ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー
| 「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」 | ||||||||||||||||
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| U2 の シングル | ||||||||||||||||
| 初出アルバム『ヨシュア・トゥリー』 | ||||||||||||||||
| B面 |
Luminous Times (Hold On To Love) Walk To The Water | |||||||||||||||
| リリース | ||||||||||||||||
| 規格 |
7インチ・シングル 12インチ・シングル CDシングル | |||||||||||||||
| 録音 | 1986年 ダブリン | |||||||||||||||
| ジャンル | ロック | |||||||||||||||
| 時間 | ||||||||||||||||
| レーベル | アイランド・レコード | |||||||||||||||
| 作詞・作曲 | 作詞ボノ 作曲U2 | |||||||||||||||
| プロデュース | ブライアン・イーノ、ダニエル・ラノワ | |||||||||||||||
| ゴールドディスク | ||||||||||||||||
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| チャート最高順位 | ||||||||||||||||
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| U2 シングル 年表 | ||||||||||||||||
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「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」(With or Without You)は、アイルランドのロックバンド、U2が1987年に発表した楽曲。歴史的傑作である5枚目のスタジオ・アルバム『ヨシュア・トゥリー』からの先行シングルとしてリリースされた。
バンドにとって初となるBillboard Hot 100での第1位を獲得(3週連続)し、アメリカ市場における決定的な大ブレイクをもたらした記念碑的な楽曲である。また、U2のシングルとして初めてCDフォーマットでリリースされた作品でもある。
静かで抑圧された立ち上がりから、感情を爆発させるクライマックスへと向かうダイナミックな構成は絶賛を浴び、『ローリング・ストーン』誌が選ぶ「オールタイム・グレイテスト・ソング500」に選出されるなど、ロック史に残る名曲として現在も世界中で愛され続けている。
解説
[編集]着想
[編集]曲の原型となるコード進行はボノが作ったものである。彼はライチャス・ブラザーズやウォーカー・ブラザーズからインスピレーションを得ており、特にスコット・ウォーカーのアルバム『クライメート・オブ・ハンター』(ボノ自身が「U2のアルバムに大きな影響を与えた作品の一つ」と語っている)の楽曲が持つ、メロディの美しさとオペラのような壮大さをこの曲で目指していた[1]。
また、ボノによれば、この曲は当時ロイ・オービソンを聴きすぎたことの産物でもあったという。バンドはニューヨークのバンド、スーサイドの「Cheree」のような、親密さと暗さとロマンスが共存する「アンダーグラウンド・エレクトロニックの古典的な瞬間」を生み出そうと試みていた[2]。
さらに歌詞の底流には、ボノが14歳の時に経験した自身初の失恋の記憶も影響している。当時、ハリー・ニルソンの名曲「ウィザウト・ユー」の『君なしで生きるくらいなら、僕は生きられない』という切実な歌詞を聴いた少年時代のボノは、その言葉がまるで「自分自身の心情を完璧に説明してくれている」ように感じたという。こうした数々の音楽的・個人的な原体験が混ざり合い、この重苦しくも美しいラブソングの骨格が形作られていった[2]。
制作
[編集]一方、制作当初は曲の方向性をめぐって試行錯誤が続き、プロデューサーのブライアン・イーノとダニエル・ラノワも曲を完成させることができず、バンドは一度この曲を脇に置こうとしていた。ボノは本曲は、当時忌むべき存在と考えられていたポップソングのように思えたのだという[2]。
こうした状況で、ボノの友人であるギャヴィン・フライデーが曲の再構成に関わった。ギャヴィンは「ポップ・ミュージックの何が悪いんだ?」と問いただし、本曲のメロディーは古典的で、スコット・ウォーカーのようだと主張した。さらに、うまくいっていない唯一の理由は、曲が早い段階でピークに達してしまうことであり、問題は曲そのものではなく、アレンジの問題なのだと主張した[2]。
その後、フライデーによって整理された楽曲に、イーノがシーケンサーを用いたキーボードのアルペジオを加えると、曲は新たな方向性を見せ始めた。
さらに、エッジが新しく入手した「インフィニット・ギター」を試奏していたことが、最終的なサウンドの形成につながった。別室で試奏していたエッジのギターの音が、コントロール・ルームでバッキング・トラックを聴いていたボノとフライデーの耳に入り、二人はその音色を曲に取り入れることを提案した。これをきっかけに、エッジはそのギターを使った本格的なレコーディングを行った[3]。
曲の終盤はもっと壮大なクライマックスにする案もあったが、エッジが反対して現在の形となった。エッジは、ギターの技術よりも、「ギターで何を語るか?何を伝えるか?」を重視しており、「抑制することで生まれる力がある。そのほうがむしろ強烈だ」と考えていたのだという[4]。
また、あの印象的なイントロは、アルバム制作の最終段階でイーノによって大きく作り変えられた。スティーヴ・リリーホワイトがミックス作業を進めていた際、イーノはギターを複数のエフェクトに通し、さらにそれぞれの音をフィードバックさせることで、それまでのリズム・ギター、ベース、ドラムによるシンプルな演奏を、幻想的でスピリチュアルなサウンドへと変貌させたのである[5]。
歌詞
[編集]歌詞の背景には、ボノが当時抱えていた、音楽家としての自由と家庭に対する責任との葛藤があった。ボノは、ザ・ポーグスのシェイン・マガウアンをはじめ、自身が敬愛するシンガーソングライターたちの、結果を顧みず自身の音楽を追求する姿勢に強い影響を受けていた。彼らのようにあらゆる制約から解放され、芸術のために奔放に生きることへの憧れがある一方で、結婚生活や家庭を持つことによって生じた責任も抱えていた[3]。
ボノはこの時期、自身の中に少なくとも二つの異なる側面が存在すると考えていた。一方は家庭や周囲の人々に対して責任を負おうとする側面であり、もう一方は責任から逃れ、自由に生きようとする放浪者としての側面だった。こうした相反する欲求の間で生じる緊張が、自分自身を引き裂くのではないかと考えていたという。しかし最終的には、その矛盾そのものが自身の創作活動を支える原動力になっていると捉えるようになった[3]。
シングル・カット
[編集]本曲は、U2のスタジオ・スタッフにとってはアルバムのファースト・シングルとして明らかな選択肢に思えた。しかし、バンド自身は、この曲の出来栄えはもちろん、シングルとして成功する可能性についても常に疑問を抱いていた。マネージャーのポール・マクギネスも当初、この曲をシングルとしてリリースすることに慎重だった[7]。
エンジニアのデイヴ・ミーガンによると、スタジオでミックスを終えたボノが「これが十分にいい曲なのか、自分でも分からない」と持ち帰ってきた際、彼は実際に聴いて「これは世界中どこでも1位になる」と驚いたという。U2は曲に長く取り組みすぎたため、自分たちが素晴らしい作品を生み出していることに気づけなくなっていたのだった[7]。
最終的にはギャヴィン・フライデーがボノにシングル化を強く勧め、最終的にボノもその意見を支持した。フライデーによれば、この判断をめぐってマクギネスとは大きな口論になったが、後にマクギネスはフライデーに「君が正しかった」と謝罪したという。実際、本曲は1987年にシングルとして発売され、Billboard Hot 100でU2初の1位を獲得した[8]。
収録曲
[編集]7インチ・シングル盤(UK/北米盤など)
[編集]| 全作詞・作曲: U2。 | ||
| # | タイトル | 時間 |
|---|---|---|
| 1. | 「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地) (シングル・バージョン)」(Where the Streets Have No Name (Single Version)) | |
| 2. | 「シルバー・アンド・ゴールド (スタジオ・バージョン)」(Silver and Gold (Studio Version)) | |
| 3. | 「スウィーテスト・シング (スタジオ・バージョン 1987)」(Sweetest Thing (Studio Version 1987)) | |
12インチ盤・CD盤・カセット盤
[編集]| 全作詞・作曲: U2。 | ||
| # | タイトル | 時間 |
|---|---|---|
| 1. | 「ホエア・ザ・ストリーツ・ハヴ・ノー・ネイム(約束の地) (シングル・バージョン)」(Where the Streets Have No Name (Single Version)) | |
| 2. | 「シルバー・アンド・ゴールド (スタジオ・バージョン)」(Silver and Gold (Studio Version)) | |
| 3. | 「スウィーテスト・シング (スタジオ・バージョン 1987)」(Sweetest Thing (Studio Version 1987)) | |
| 4. | 「レース・アゲインスト・タイム (スタジオ・バージョン)」(Race Against Time (Studio Version)) | |
7インチ・12インチ・カセット・CDシングル盤(UK/北米盤など)
[編集]| 全作詞・作曲: U2。 | ||
| # | タイトル | 時間 |
|---|---|---|
| 1. | 「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー (スタジオ・バージョン)」(With or Without You (Studio Version)) | |
| 2. | 「ルミナス・タイムズ (ホールド・オン・トゥ・ラヴ)」(Luminous Times (Hold on to Love) (Studio Version)) | |
| 3. | 「ウォーク・トゥ・ザ・ウォーター」(Walk to the Water (Studio Version)) | |
B面曲
[編集]ルミナス・タイムズ(ホールド・オン・トゥ・ラヴ)(Luminous Times 〈Hold On To Love〉)
[編集]ジ・エッジは1987年の『Musician』誌のインタビューで、本曲について「アルバムのどの曲にも劣らない」と考え、制作を続けるべきだと主張したと語っている。しかし、アムネスティ・インターナショナルのツアーによってアルバム制作が中断されたことなどから、完成させる時間がなくなり、最終的にアルバムへの収録は見送られた。また、ジ・エッジは当時のU2には、ブルースやアメリカ音楽を基調とする方向と、よりヨーロッパ的な方向という二つの可能性があり、「ルミナス・タイムズ」は後者に属する楽曲だったと説明している[9]。
ウォーク・トゥ・ザ・ウォーター(Walk To The Water)
[編集]ジ・エッジは1987年の『Musician』誌のインタビューで、本曲について「とても良い出来だった」と評価し、アルバムへの収録候補だったものの、これも制作時間が足りず完成させることができなかったと説明している。「ルミナス・タイムズ(ホールド・オン・トゥ・ラヴ)」とともにヨーロッパ的な方向に属する楽曲。
『Hot Press』の評論家ビル・グラハムは、本曲の雰囲気をヴァン・モリソンの『アストラル・ウィークス』になぞらえている。一方、ナイル。ストークスは、過去のよりロマンティックなダブリンを穏やかに想起させる点にフィル・ライノットの影響が見られると指摘している。歌詞については、ボノ自身の経験ではなく、ダブリン北部でのボノの父親と母親の求愛を描いたものではないかとの解釈も示されている。また、曲にはラップを取り入れた初期の試みも見られる[10]。
本曲は「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」と「ウォーク・トゥ・ザ・ウォーター」とともに、シングルに収録された3曲の一つである。ボノはこの3曲について、単独の楽曲としてではなく、3曲が揃うことで一つのまとまりとして意味を持つという趣旨の説明をしている。3曲はいずれも愛や人間関係をめぐる異なる側面を扱っており、シングル全体として一つの作品を構成する形となった[9]。
ミュージック・ビデオ
[編集]- 監督:メイアート・エイヴィス
- 追加映像:マット・マヒューリン
- プロデューサー:マイケル・ハムリン、ポール・スペンサー
- 出演:U2、モーリー・スタインバーグ
- 撮影場所:アードモア・スタジオ(アイルランド・ブレイ)
- 撮影時期:1987年2月
- 公開:1987年3月
- 内容:U2がスタジオで「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」を演奏する映像を中心に構成されている。メイアート・エイヴィスが撮影したカラー映像に、マット・マヒューリンが制作したモノクロ映像やダンサー、水しぶきなどの映像を組み合わせている。背景にはダンサーとしてモーリー・スタインバーグが出演している。彼女は撮影当時U2と面識はなかったが、後にジ・エッジと出会い、結婚した。モーリーの出演部分はカリフォルニアで撮影されたもので、U2のスタジオ撮影とは別に行われた。
- オルタナティブ・バージョン:本作には別編集のオルタナティブ・バージョンも存在する。通常版とは映像の構成や編集が異なり、U2の演奏シーンやモーリー・スタインバーグのダンス映像などの扱いにも違いが見られる[11]。
ライブ
[編集]「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」は、1987年4月4日、アリゾナ州テンピで行われたヨシュア・トゥリー・ツアー第2公演で初めてライブ演奏された。初演時から、ボノは曲の終盤でジョイ・ディヴィジョンの「Love Will Tear Us Apart」の一節を歌っていた。以後、同ツアーの主要な公演で演奏され、1989年のラヴタウン・ツアーでもレパートリーに加えられた[1]。
初期のライブでは、スタジオ版にはない「We'll shine like stars in the summer night / We'll shine like stars in the winter light / One heart, one hope, one love」という追加ヴァースが歌われることがあり、その後の公演では歌詞が変更される場合もあった。また、「Love Will Tear Us Apart」の一節を曲の終盤に組み込む演奏も行われた。1987年7月4日のパリ公演では、ボノが「Shine Like Stars」のヴァースを歌った後、「Love Will Tear Us Apart」へ移行している。この演奏は後に『Live from Paris』として公式発売された[12]。
Zoo TVツアーでは多くの公演で演奏され、ポップマート・ツアーでは全公演でセットリストに組み込まれた。一方、エレベーション・ツアーでは第3レグでセットリストから外された。ヴァーティゴ・ツアーでは第1レグでは比較的演奏回数が少なかったが、ヨーロッパでの第2レグ以降は再び定番曲となった。その後のU2 360°ツアーでも全公演で演奏され、「Shine Like Stars」のコーダが加えられることもあった。イノセンス・アンド・エクスペリエンス・ツアーでは本編最後の曲として演奏されることが多く、ここでも「Shine Like Stars」のコーダが加えられる場合があった。
2017年12月には、BBCの音楽番組『U2 At The BBC』に出演し、「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」を演奏した。この演奏は番組のハイライトの一つとしてU2公式サイトでも紹介されている。番組は2017年12月19日にイギリスで放送され、12月28日には未放送部分を追加した拡大版も放送された[13]。
また、ライブ・パフォーマンスは『Zoo TV: Live from Sydney』、『PopMart: Live from Mexico City』、『Elevation 2001: Live from Boston』、『U2 Go Home: Live from Slane Castle』、『Vertigo 05: Live from Milan』、『U2 3D』、『U2 360° at the Rose Bowl』などの映像作品にも収録されている。
他のメディアでの使用
[編集]サウンドトラック
[編集]カバー
[編集]カバー
[編集]- セラピー?(1992):北アイルランド出身のインダストリアルメタルバンド。 限定盤EP『Have a Merry Fucking Christmas』に収録[19]。
- ヘヴン17(1999):1980年代に一世を風靡したエレポップバンド[20]。
- 宇多田ヒカル(2001):MTVアンプラグド出演時にカバー。『Utada Hikaru Unplugged』収録[21]。
- キーン(2006):
- GLAY(2007):U2ファン[22]。
- Salyu×Superfly(2010):ライブでカバー[23]。
- 2Cellos(2011)
- ツイン・シャドウ(1013):「UNDER THE CVRS」というカバープロジェクトの一環で披露。
- Kishi Bashi(2013):SoundCloudで公開。ライブでも披露している。
- イマジン・ドラゴンズ(2014):ライブでカバー[24]。
- ワンリパブリック:ライブでカバー
- 佐藤アスカ(2021):アルバム『Re:HORIZON』に収録[25]。
サンプリング
[編集]- LMC vs. U2 - Take Me to the Clouds Above(2004):ホイットニー・ヒューストンの「恋は手さぐり(How Will I Know)」とU2の「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー」をサンプリングした曲で、UKナンバー1ヒットとなった[26]。
評価
[編集]イヤーオブ
[編集]- 1987年MTVビデオミュージックアワード・ヴューザーズ・チョイス
- 1987年ホットプレス年間ベストシングル第11位
- 1987年ホットプレス読者が選ぶ年間ベストアイリッシュシングル第2位
- 1987年ローリングストーン読者が選ぶ年間ベストシングル第1位
- 1987年ヴィレッジ・ボイスPazz & Jopシングルリスト第15位
オールタイム
[編集]- 1989年ラジオヴェロニカ(オランダ)が選ぶオールタイムベスト500第182位
- 1988年BBCレディオ1が選ぶベストソング第7位
- 1989年Qマガジン読者が選ぶオールタイムベストソング100第47位
- 1999年スタジオ・ブリュッセル(ベルギー)の視聴者が選んだオールタイムベストソング第15位
- 2000年ローリングストーンが選ぶ偉大なポップソング100第8位
- 2004年ローリングストーンが選ぶオールタイムベストソング500第131位)
- 2006年Qマガジンが選ぶオールタイムベストソング100第17位
- 2006年VH1の番組「The Greatest」における80年代の最も偉大な100曲第13位[27]。
- 2009年ガーディアンが選ぶ誰もが知っている曲1000
- 2009年ラジオヴェロニカ(オランダ)が選ぶ80年代ベストソング100第1位
- 2010年ローリングストーンが選ぶオールタイムベストソング500第132位
- 2012年NMEが選ぶ過去60年のベストソング100:80年代編第66位
脚注
[編集]出典
[編集]- 1 2 U2. “U2 > Discography > Album > With or Without You” (英語). U2.com. 2026年8月10日閲覧。
- 1 2 3 4 Bono 2025, pp. 209–210.
- 1 2 3 U2 BY U2 2006, pp. 179–181.
- ↑ Flanagan 1995, p. 44.
- ↑ Jobling 2014, p. 163.
- ↑ Bono 2025, pp. 214–215.
- 1 2 Jobling 2014, p. 165.
- ↑ Stokes 1996, pp. 66–67.
- 1 2 John Hutchinson (1987年10月). “Luminous Times: U2 Wrestle With Their Moment Of Glory”. Musician (Amordian Press / Billboard Publications): 69-76.
- ↑ Stokes 1996, p. 130.
- ↑ “u2songs | With or Without You (Main Version by Meiert Avis Video) - U2 (04:55) |”. www.u2songs.com. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “u2songs | U2 - "Live from Paris" Digital Album |”. www.u2songs.com. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ U2. “That was 'U2 At The BBC…'” (英語). U2.com. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “u2songs | Various Artists - "Blown Away" Soundtrack |”. www.u2songs.com. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “https://fod.fujitv.co.jp/title/00nn/”. fod.fujitv.co.jp. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ With or Without You (1999) - Soundtracks(IMDb.com)
- ↑ “いつまでも二人で : 作品情報・キャスト・あらすじ”. 映画.com. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “邦画初!U2の名曲が『ソロモンの偽証』主題歌に決定!”. シネマトゥデイ (2015年2月5日). 2015年2月5日閲覧。
- ↑ (英語) Therapy? - Have A Merry Fucking Christmas, (1992-12-20) 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “With or Without You – Heaven 17, by Various Artists”. Cleopatra Records. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “MTV UNPLUGGED”. www.utadahikaru.jp. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ Inc, Natasha. “GLAYがニューシングルでU2の代表曲をカバー”. 音楽ナタリー. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ Inc, Natasha. “Superfly「僕らの音楽」でSalyuと極上U2カバー再び”. 音楽ナタリー. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “Instagram”. www.instagram.com. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “With Or Without You -Eyes of the mind mix- / 佐藤アスカ - I've Sound Explorer”. I've Sound Explorer - I've Sound ExplorerはI'veに関するデータベースを扱うファンサイトです。 (2021年11月24日). 2026年8月10日閲覧。
- ↑ “u2songs | "Take Me To the Clouds Above" Single - LMC vs U2 |”. www.u2songs.com. 2026年8月10日閲覧。
- ↑ Ep. 171 | 100 Greatest Songs of the 80s (Hour 5) | The Greatest | Episode Summary, Highlights(VH1.com) - 2010年7月11日閲覧
参考文献
[編集]- U2 著、前むつみ,久保田祐子 訳『U2 BY U2』シンコーミュージックエンタテイメント、2006年。ISBN 978-4401630417。
- Flanagan, Bill『"U2" at the End of the World』Bantam Press、1995年。ISBN 978-0593036266。
- Stokes, Nail (1996). Into the Heart: The Stories Behind Every U2 Song. Omnibus Press
- Jobling, John『U2 : The Definitive Biography』New York : Thomas Dunne Books : St. Martin's Press、2014年。