杉山加代子
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| 基本情報 | ||||||||||||
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| 生年月日 | 1961年10月31日(64歳) | |||||||||||
| 出身地 | 茨城県稲敷郡阿見町 | |||||||||||
| ラテン文字 | Kayoko Sugiyama | |||||||||||
| 身長 | 180cm | |||||||||||
| 体重 | 68kg | |||||||||||
| 血液型 | B型 | |||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||
| 愛称 | スギ | |||||||||||
| ポジション | エース | |||||||||||
| 指高 | 227cm | |||||||||||
| 利き手 | 右 | |||||||||||
| スパイク | 313cm | |||||||||||
| ブロック | 295cm | |||||||||||
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杉山 加代子(すぎやま かよこ、現姓:加藤(かとう)、1961年10月31日[1] - )は、日本の元女子バレーボール選手。1984年ロサンゼルスオリンピックバレーボール女子銅メダリスト。
来歴
[編集]茨城県稲敷郡阿見町出身。自衛隊職員の父親をもち、スポーツ一家に生まれる。メキシコオリンピック銀メダリストの笠原洋子は親戚。
県下のバレーボール伝統校であった竜ヶ崎二高へ入学するとエースポジションを任され、インターハイグループ戦で名門の博多女子商業と渡り合い大活躍した。
1980年に日本リーグの日立に入部。以後、チームや全日本の中心選手として長く活躍した。1984年ロサンゼルスオリンピックバレーボールでは銅メダル獲得に大きく貢献した。
人物・エピソード
[編集]阿見小学校在学中はTVアニメ(サインはV、アタックNo.1)の影響でバレーごっこに興じ、「日本一のアタッカー」を夢見る。垂直跳び75cmの秘密はここが原点かもしれないと杉山は述懐している。阿見中学に入学すると170cmの長身をかわれてバレーボール部に入部し本格的にバレーボールを始めた。
高校進学が決まると、父親から「急に伝統校の激しいトレーニングをすると必ずケガをするから、足腰を鍛えなさい」とのアドバイスを受け、毎日父や弟とともに3kmのランニングで鍛えたという。
全国高校強化合宿で訪れた日立の山田監督(当時)から、「努力すれば道が開けるからしっかりやりなさい」とのアドバイスを受け、「いつかオリンピック」を心に抱き、日立入りを決めたという。
球歴
[編集]受賞歴
[編集]所属チーム
[編集]参考文献
[編集]- 月刊バレーボール1978年6月号 82-83ページ
脚注
[編集]- ↑ “【杉山加代子】プロフィール(年齢・身長)”. エキサイトニュース (2021年3月9日). 2026年5月16日閲覧。
外部リンク
[編集]- ロサンゼルス1984大会 TEAM JAPAN 入賞者一覧 |JOC - 日本オリンピック委員会
- 日立ベルフィーユの歴史 - archive.today(2013年4月27日アーカイブ分)