れた後のクルト・ザンデルリンク客演ライヴのひとつ。

ハイドンが1997年、ショスタコーヴィチが99年にそれぞれベルリンで録音され、ベルリン・フィルハーモニーの自主制作によってリリースされた1枚。

音質は良好で客席からの雑音もハイドン演奏終了後の拍手以外は殆んど皆無に近い。

ベルリン・フィル特有の弦楽セクションの統一感と磨き抜かれた音色、またウィンド、ブラス・セクションの余裕のある表現力などが良く捉えられている。

ライヴに付き物の若干の乱れはあるものの、全体的に見れば彼らの実力が発揮された充実した演奏内容になっている。

このディスクにはハイドンの交響曲第82番ハ長調『熊』及びショスタコーヴィチの最後の交響曲第15番の2曲が収録されている。

どちらもザンデルリンクが繰り返し演奏して切磋琢磨した作品だけに、その安定感と確信に満ちた表現が彼の晩年のスタイルを良く表している。

ハイドンではベルリン・フィルの洗練されたテクニックがザンデルリンクによって手際よく纏められている。

ハイドンが最後の交響曲まで第3楽章にメヌエットを置くウィーンのスタイルを捨てなかったように、古典派の音楽から少しも逸脱することのない、しっかりした形式と構成感を示しながら、終楽章では凛としたクライマックスを形成している。

こうした作曲家の様式に対する拘りもザンデルリンクの知的なアプローチによって磐石に示されているところが秀逸。

後者は剽窃の交響曲とも言えるくらい、至るところにショスタコーヴィチ自身や他の作曲家の作品のモチーフが一見何の脈絡もなく使われていて、晩年の作曲家の遊び心とも思える自由闊達な作法に驚かされる。

ショスタコーヴィチと直接交流があったザンデルリンクだけに彼の解釈も、そうしたバーチャルな開放感を自在に描いている。

それは作曲家が抑圧された人生の最後の交響曲で初めて成し得た試みなのかも知れない。

ここでも全楽章を通じて首席奏者達のソロとアンサンブルが聴きどころだが、特にパーカッション群による神秘的な緊張感の中に終えるコーダは象徴的だ。



人生を歩いてきた人間にしか聴こえない音楽 ――アファナシエフのブラームス《間奏曲 Op.118-2》に寄せて

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旅立ちの朝は、
いつも少しだけ静かだ。

山々はまだ眠りの中にあり、
遠い空には、昨日までの時間が
薄い雲のように残っている。

私は、その空を見上げる。

長い道のりだった。

喜びもあった。
孤独もあった。
出会いがあり、
別れがあった。

そして、
忘れたと思っていた記憶が、
ふとした音や、
街の匂いや、
風の温度によって、
静かに戻ってくる。

人生とは、
過去を捨てて前へ進むことではない。

過ぎ去ったものを胸の奥に抱えたまま、
それでも歩いていくことなのかもしれない。

私は東京へ向かう。

第二の故郷と呼びたくなった街へ。

今回、久しぶりに浅草寺を訪れる。

大学受験のために宿泊した、
あの遠い日の記憶。

あの頃の私は、
まだ人生の入口に立っていた。

未来がどこへ向かうのかも知らず、
期待と不安を抱えながら、
東京という大きな街を見つめていた。

そして今、
長い歳月を越えて、
もう一度その場所へ帰る。

浅草寺の境内に立ったなら、
きっと昔の自分が、
どこかにいるような気がする。

若かった自分。

何も知らなかった自分。

夢だけを抱えていた自分。

その少年に、
私は何を語るのだろう。

「ずいぶん遠くまで来たよ」

そう言うだけで、
十分なのかもしれない。

アファナシエフの弾く
ブラームス《間奏曲 Op.118-2》を聴く。

音楽は、
何も説明しない。

ただ、
一つの音を置く。

その音の向こうに、
過ぎ去った時間がある。

若き日の孤独。

叶わなかったこと。

失った人。

言えなかった言葉。

そして、
それでも生きてきたという事実。

アファナシエフのブラームスには、
華やかな慰めがない。

だからこそ、
深い。

音と音の間にある沈黙が、
まるで人生そのもののように長い。

急がない。

答えを求めない。

ただ、
記憶の中を静かに歩いていく。

人生を歩いてきた人間にしか、
聴こえない音楽がある。

若い頃には、
ただ美しい旋律に聴こえたものが、

歳月を重ねたあとには、
別の言葉を語り始める。

「生きてきたね」

「よく歩いてきたね」

そんな声が、
ブラームスの沈黙の奥から
かすかに聴こえてくる。

東京では、
銀座の夜にも身を置く。

煌めく街の灯を眺め、
静かなホテルの部屋へ帰る。

少しだけ贅沢をする。

それは、
何かを手に入れるためではない。

ここまで歩いてきた人生に、
ほんの少しだけ
「お疲れさま」と言うために。

そして、
華やかな街を離れ、
下町へ向かう。

古民家で開かれる笑茶会。

そこには、
人の笑い声がある。

長い人生を生きていると、
こうした何気ない時間が
何より愛おしくなる。

同じ場所で笑い、
同じ時間を過ごし、
同じ料理を囲む。

それだけでいい。

夜には、
行きつけの地酒をいただく。

杯の中に、
東京の夜が静かに揺れる。

酒は、
過去を消してくれるものではない。

むしろ、
過去を少しだけ
優しくしてくれる。

そして音楽を聴く。

ホールの暗闇の中で、
一つの音が生まれる。

その瞬間、
私は旅人ではなくなる。

ただの聴き手になる。

音楽が、
遠い場所へ連れていく。

けれど最後には、
必ず自分自身のところへ帰してくれる。

押上へ向かう。

人と人が集まり、
語り合い、笑い合う。

人生とは、
結局こういう時間なのかもしれない。

大きな出来事ではなく、
誰かと飲んだ一杯。

交わした言葉。

ふとこぼれた笑顔。

夜の街を歩いた記憶。

それらが、
長い年月のあとに、
心の中で小さな灯になる。

東京の夜空を見上げる。

星は見えない。

けれど、
星が消えたわけではない。

都会の灯が明るすぎるだけだ。

人生も、
きっと同じなのだろう。

悲しみが大きすぎると、
幸せが見えなくなる。

孤独が深すぎると、
人の温もりが見えなくなる。

けれど、
そこに無くなったわけではない。

静かに、
そこにある。

ブラームスの音楽のように。

旅の終わりに、
何が残るのだろう。

写真ではない。

土産でもない。

浅草寺の古い記憶。

古民家に響いた笑い声。

地酒の温かな余韻。

銀座の灯。

夜の東京を吹き抜けた風。

そして、
あの日の自分と再会したという感覚。

私は、
もう一度歩き始める。

若い頃の自分を置き去りにするのではない。

その自分を連れて、
これからの道を歩いていく。

ブラームスの間奏曲が終わる。

最後の音が、
静かに消えていく。

けれど、
本当の音楽は、
そのあとに始まる。

沈黙の中で、
自分自身の心が
静かに鳴り始める。

人生を歩いてきた人間にしか、
聴こえない音楽。

それは、
過去を悼むためだけの音楽ではない。

生きてきた時間を抱きしめ、
まだ来ていない明日へ向かうための音楽。

だから私は、
また歩いていく。

浅草寺へ。

銀座へ。

古民家の笑い声へ。

行きつけの地酒へ。

音楽のある街へ。

そして、
まだ見ぬ明日へ。

旅の終わりは、
終わりではない。

それは、
静かな間奏曲。

次の人生が始まるまでの、
ほんの短い沈黙。

その沈黙の中で、
私はもう一度、
自分の心の音を聴く。

東京の空の下で。

ブラームスの余韻とともに。

そして、
静かに歩き出す。

㊗️アンナ・ネトレプコ生誕祭🎉深みのある名唱🎶様々な作曲家の手によるスターバト・マーテルの中でも、随一の傑作の誉れ高きペルゴレージの名作❣

カテゴリ:
ペルゴレージ:スターバト・マーテル
ピッツォラート(マリアンナ)
ユニバーサル ミュージック クラシック
2011-04-06


2010年、生誕300年を迎えたペルゴレージは、後の世に活躍したモーツァルトに匹敵する才能を有した作曲家と評されているが、若くして夭折したため、現存する作品はさほど多いとは言えない。

ただ、その中でもスターバト・マーテルは、ペルゴレージの代表作であるばかりでなく、その後に作曲された、様々な作曲家の手によるスターバト・マーテルの中でも、随一の傑作の誉れ高き名作(ロッシーニの名作との優劣は議論が分かれるところかもしれない)である。

同作品のこれまでの名演としては、アバド盤(2007年)が記憶に新しい。

大病を克服した後、その芸風に深みと鋭さを増したアバドによる滋味溢れる指揮と、若くて才能のある音楽家で構成されたモーツァルト管弦楽団によるフレッシュな息吹を感じさせる清新な演奏が絶妙の魅力を誇っていた。

独唱も秀逸であったが、特に、コントラルトのサラ・ミンガルドの名唱が極めて印象的であったことも忘れてはならない。

これに対して、本盤は、何と言ってもアンナ・ネトレプコの深みのある名唱が売りと言えるだろう。

とてもソプラノとは思えないような重心の低い発声であり、どちらかと言えばオペラ的な発声と言えるもの。

これは宗教音楽初挑戦のご愛嬌と言った側面もあろうかとも思うが、楽曲の核心に切り込んで行くような奥行きの深さにおいては、無類の名唱と評価できるのではないだろうか。

コントラルトの若きマリアンナ・ピッツォラートも、ネトレプコと一体となって、重厚な歌唱を披露しているのも聴き応え十分である。

イタリア指揮界の俊英であるパッパーノの指揮は、さすがに円熟の境地に達したアバドと比較するとどうしても分が悪い。

それでも、演奏全体に顕著なオペラ的な迫力においては(宗教音楽らしくないとの批判も十分に予測はされるが)、本盤の方をより上位に置きたいと考える。

併録の「閉ざされた中心に」におけるネトレプコの思い入れたっぷりの絶唱は我々聴き手の肺腑を打つのに十分な迫力を誇っているし、「ここは平野、ここは小川」におけるピッツォラートの名唱もネトレプコにいささかも引けを取っていない。

シンフォニアも湧き立つような力感に満ち溢れた素晴らしい名演だ。

俊英パッパーノの指揮の下、最高のパフォーマンスを示している聖チェチーリア音楽院管弦楽団にも大いに拍手を送りたい。

 齋藤秀雄の命日に──小澤征爾を世界へ送り出した、音楽教育の巨人

カテゴリ:
小澤征爾2
本日9月18日は、日本の音楽教育に偉大な足跡を残したチェリスト・指揮者、齋藤秀雄の命日です。

一人の音楽家の人生を振り返るとき、そこには必ず、その才能を見いだし、育て、導いた師の存在があります。

小澤征爾という世界的な指揮者の歩みを語るうえで、決して忘れてはならない人物。

それが、齋藤秀雄です。

小澤征爾が世界の音楽界へ羽ばたいていった軌跡は、若き日の才能と情熱だけで築かれたものではありません。その根底には、楽譜を読み解く厳しさ、音楽を奏でる喜び、そしてオーケストラという巨大な生命体を一つにまとめ上げるための確かな技術がありました。

それらを小澤に授けたのが、齋藤秀雄だったのです。

齋藤秀雄は1902年、東京に生まれました。

チェリストとして研鑽を積み、ドイツで学んだ経験を持つ彼は、演奏家としてだけでなく、音楽教育者としても日本のクラシック音楽史に大きな功績を残しました。

彼の教育の根底にあったのは、音楽を感覚や才能だけに任せるのではなく、基礎から徹底して学び、身体と耳で理解するという姿勢でした。

弓の使い方。

音程の正確さ。

リズムの厳密さ。

アンサンブルにおける呼吸。

そして、楽譜に書かれた音符の背後にある音楽の意味。

それらを一つひとつ積み重ねることによって、初めて本当の音楽表現が生まれる。

齋藤秀雄は、そうした信念を若い音楽家たちに伝え続けました。

小澤征爾は1935年、満州国奉天市に生まれました。

少年時代から音楽に親しみ、やがて桐朋学園で本格的に音楽を学ぶことになります。

そこで出会ったのが、齋藤秀雄でした。

当時の小澤は、音楽に対する情熱を抱く若者でした。しかし、情熱だけではオーケストラを動かすことはできません。

指揮者には、作曲家の意図を読み取る力、楽器の特性を理解する知識、各奏者の音を聴き分ける耳、そして音楽の流れを一つにまとめる技術が求められます。

齋藤は、小澤に対して音楽の基礎を厳しく教え込みました。

その指導は、決して容易なものではなかったでしょう。

しかし、小澤征爾の後年の音楽を聴くとき、そこには師から受け継いだ確かな基礎と、音楽に対する真摯な姿勢が息づいているように感じられます。

小澤が世界の名門オーケストラを指揮するまでに成長した背景には、齋藤秀雄との出会いがあったのです。

1959年、小澤征爾はブザンソン国際指揮者コンクールで優勝しました。

この出来事は、彼の国際的なキャリアにおける大きな転機となります。

その後、ヨーロッパやアメリカで研鑽を積み、世界の一流オーケストラとの共演を重ねていくことになります。

小澤の名前は、次第に国際的な音楽界へ広がっていきました。

しかし、その華やかな成功の背後には、桐朋学園での学びと、齋藤秀雄から受け継いだ音楽の基礎がありました。

世界へ向かう小澤の歩みは、師の教えを携えた旅でもあったのです。

小澤征爾は、アメリカで指揮者としての地位を確立していきます。

トロント交響楽団、サンフランシスコ交響楽団などで音楽監督を務め、1973年にはボストン交響楽団の音楽監督に就任しました。

その後、29年間にわたって同楽団を率いることになります。

また、ヨーロッパでもベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やウィーン・フィルハーモニー管弦楽団など、世界を代表するオーケストラと共演を重ねました。

2002年にはウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任し、国際的な音楽家としての歩みをさらに広げていきます。

小澤征爾の成功は、日本人指揮者が世界の音楽界で活動する可能性を大きく広げたという点でも、重要な意味を持っています。

そして、その歩みの出発点には、齋藤秀雄の教育がありました。

小澤征爾は、世界で活躍する一方、日本の音楽教育と若い音楽家の育成にも力を注ぎました。

1984年には、師・齋藤秀雄を記念するサイトウ・キネン・オーケストラの活動が始まります。

これは、齋藤の教えを受けた音楽家たちが集まり、その精神を次の世代へ伝えていく活動でもありました。

世界へ飛び立った小澤が、今度は日本へ戻り、師から受け継いだものを若い音楽家たちへ手渡していく。

そこには、音楽教育における継承の姿が見えます。

師の教えは、ひとりの弟子の中で終わるものではありません。

弟子がまた次の世代を育てることで、音楽の伝統は生き続けていくのです。

齋藤秀雄は、1974年9月18日に亡くなりました。

その生涯は、決して長いものではありませんでした。

しかし、彼が日本の音楽教育に残した影響は、極めて大きなものでした。

演奏技術を磨くこと。

楽譜に誠実に向き合うこと。

仲間と音楽を作り上げること。

そして、音楽を次の世代へ伝えていくこと。

齋藤秀雄が教えたものは、単なる演奏上の技術にとどまりません。

音楽家として生きるための姿勢そのものだったのではないでしょうか。

小澤征爾の世界的な活躍を振り返るとき、私たちはその背後にある師の存在を思い出します。

小澤が振る指揮棒の先に、世界のオーケストラが壮大な音楽を奏でる。

その音楽の遠い源流には、齋藤秀雄が若き小澤に伝えた、厳しくも深い音楽教育がありました。

本日、齋藤秀雄の命日にあたり、あらためてその功績を偲びたいと思います。

音楽の歴史には、舞台の中央で大きな喝采を浴びる音楽家だけでなく、その才能を育て、静かに支え、次の時代へ送り出した人々がいます。

齋藤秀雄は、まさにそのような存在でした。

彼の教えは、小澤征爾という一人の指揮者を通じて世界へ広がり、さらにサイトウ・キネン・オーケストラや多くの音楽家たちへと受け継がれていきました。

音楽は、一人では完成しません。

作曲家、演奏家、師、弟子、そして聴き手。

さまざまな人々の思いが重なり合って、ひとつの音楽が生まれます。

齋藤秀雄が残した最大の功績は、音楽を愛する心と、音楽を深く学ぶ姿勢を、次の世代へ確かに手渡したことにあるのかもしれません。

その教えは、今もなお、日本のクラシック音楽の中に生き続けています。

齋藤秀雄先生のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

そして今日、小澤征爾の音楽に耳を傾けながら、その響きの奥にある「師から弟子へと受け継がれた音楽の魂」に、静かに思いを馳せたいと思います。



✝️フランチェスカッティ命日✙モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番&第4番

カテゴリ:
モーツァルト : ヴァイオリン協奏曲第3番&第4番
フランチェスカッティ(ジノ)
ソニー・ミュージックレコーズ
1998-11-21



モーツァルトは、数々の協奏曲の名曲を作曲した。

ピアノ協奏曲を筆頭に、クラリネット協奏曲やホルン協奏曲等々、名作には事欠かない。

こうした中にあって、ヴァイオリン協奏曲は5曲(ほかに偽作とされているのが2曲)作曲しているが、いずれも若書きであることもあって、綺羅星のごとく輝く他の名作協奏曲と比較すると、どうしても作品としての質が一段劣ると言わざるを得ない。

それ故に、よほどの名演でないと、作品の魅力を聴き手に伝えることが困難であるということができるのかもしれない。

こうした若書きの未熟さを逆手にとって、最近ではクレーメルなどによる前衛的な解釈を行う名演も生まれているが、古典的な名演としては、やはり、ワルター&フランチェスカッティの黄金コンビによる至高の名演を掲げざるを得ないのではないかと思われる。

モーツァルトを得意としたワルターによる、ヒューマニティ溢れる情感豊かな演奏は高貴な優美さを湛えて感動的であるし、フランチェスカッティの、技巧一辺倒ではなく、人間的な温もりのある演奏も、素晴らしいの一言であると言える。

フランチェスカッティは彼本来の輝くような音色を抑え気味にし、古典的な解釈を心がけているが、その分、彼本来の魅力が薄められた感が残る。

演奏全体には晩年のワルター色が濃厚で、オーケストラは少人数だが重厚な響きと壮麗な迫力に溢れ、入念な表情に満ちている。

遅いテンポによって、彫りの深い表現とスケール大きな風格を示すのも、いかにもワルターらしい。

惜しいのは、DSDリマスタリングの音質。

鮮明にはなったと思うが、少しきつ過ぎるような印象を受けるのはいささか残念だ。



✝️ギューデン命日✙クナッパーツブッシュのR.シュトラウス:楽劇「ばらの騎士」(1955年ライヴ)

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大戦末期に空爆で焼失したウィーン国立歌劇場の再開を祝って上演された演目のひとつで、1955年ウィーン国立歌劇場の再開記念公演のライヴ録音である。

元帥夫人に伝説的なライニング、オクタヴィアンに当時新進気鋭だったユリナッチ、ゾフィーにギューデン、オックス男爵にベーメと、主役どころをウィーン出身の歌手で固めた配役も強力であり、ウィーン伝統の勝利と評された。

ライヴということもあり、歌手もオケも実に生き生きとしており、女性3人の主役は父クライバー盤と同じで当時のベスト・メンバー。

特筆すべきは男爵のクルト・ベーメで、クリップス指揮の「ドン・ジョヴァンニ」で騎士長を演っているのしか手元になかったが、ブッフォに堕する寸前ぎりぎりの豊かな演技と歌唱で、筆者が聴いた中ではベストの男爵である。

とはいえ、筆者は根っからのオペラ好きではないせいかもしれないが、個人的にはオペラの場合でもオーケストラの比重は大きく考えている。

歌手がいかに豪華であっても、オーケストラが添え物的では満足できない(むろん、逆にオケが良くて歌手がB級でも困るが)。

その点、この録音はオーケストラがびっくりするほどきれいで、すっかりリラックスしたウィーン・フィルも甘美な懐かしい調べを奏でる。

ウィーン国立歌劇場管弦楽団は、細かいことを別にすれば、ほぼウィーン・フィルと同一のオーケストラであるといってよい。

だからウィーン国立歌劇場でのオペラ公演のライヴ録音は、表記はウィーン国立歌劇場管弦楽団でも、ウィーン・フィルのオペラ演奏であるといってさしつかえない。

だが、何といっても最大の聴きものは、大きなスケールと深い呼吸をもったクナッパーツブッシュの指揮である。

彼らしい悠揚迫らぬ演奏であり、銀の薔薇の献呈の場面などでは無類の陶酔を聴かせるが、彼独特の個性は影を潜めていて普遍的な美しさに到達している。

クナッパーツブッシュの作り出す音楽がちゃんと呼吸しているので、歌手をあおるようなことにはならない。

終幕の三重唱のうねるような盛りあがりなど、さすがというほかはない。

クナッパーツブッシュの歴史的名演奏のドキュメントのひとつとして長く残されるべきものだろう。

✝️ヴンダーリヒ命日✙シューベルト:美しき水車小屋の娘(1964年モノラル)

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ヴンダーリヒは36歳の若さで死去してしまった。

そのためか若さが表現として必ずしもプラスにはならないリートを歌うことは、他のジャンルと比較してまだまだ少なかったようだ。

当然、録音も僅かしか残さなかった。

しかし、その中にシューベルトの「美しき水車小屋の娘」があるのは何と喜ばしいことだろうか。

しかも正規の録音を2回も行っている。

もちろん、正規の録音は物理的な条件も良く素晴らしいのだが、ここで紹介するのは正規の録音ではない。

しかも、全曲にわたってなぜかカットされた箇所がある。

しかし、表現の素晴らしさに正規の録音を上回る質があるので敢えて紹介したい。

演奏のコンセプトそのものは、伴奏も同じギーゼンが務めており、死の直前1966年7月に録音されたDG盤とほぼ同じと言える。

しかし、声の状態やニュアンスの滑らかさはこの録音の方が良く、素朴だが奥の深い「水車小屋」の歌物語を流れるような旋律美で歌い切っている。

特にこの歌曲集はメリスマティックな動きが多いだけにヴンダーリヒの滑らかな表情は作品の本質と完璧に一致する。

第1曲「さすらい」の期待に弾む躍動感、第4曲「小川への感謝」の自問自答の静かな情感、第14曲「狩人」の苛立ち、最後の第20曲「小川の子守歌」での慰めの表情など詩の内容と絡めた各々の楽曲の特質を描き分けているだけでなく、全体の一貫した盛り上がりがあるのが何よりの聴き所になっている。

とりわけ第18曲「枯れた花」から最後にかけての表出力は聴く者の心理を揺さぶる。

この「水車小屋」もまたシューベルトの素敵な〈歌〉の魅力に満ち溢れている。

✝️カラス命日✙ディ・ステファノ🧑‍🎤バスティアニーニ👨‍🎤3強が揃ったスカラ座全盛期👑ヴェルディ《仮面舞踏会》🎭神髄を突いた名演奏

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カラス、ディ・ステファノ、バスティアニーニの3強が揃った1957年のスカラ座ライヴがこのオペラの筆頭ディスクだろう。

彼ら三つ巴のアンサンブルが素晴らしい上、カラスのアメリアもこの役どころの精髄を捉えた見事な歌いぶり。

それにもましてバスティアニーニによるレナートは、彼最大の当たり役として記憶にとどめるべき名唱といえる。

カラスの《仮面舞踏会》にはヴォットーの盤もあり、こちらも看過すべきではない。

このオペラが歌本位のものであること、およびヴェルディの他のオペラと同様ハイ・バリトンのレナートに音楽的支柱をおくものであることを考えると、やはりゴッビでは物足らず、バスティアニーニの高みまで達している必要があろう。

ここでのカラスの歌唱は彼女の最盛期のものだけに、劇的な表現力と声の迫力が素晴らしく、カラスの残したヴェルディ・オペラの中でも最高のもののひとつとなっている。

カラスはこのアメリアでも、天才の直感をもって役柄の真髄を歌い出したとしか言いようがなく、歌のもつ痛切な悲劇的緊迫感と一分の乱れもない風格の高さに感歎しないではいられない。

その悲劇的な緊張と持続の素晴らしさ、感情とドラマの彫りの深さ、そしてそれを歌と声に的確に反映させる表現は見事。

彼女の声にもまだ衰えの影は少しもなく、第2幕のアリアなど実に素晴らしい名唱だ。

他の歌手も各自の個性を十二分に発揮しながら、歌の充実したぶつかり合いが一種独特の緊張と白熱を生み出している。

1957年のモノーラル・ライヴ録音で、音の状態こそあまり良くないが、このオペラの神髄をついた名演奏である。

✝️マリア・カラス命日✙セラフィンのドニゼッティ:ランメルモールのルチア(新盤)

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新盤はカラスの2度目のスタジオ録音による全曲盤で、1959年の収録。

《ノルマ》とともに《ルチア》もまたカラスとセラフィンによる最良の遺産である。

このオペラを語るには、やはりマリア・カラスから始めなければならない。

声そのものの威力・美感に加えて、恐ろしいまでに核心に迫る性格描写。

カラスのルチアは、まさに永遠に不滅である。

傍らに置いて、いつでも聴きたくなるような演奏というのではないけれど、なにはともあれ、一度は体験しておかねばお話にならない。

1953年の旧録音や、1955年のカラヤンとのライヴ録音に比べると、明らかにカラスの声は、美しさもテクニックの切れ味も減退している。

しかし、それでもなお残されたカラス独自の厳しい役作りと歌唱への自己同化の妙には非凡なものがある。

このステレオ録音のカラスの声も瑞々しさを失っているわけではないし、情感豊かな表現も一段と素晴らしい。

イタリア・オペラ最大にして最後の巨匠とも呼ぶべきセラフィンのリードもまた素晴らしい。

すべてを知り尽くした名伯楽は、いぶし銀の味わいを湛えた熟達の音楽作りを聴かせてくれる。

タリアヴィーニの個性的なエドガルド、若き日の声の威力に溢れたカプッチッリのエンリーコも聴き応え充分。

また、カラスとセラフィンの偉大さも2つの録音を聴くとよりはっきりとわかるだろう。

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