⚪️企画作品|ミズタマリ
わたしの名前はミズタマリ。
周りからはミズタマリと呼ばれている。
***
朝、目が覚めると、泣いていることがある。
***
無水アルコール70、精製水30、ゼラニウムの香油10滴をアトマイザーに入れてシュッと一吹き。
それで気分が少し柔らぐ。
***
品川駅から朝5時発の回送電車に乗る。
「タマちゃん、早く早く!」
運転士のリンちゃんが叫ぶ。
***
横浜駅からみなとみらいまでは歩く。
雨の日も、雪の日も。6月2日は開港記念日。
***
上司の前ではふたりの子持ちを演じることにしている。理由はよくわからないけれど、そうした方が良いような気がするから。
「ミズタマリさん、今日もシアワセそうですね」
「はい。子育ては大変ですけれど、そのぶん喜びも大きいのです」
「お子さんは、おいくつでしたっけ」
「10歳ぐらいです」
「上のお子さん?」
「うーん。どっちも?」
「そうですか」
***
上司の机には写真立てが置いてある。
以前わたしが「お母さまですか」と訊ねたら「妻です」と訂正された。わたしたちは控えめに笑った。
***
次の日、父の写真を飾ってみた。
上司が「旦那さん?」と訊いてきたら「息子です」と答えてみよう。
***
複雑化した事業を数千単位の部分に切り分けて作業化してくれたのは一体誰なのだろう。
大昔にいたはずのその人のおかげで、わたしの仕事は、かんかん照りのアスファルトにバケツで水を撒くだけのような、単純で、傍から見ると意味のありそうな、なさそうなものになった。
***
アスファルトが濡れている。
わたしのせいじゃない。雨。
***
隣の席ではソラ先輩がおでこに冷えピタを貼っている。雨の日は蒸し蒸しするから嫌と言いながらわたしを見て、ミズタマリは若くて美人で良いわねえとため息をつく。
ゼラニウムの香水をシュッと一吹き。見えないところで。ソラ先輩、気合い入れてこ!
***
昼休みは社員食堂に行く。外の飲食店はどこも、コンビニでさえも大行列で、わたしは以前はお弁当を作っていたけれど、近ごろはプロに任せている。
サバの塩焼き定食。窓から観覧車が見える。
***
後輩のミミが来て「マリちゃん、今日仕事終わりに飲み行こー」と誘ってきた。
わたしが「お団子たべたい」と言うと、はいこれと言ってみたらし団子をくれた。
「ありがとう。じゃあ、今日は、飲み行こーか」
***
アスファルトへの水撒きが終わった。雨だからといって手は抜けない。関係ないけど。それにもう雨は上がっている。それも関係ないけど。
わたしとミミの、ノー残業デー。
***
帰り際、わたしの写真立てに気づいた上司が「息子さん?」と訊いてきたので「祖父です」と答えた。
***
ノンアルビールで酔ってしまうま。
「マリちゃん、お酒弱すぎー」
後輩の耳がわたしのミミに息を吹きかけている。
***
いやん。
(おわり)
🟡1170文字
#シロクマ文芸部
#水たまり
#木曜日は3ースデイ
#回送電車
#ノンアルコールビール
#写真立て
#せりふ三題噺
#ゼラニウム団子耳
気合い入れてこ!
