村上茂利
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| 村上 茂利 むらかみ しげとし | |
|---|---|
| 生年月日 | 1918年11月9日 |
| 出生地 |
|
| 没年月日 | 1989年11月20日(71歳没) |
| 出身校 | 中央大学法学部卒業 |
| 前職 | 労働事務次官 |
| 所属政党 | 自由民主党 |
| 称号 |
従三位 勲二等旭日重光章 |
| 選挙区 | 旧北海道2区 |
| 当選回数 | 3回 |
| 在任期間 |
1976年12月10日 - 1980年5月19日 1983年12月18日 - 1986年6月2日 |
村上 茂利(むらかみ しげとし、 1918年11月9日[1] - 1989年11月20日[2])は、日本の政治家。位階は従三位。
経歴
[編集]北海道天塩町生まれ。札幌一中(現北海道札幌南高等学校)を卒業し、1941年に中央大学法学部を卒業した[1][2]。内務省に入省(神奈川県属[3])。1969年に労働事務次官に就任[4]。1972年の第33回衆議院議員総選挙では北海道2区に自由民主党から立候補するも落選[5]。1976年第34回衆議院議員総選挙で初当選を果たし、以後3期務める。1980年の大平内閣不信任決議案では欠席した。
1984年、第2次中曽根第1次改造内閣で法務政務次官に就任した。1986年の第38回衆議院議員総選挙では落選[6]
1989年11月20日、癌のため死去。71歳没。死没日付で正七位から正四位勲二等に叙され、旭日重光章を追贈されたが、その後同年12月8日、特旨を以て位一級を追陞され、死没日付に遡り従三位に叙された[7]。
その後、1990年の第39回衆議院議員総選挙に、後継者として金田英行が立候補した[8]。
選挙経歴
[編集]- 1972年-第33回衆議院議員総選挙北海道2区次点[5]
- 1976年-第34回衆議院議員総選挙当選[2]
- 1979年-第35回衆議院議員総選挙当選[2]
- 1980年-第36回衆議院議員総選挙次点[10]
- 1983年-第37回衆議院議員総選挙当選[2]
- 1986年-第38回衆議院議員総選挙次点[6]
脚注
[編集]- 1 2 『日本国・国会全議員名鑑 下 136コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- 1 2 3 4 5 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑 351コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ↑ 『日本官僚制総合事典』東京大学出版会、2001年11月発行、344頁
- ↑ 『日労研資料 22(10)(766) 6コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- 1 2 『衆参便覧 昭和48年新版 305コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- 1 2 『道新選挙データブック 1986 (衆参同日選結果と'87地方選資料) 15コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ↑ 『官報』第258号10-12頁 平成元年12月14日
- ↑ 『[選挙の記録 [平成2年] 127コマ]』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
- ↑ 北海道中央バス五十年史 1996年 106頁
- ↑ 『国民政治年鑑 1980年版 567コマ』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
参考文献
[編集]- 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』(衆議院、1990年)
外部リンク
[編集]| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代 有馬元治 |
1969年 - 1970年 |
次代 松永正男 |