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津嘉山

 空が特に晴れている日に、屋内から外を見ているだけという状況が嫌だった。だから私は大人になって、現場監督をしている。現場は工場や建築工事(ビルや家を作る工事)ではいけない、土木工事がいい。昼間に外に出られるからだ。

 そして今、私は平日の昼に津嘉山公園で屋外を享受しまくっている。

 バイパスに次々に吸い込まれていく車は、ほとんどが軽自動車、たまにコンパクトカーと中型のトラック。焦茶色に光る手摺と、スリムな街灯はきっと新しい公園の証だ。
 近辺になんとかニュータウンとか、なんとか台、なんとかヶ丘、なんて地名がついているのでは、と勝手に想像が膨らむ。平成の大合併から急激に発達した津嘉山ニュータウン(仮称)には、スターバックス、ユニクロ、マクドナルド、JINS、大戸屋、そこにサンエーは加わるのだろうか。物心ついた頃からニュータウンなんてのは寒気がするだけの場所だと思っていたが、不思議とこの公園には私が受け入れられている気がした。手元のアイスコーヒーのカップが汗をかき始めたタイミングで、車に乗り込んで現場に急いだ。なんてことない、少し座っていただけなのだから。

 津嘉山トンネルを越えて南風原南インターに向かうときの音楽は、決まって南風原口説(ふぇーばらくどぅち)だ。イントロの三線は軽快に時速六十キロの視界を彩る。バイパス沿いの景色は、見逃すくらいでちょうどいい。
 現場に戻ると大城君が、足場が指摘事項になりました、耐荷重計算終わるまで作業停止だそうです、と言葉とは裏腹に穏やかな顔をしていた。そんなことは彼より先に知っていたけれど、現場で、足場屋の職長の前で言われると流石に堪える。ゴールデンウィークの最中に計算を外注する訳にもいかないから、もう我々で引き受けよう、と言ってみた。その上で笑顔を作ると、自然と眉間の力が抜ける。状況が混迷しているのは別に彼のせいでもないのに、大城君はアイスコーヒーを買ってきて私のデスクに置いた。言葉を話さない動物のような表情をして、目の前で写真整理をしながら、私が計算書のマクロを完成させるのを待っている。単位ミスを見つけて慌てる私の手元、全く変わらない大城君の表情。彼と同じ空間にいると、不機嫌な職人に怒鳴られた時より萎縮する。

「もう帰ろう、姉さんの車停めてある駐車場まで送ろうね」
いつからそうしていたのか大城君がこちらを覗き込んで、飴の袋を差し出した。いつも私と話す時は標準語の彼が、職人に指示をしている時と同じ、南西諸島のイントネーションでふんわりと言葉を発する。容姿にも、会話の内容にもはっきりと主張するものはないが、きっと異性にもてるのだろうなと、場にそぐわない想像が広がってしまう。

「うるせえな!今どういう状況かわかってんのかよ!お前いつもヘラヘラしやがって」

 声が割れるほどの音量で大城君に言えたらどんなに、堂々と後悔だけ感じることができるだろうか。手元の紙を丸めて投げつけることができたら、優しい大城君に八つ当たりして申し訳ない、を免罪符に泣き喚ける。私の返答を待つ彼は、年齢の割に理不尽に慣れすぎている。
 衝動に追い越される一歩手前で右肩に顔を埋め、ふふと小さく笑いが吹き出る、それだけだった。その拍子に、私の顔にえくぼが戻ってくる。手元では八ヶ所の足場のうち、工程が逼迫している二ヶ所の足場の計算が終わったところだ。正直もう帰っていいくらいの仕上がりではあったから、データを保存したことをなん度も確認して荷物をまとめ始めた。
 彼の車は軽なのに広々としており、カーナビからは恋愛リアリティショーが流れ、空調の吹き出し口からは芳香剤の甘い香りがしていた。ダッシュボードにはけろっぴの食玩が一個、彼の姪にあげようとしたら断られたという。
 私は先ほど衝動に追い越されそうになったこと自体が申し訳なくなり始め、あれこれと視界に入るものに関して話題にあげる。そこに転がる食玩より軽い、私の申し訳なさをシーリングするためだけの言葉。作業停止だそうです、と告げた時と同じ穏やかな表情で大城君が応えている。いつも見ているはずの駐車場の横に、今日は石敢當を発見した。

 サンエーの入り口は、カルキの匂いが充満していた。夏の入り口、広島でまだ團さんと仕事をしていた時に山奥から降りてきたあの青臭い香り。梅雨の入り口、現場近くの路肩に少し車を停めていただけで、白くて長い栗の花の残骸が車の上にたくさん落ちて溜まっていた。

 なんだか疲れた、團さんのとこに戻りたい。

 会ったところで大城君の前で堪えた八つ当たりをぶつける以外、今の私にはできない。昨日まで広島レモン三個入りが並べてあった棚に、今日は輸入レモン五個入りが並べてある。しばらく五個入りのレモンの袋を眺めていたら、少し離れたレジであくびをする店員と目が合った。今日はレモンと重曹だけ買って帰ろう。

 レモンに重曹をかけて、丹念に皮を洗う。五個一気にスライスし、砂糖とレモンの層を作って瓶に詰めた。砂糖を吸って、明日には黄色く透き通るレモンの層。両手からはすでにレモンの香りが溢れている。

 両手で顔を覆って深く息を吸うと、夏が来そう、と独り言が漏れた。レモンの香りを握ったまま、昼間に見た公園の真ん中に倒れ込む、倒れ込んだと思ったら何かに潰されるように眠っていた。

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