❷なぜ「鋭い発問」より「ざっくり発問」で思考が爆発するのか?
「子どもたちの思考を深めるために、もっと鋭い発問を考えなければ……」
「発言を深掘りするために、場面に応じた適切な『問い返し』の技術を身につけなければ……」
道徳の授業づくりに熱心な先生ほど、このように「問い返し」の技術を磨く努力をされているのではないでしょうか。
1 「問い返し」の多様な機能と、それに頼ることへの弊害
(1) 「問い返し」が持つ多様な機能
道徳の授業研究において「問い返し」は、子どもたちの思考を深めるための極めて重要な技術として長年研究されてきました。
① 思考を高める「認知・論理的」機能
(多面的・多角的な思考へ導く)
根拠・理由の追究
「どうしてそう思うの?」
「どんな理由でそう言えますか?」
対比・矛盾の自覚(ゆさぶり)
「もし〜ならどうですか?」
「反対の立場からはどう見えますか?」
② 自分に引き寄せる「自己内省・自分ごと化」機能
(自分の生き方・価値観へつなげる)
自己との対話・経験の想起
「あなたならできますか?」
「似た経験はありますか?」
実践への覚悟・本音の引き出し
「本当に実行するとき何が難しい?」
「本音はどう?」
③ 学びを広げる「集団・関係性構築」機能
(議論の活性化と集団の学び)
他者理解とのつなぎ合わせ
「他の意見を聞いてどう思う?」
「〜さんの意見を言い換えられる?」
議論の焦点化と拡散防止
「つまりどういうことかな?」
「意見の一致点と相違点はどこ?」
④ 情意面を豊かにする「共感・感情の表出」機能
(登場人物への共感と情意の育成)
感情の言語化支援
「それはどんな気持ちと言えるかな?」
「詳しく言うとどうですか?」
こうした多彩な「問い返し」は、授業を計画した軌道から逸れないようにコントロールする重要な手段であり、従来型の道徳授業を支えてきたプロの技術です。
しかし、発達心理学や教育心理学の知見に照らすと、教材と自我を強く結びつけるような問い返しは、小学校4年生以上の段階において「認知の罠」という弊害を生む側面も指摘されています。
(2) 「問い返し」に頼ることの弊害
場面ごとに教師が介入し、「鋭い問い返し」で思考を深めようとするスタイルに依存し続けると、実際の授業では次のような3つの問題(壁)に直面してしまいます。
「1対1のやり取り」が、発言の偏りと白けたムードを助長する
教師が一人ひとりの意見に対して深く問い返すとやり取りが長くなり、周りの子は「傍観者(観客)」になってしまいます。
問い返された本人が「強く問い詰められた」と感じて発言意欲を失ったり、気の弱い子が恐怖を感じて口を閉ざしたりすることもあります。
周りも「先生が思う正解が出るまで問い詰めている」と受け止めかねず、特定の子しか話さない偏りと、教室全体の白けたムードを助長してしまうのです。
子どもが「先生の期待する正解」を探し、探究がストップする
畳みかけるように問い返されると、子どもは「自分の答えは間違っていたのかな」「先生はなんて答えてほしいんだろう」と顔色を伺うようになります。
「自分の頭で自由に探究する」のではなく「先生が喜ぶ正解を探す」という思考パターンが固定化し、自分の意見を安心して表明できる子はどんどん減ってしまいます。
高度な即興性が求められ、教師の経験による授業格差が生まれる
子どもの瞬時の発言に対して最適な問い返しを判断・深掘りするファシリテーションは、非常に高度な熟練を要します。
従来型の授業がこの「個人技(職人技)としての問い返し」でコントロールされていたため、「ベテランならうまくいくが、若手では授業が進まない」という指導力の格差を生む原因にもなっていました。
では、どうすれば教師の負担を減らしつつ、子どもたちが主体的に思考を深める授業を作ることができるのでしょうか?
ここで効果を発揮するのが「考察探究型」のアプローチです。
2 考察探究型の構造と「ざっくり発問」が起こすイノベーション
「ざっくり発問」とは、たとえば次のような問いかけです。
「このような様子をどう思いますか?」
「なぜ、このような変化が起きたのだと思いますか?」
「結局のところ、〇〇とはどんなことだと思いますか?」
こうした自由度の高い大きな問いには、子どもたちの思考を解放する2つの決定的な機能(利点)が秘められています。
⑴ 「正解の恐怖」から解放し、発言のハードルを劇的に下げる
第一の利点は、圧倒的な「意見の出しやすさ(安心感)」です。
たとえば「この様子をどう思う?」と問われた場合、子どもたちは「かっこいいと思う」「自分には真面目すぎる気がする」「よく考えて行動していると思う」など、多様な視点から答えを展開できます。
「どう思うか」を聞かれているのですから、子どもが「こう思う」と答えた内容に誤答(不正解)はありません。
「ざっくり発問」では、鋭い問い返しによる「間違いの追究」が行われず、「正解探し」の恐怖から解放されます。そのため発言が苦手な子にとっても大きな安心感が生まれ、クラス全員が気軽に思考を場に出せるようになります。
子どもたちはざっくり発問を何度も経験することで、発言へのハードルが劇的に下がっていくのです。
⑵ 心情の選択から、事象の多面的な解剖へ
第二の利点は、一つの事象を「多角的な視点から解剖(多面的思考)できること」です。
「委員会の花の水かけ仕事をさぼって、サッカーをしてしまった場面」で比較してみましょう。
① 従来型の「鋭い心情発問」
「サッカーに誘われたとき、主人公はどんな気持ちだったでしょう?」
こう問うと、子どもの意見は主人公の心の中に限定され
A:仕事をしなきゃ(責任)
B:サッカーしたい(願望・正当化)
C:どうしよう(葛藤)
の3パターンに集約されます。
授業の焦点は二者択一の判断・葛藤に向けられ、「責任を果たさないのはなぜダメか?」という問いに対しても「花が枯れるから」「叱られるから」という狭い範囲にとどまります。
② 考察探究型の「ざっくり発問」
考察探究型では、黒板上に「さぼった事実と行動」が構造化された状態で、こう問います。
「このような様子(行動)を、どう思いますか?」
すると子どもたちは、前の活動で取り上げた「主人公のよくない様子」に注意を向け、多角的な批判を展開し始めます。
「自分の仕事を軽く考えている」(責任感への追究)
「大丈夫だろうと甘く見ている」(自己合理化への批判)
「遊ぶ誘惑に負けていて弱い」(流されやすさへの批判)
「分かっているのにさぼって狡い」(ずるさ・人柄への批判)
「さぼりを続けると、良くない人になってしまう」(人格への影響)
「花が枯れたら取り返しがつかない」(結果・影響への視野)
心情型のように「やるか・やらないか」の狭い視野ではなく、責任を果たさないことの意味や影響、自己擁護のずるさ、悪習の人格への影響など、かなり深い洞察が行われます。
さらに、考察探究型に慣れた学級では、小学4年生であっても心の深層に迫る発言が素朴な言葉で出されるようになります。
⑶ 授業構造がもたらす安定した思考活動(ぶれない仕組み)
「しかし、これほど自由度の高い『ざっくり発問』を投げると、授業がブレて思わぬ方向へ流れてしまうのではないか?」と心配される先生もいるかもしれません。
なぜ、考察探究型ではブレないのでしょうか?
「節度・節制」がねらいの、怠惰な様子が数多く描かれた教材を例に考えてみます。
① 抽出・整理:
「どんな様子が描かれていましたか?」
➔ 「深夜までゲーム」「宿題は後回し」「物は放りっぱなし」「親の忠告に生返事」を抜き出す簡単な活動です。ブレることはありません。
② 考察:
「主人公のこのような様子をどう思いますか?」
➔ 行動ごとに「体に良くない」「逃げている」「乱雑・不潔になる」など、様々な批判が出され黒板に整理されます。
目的は「いかに良くない状態か」を鮮明にすることであり、授業の軸からブレることはありません。
③ 俯瞰・探究1
「こうした様子全体を見てどう思いますか?」
➔ 黒板の意見を見ながら「このままではまずい」「成績が落ちる」「自分への甘さがある」など、状態の深刻さが全体で共有されます。
④ 俯瞰・探究2:
「主人公は、どうしたら良いと思いますか?」
➔ 全員で深刻さを共有した上で「整理整頓から始める」「自分の悪い状態に気づく」「目標を持つ」など改善策を考えます。
ここから出される数多くの改善策こそが、「節度・節制の大切さ」を具体化した内容となり、価値が立ち上がってきます。
①〜④のプロセスを見ると、「ざっくり発問」によって自由な意見が出ているにもかかわらず、
・授業のねらいから思考活動が一切ズレない
・前の段階で出た意見が、次の段階の「思考の材料」になる
・最終的に子どもたちの手で「ねらいの価値」が立ち上がってくる
という結果になります。
これは、考察探究型が
・戦略的につくられた板書構造(作戦ボード)
・3段階の学習過程(抽出・整理 ➔ 考察 ➔ 俯瞰・探究)
という二つの堅牢なフレームワークの上で進行しているからなのです。
⑷ 「問い返し」の必要性がなくなっていく
黒板に構造的な板書(作戦ボード)があり、教師から大きな問い(ざっくり発問)が置かれると、「問い返し」の役割そのものがなくなっていきます。
① 「問い返し」をしなくても、自分たちで気づいてしまう!
「どんな理由があると思いますか?」とざっくり問うと、子どもたちは黒板に整理された様子を見ながら、「Aという様子からは〜な気持ちも感じられる」「〜という考えも想像できる」と、一つの様子から2つ、3つの原因を自ら読み取り始めます。
普通なら教師が「〜という理由だけでしょうか?」と問い返して初めて気づくことを、構造化された黒板があることで勝手に気づくのです。
教師の役割は問い返しを考えることではなく、「なるほど…よく気づきましたね!」と称賛し励ますこと(聞き直し)になります。
② 友達の意見を聞くと、次の考えが浮かんでしまう!
考察探究型を経験すると、子どもたちは「他人の意見は自分と違う見方を教えてくれる得なものだ」と理解し、人の意見をよく聞くようになります。
たとえば『手品師』の教材
(大舞台のチャンス vs 見知らぬ子どもとの約束)では、
従来型なら「出演するか・約束を守るか」の対立になります。
考察探究型では、まず、両選択肢の利点・問題を黒板に整理します。
・出演する場合の利点と問題点を考える
利点 :夢が叶う、旧友の思いに応える、チャンスをつかめる
問題点:約束を破る 子どもが悲しむ 嘘をつくことになる
・約束を守る場合の利点と問題点を考える
利点 :約束を守れる 子どもが悲しまない 嘘つきにならない
問題点:夢実現を逃す 旧友に失望させる チャンスを逃す
すると、子どもたちは、
・誰かに伝言を頼んで舞台に出る
・子どもを大舞台に招待する
など、
トレードオフを乗り越える別案を自ら考え出してしまうのです。
③ そもそも、問い返す必要がない!
考察探究型では、三段階の学習過程のねらいがハッキリしているため、目的を明確にした「ざっくり発問」を投げれば、問い返しが必要な意見はほとんど出なくなります。
必要になるのは、俯瞰・探究の段階で非常に深い考えや独特な意見が出た際に「詳しく話してもらっていいですか?」と尋ねる時くらいです。
これは「問い返し」というより「聞き直し」です。
三段階の学習過程という堅牢な構造があるため、そもそも問い返しを発する必要性がなくなっていくのです。
3 教師の役割の変化
「ざっくり発問」は、決して大ざっぱで雑な発問ではありません。
黒板の上に「構造」という確固たる根拠があるからこそ成立する、最も知的な発問の姿です。
教師の役割は、個別の発言に「問い返して深掘りする指導者」から、「構造化した作戦ボードの上に、良質な問いをぽんと置くファシリテーター」へと変わります。
教師が一人で問い返しのプレッシャーを背負い込むのをやめたとき、
教室は「教師と子どもの1対1の質疑応答」から、
「子どもたちが構造を読み解き、互いに問い返し合いながら深めていく、本当の探究の場」へと進化するのです。
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