未完成婚・セックスゼロで母になる!?#35 はじめての胚移植|幸せと言えなかった、新婚の1年
「未完成・セックスゼロで母になる!?」の回顧録の続き、現在は2026年1月だが、これは約1年前の2025年3月のこと。
夫と一緒に暮らして約1年の新婚だが、膣性交ゼロの未完成婚
好きという感情はあっても性欲はない、ロマンティック・アセクシュアル気味な夫と、成田離婚寸前からの再構築中
性欲ゼロの男性不妊の夫と、性欲多めの当時39歳の私が、挿入セックスなしのまま、妊活を始める!
やっと!はいった!!ついに膣性交ができた!
挿入時間2分で、射精まではできず、いわゆる『セックス』とは程遠かったが…
⬇️そのときの様子
こうして膣性交ができた日から2日後、私ははじめて胚移植をすることとなった。
1ヶ月前の体外受精で採卵した7個の卵子のうち、6個が受精した。そのうち無事に凍結までできたのは2個、1個が初期胚で、もう1個が胚盤胞だった。
まずは、自然周期で胚盤胞を移植することとなった。
移植当日の午前、胚盤胞が無事に解凍されたと聞き、病院に向かった。
一気に顕微授精まで進むようなレベルなので、1回目で妊娠するなんて滅多にないだろう。悪い想像はしたらいけない、でも過度な期待をしないように、と自分に言い聞かせた。
なるべく淡々と…………
そうでないと、保たない。
血液検査の結果も良好で、いよいよ移植となった。
手術着に着替え、手術部屋に行き、内診台に横になった。
膣に、色んな器具が入れられる感覚……洗浄や器具のセッティングが終わり、いよいよだ。
「移植していきますね〜」
先生がそうおっしゃって、膣のさらに奥の子宮に器具が入り込んでいくと
!?!?!?!?
いっ痛い〜〜〜〜〜〜〜!!!
まったく予想していない痛みが走った。
うおおお〜〜〜い!!
『移植は痛みがほとんどありません』って書いてあったのにぃぃ!!ウソじゃねーーかぁぁぁ!!
声こそ出さないものの、顔は苦痛に歪む。
中の臓器をいじられる感覚………
子宮のさらに奥の子宮口を突破した器具が、うごめいている。生理痛の重いバージョンの痛みが、器具の動きに合わせて下腹にずんずん響いてくる。
一度も出産したことのない女性は、子宮口が閉じている。だから、子宮口を開けるのが痛いのだ。
でも私は、4ヶ月前の子宮内膜ポリープの手術のときに、子宮口を一度広げていた。それなのに、痛いとは…
移植前の診察日に、先生がおっしゃったことを思い出した。
「フラミンゴさんは入口が狭いので、移植前に広げておきましょう。」
そうおっしゃって、移植の予行練習のように、子宮口を広がる処置を試していた。
まぁ………諸々の穴が、狭いでしょうね……!!!
何も出し挿れ、してませんし!?
そりゃあ〜狭いですよね〜〜!!この5年、誰も使ってないんですからぁ〜〜!!
このときは、まだ夫と膣性交が一度もできていないときだった。子宮口と膣口は違うものだとわかっちゃいるが、子宮口を広げられながら、心の中で恨み節を炸裂させた。
(ちなみに、主治医は私たちが未完成婚だったことを知っている)
あのとき、先生が懸念してたのは、これか……
すごいよ、先生!お察しの通りだよ!
痛えぇよ〜〜〜〜
声を押し殺し、苦痛に顔を歪めながら思った。
これは、ヤバかったな………
内診台の上、器具で開脚させれ、医療関係者に股を広げ、夫の男性器を一度も受け入れたこともなく、射精をされたこともないのに出来上がった受精卵を、苦痛の中で子宮に入れられている………
もし、2日前に膣性交ができていなかったなら……
この瞬間、身体的な苦痛以上に、心の痛みで泣き出していたに違いない……
内診台でぼろぼろと泣く私……
驚き、うろたえるであろう、看護師さんたちや先生に「大丈夫ですか!?」と、声をかけられる…
そんな様子がリアルに想像できた。
耐えきれずに泣き出す、ぐしゃぐしゃになった自分が、薄い皮をめくったすぐそこにいるような気がした。
マジでヤバかった…………
まさに紙一重………
大丈夫だ、泣いてない。
私、耐えられてる。
たった2分、されど2分
私は、あの2分に救われた。
「無事に終わりましたよ〜お疲れさまでした!大丈夫ですか?」
先生が尋ねる。
「大丈夫です。」
痛みの中で、思考はぐるぐる回っていた。
やっと………終わった……………
婚活して、やっと結婚できた矢先、自ら指1本、私に触れてこない夫から「夫婦のコミュニケーションとしてのセックスはいらない」と言われた。
『未完成婚』『アセクシュアル』という言葉を、はじめて知った。
夫に性欲もなく、物理的にもセックスできず、このまま子供を作ることに一切挑戦できないままに、子供が産めない年齢になる恐怖に追い詰められた。
おまけに、新婚旅行母子同室事件が重なり、夫と義母への疑心暗鬼が膨らみ、成田離婚寸前となり、セックスも妊活もさらに遠のいた。
義母と和解して、離婚をギリギリで回避し、セックスよりも先に子供を作ると決めて、夫婦の再構築を決意した。
夫の精子無力症が発覚し、膣性交がないままに体外受精を決行、数日おきの通院に疲労し、毎日の自己注射に震えた。
セックスと子供を作ることを切り離す、と決めて妊活を始めたのに、膣性交が一度もないままの体外受精に病んだ。
子供がいる未来・いない未来のどちらを想像しても真っ暗で、こんな妊活してるのは私だけだ、と孤独に落ちていった。
義母にセックスゼロで不妊治療をはじめたことを暴露し、夫に思いを伝える手紙を書いて、話し合い…
やっとついに、2分間の膣性交を達成し、胚盤胞を移植した。
これが、私の新婚1年目だった。
濃い!!
濃厚すぎるほど、濃厚!!!たった1年とは思えないほど、長く暗いトンネルをさまよったような新婚生活。
「結婚生活は幸せ?」と問われても、「幸せ!!」とは答えられず、無言で俯くだけだった。
それでも、『子供を産みたいと思っているのに、セックスも妊活もできないままに、子供が産めない年齢になる』という最悪の事態は回避された。
本当に、そうなってもおかしくない状況だった。
子供を産みたい私の執念、孫を望む義母の手助け、夫の変化と努力、それらがなければ、あの最悪寸前の事態から1年のあいだに体外受精を実行するまでいかなっただろう。
はじめての胚移植の3週間後、私は40歳になった。
1回目の胚盤胞も、2回目の初期胚も、着床しなかった。
2回目の初期胚の移植は、もう子宮口がある程度広がっているのだろうか、初回の時のような強い痛みはなかった。
移植の2回とも仕事が忙しいタイミングで、身体を十分に労れなかった後悔が残った。
その後、2回目の体外受精にチャレンジした。膣性交ナシで臨んだ1回目の体外受精とはまるで違う、淡々と処置を続ける日々で、心底ほっとした。
(膣性交ナシの体外受精と、膣性交ありの体外受精の比較の記事も、別途書いてみようと思う。)
2回目の体外受精のときは、5個の卵子を採卵し、すべてが受精、ただし凍結まで進めたのはたった1個だった。今も、初期胚1個が凍結されている。
体外受精のあいだで行なった、6回の人工授精はすべて失敗。
人工授精でも体外受精でも、着床できたことは一度もない。
そして、夫がついに精索静脈瘤の手術を受けた。
はじめて夫と膣性交ができた後、不妊治療のあいだにセックスを6回試みた。精力剤があったりなかったり、挿入までできたのはそのうち半分の3回。動きはいまだスムーズではなく、挿入時間は短く最後まではできていない。
挿入を経験しても、夫のスタンスは今も何も変わらない。
夫自ら、私を求めてくることはない。これからもないだろう。
セックスに誘うのは、100%私から。
私がセックスに誘わなければ、夫婦間のセックスはゼロになることは確実だ。
膣性交ができたと言っても、憂いは完全にはなくなっていない。
今、「結婚性格は幸せ?」と問われたら、「まぁまぁかな。幸せな時間もある。新婚のときよりも、格段にマシ!!」と答える。
2回目の体外受精で凍結してある初期胚を解凍し、胚盤胞まで育て、5日後に移植する予定だ。
移植予定から2日後、2回目の結婚記念日を迎える。
そして2ヶ月後の3月に、私は41歳になる。
「幸せ?」という問いに、顔を上げて満面の笑みで「幸せ!」と答えられる道を、今も模索している。
