見出し画像

【お詣りいこか。】第5回 貴船神社

鳴海餅本店のぽちこらむ 『お詣りいこか』。
京都に行ってみたくなる一つの理由になれば、これ幸い。


今回、向かうお社は、、、
京都の奥座敷とも呼ばれる、洛北の鞍馬山に鎮座されている「貴船神社」

地名としては「きぶね」と呼ばれますが、水の神様のお社であることから神社名は濁点を避けて「きふね」と呼びます。古くは「氣生根」と記されてきたことから、氣が生ずる根源の地と言われており、京都の最強パワースポットとも呼ばれる神社です。

そしたら、さっそく、お詣りいこか~。

貴船神社について

◉創建の歴史

歴史を紐解くと天武天皇白鳳六年には、すでに御社殿造替が行われたとの記録が残っており、約1,300年前から存在していたのではと考えられています。
残念ながら確定的な創建を明記するものは残っていないようですが、日本屈指の古社であることは確かなようです。。

起源についても、様々な説があり、その中でも、玉依姫命が黄色い船で淀川から貴船川をさかのぼり、たどり着いた場所に社殿を建てたという伝説がよく知られています。(玉依姫命については、第二回を参照ください!!)

「貴船」の名前も、この「黄色い船」の逸話からきているとも言われています。ただ、貴船の表記は様々ありで、明治4年(1871)「貴船」の表記に統一されました。

永承元年、洪水により社殿が流失した後、現在の本宮の地に社殿を再建・遷座します。この再建により元の鎮座地が奥宮となりました。
平安時代末期には、賀茂別雷神社(上賀茂神社)の摂社とされていた時期もあったそうで、上賀茂神社からの独立運動などもあったのだとか…。
下賀茂神社の御祭神 玉依姫命によって始まった貴船神社。
賀茂氏との関わりが深くあるのでしょうか…。

御所の真北に鎮座することから京都の水源を守る神として歴代の信仰も篤く、雨乞い・雨止みが祈願されてきました。
その際、貴船神社では古来より馬を奉納するという習慣がありました。
炎旱(ひでり)の時には黒馬を、霖雨(ながあめ)の時には白馬または赤馬を。時代とともに変化し、生きた馬から木に馬の絵を描いた「板絵馬」を奉納するようになります。この板絵馬が、今の絵馬の原型と言われ、貴船神社は絵馬の発祥地ともいわれています。

現在でも本宮には神馬像が置かれ、人々の願いを込めた絵馬が奉納されています。

◉御祭神について

本宮
御祭神:
高龗神(たかおかみのかみ)
伊邪那岐神(イザナギノミコト)が火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)を斬り殺した際に剣から生まれた水の神であり、龍神様です。
雲を呼び、雨を降らせ、陽を招き、降った雨を地中に蓄えさせて、それを少しずつ適量に湧き出させる働きを司る神。
闇龗神(クラオカミノカミ)とも伝えられ、高龗は「山上の龍神」、闇龗は「谷底暗闇の龍神」という説があります。
御利益:雨乞い(祈雨)、止雨

結社(ゆいのやしろ)
御祭神
:磐長姫命(いわながひめのみこと)
天照皇大神の孫神である瓊瓊杵命(ニニギノミコト)の妻、木花開耶姫(コノハナサクヤビメ)の姉神。
神話によると、瓊瓊杵命が木花開耶姫に求婚した際に、父神・大山津見神(オオヤマツミノカミ)が姉神の磐長姫命も嫁がせようとします。しかし、磐長姫命の容姿が醜かったことを理由に、瓊瓊杵命は木花開耶姫だけを娶り、父神・大山津見神の元に返します。
送り返されたことを恥じた磐長姫命は、「縁結びの神様として世のため人のために良縁を得させん」と貴船神社に鎮座されたと言われています。

御利益:良縁・恋愛成就

なお、この神話には続きがあり、父神・大山津見神は「磐長姫を差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、木花開耶姫を差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからだ」と磐長姫命を差し出したワケを話します。
そのため、磐長姫を送り返したことで天孫の寿命が短くなると告げます。
得るはずだった「永遠」を瓊瓊杵命は失い、限られた命を持つ存在となってしまったのでした。
この出来事が、人間が寿命を持つようになった始まりだと言われています。

結社、本宮からさらに奥を歩いた先にあります。

奥宮 
御祭神
:闇龗神(くらおかみのかみ)
現在の本宮創建までは、ここが本宮であったとされており、船玉神としての信仰も篤く、 本殿の真下には誰も見てはならないという龍穴があるとされる。なお、この龍穴は日本三大龍穴のひとつともいわれているとか。

結社のそのまた奥を歩きます。

また、奥宮本殿の西側にある「船形石」は、玉依姫が乗ってきた黄船を人目に触れぬよう石で覆ったものとされており、「船玉神」としての現代でも船舶関係者等からの崇敬を集めています。

主な神事・祭事

◉貴船祭 (6月1日)

水に感謝し五穀豊穣を祈願する、一年で最も重要な貴船神社の祭典。
江戸時代まで行われていた春と秋の「御更衣祭(ごこういさい)」が起源。
神様に衣替えしてもらう神事のことで、春と秋が統一され6月1日に執り行われるようになりました。
午前中は本宮での神事があり、11時頃から本宮~奥宮、氏子地区を神輿が巡行します。神石「船形石」でのお千度詣り、ヤマタノオロチ退治の神話を再現した出雲神楽の奉納などが行われます。


ここ来たら、ここ行きよし

◉水占みくじ

水の神社ならではのおみくじ。
観光客にも人気のスポットです。

「ご神水」は貴船山の豊かな湧き水

本宮の社殿前、石垣から流れ出る御神水に、真っ白のみくじを浮かべると文字が浮かび上がります。

ちなみに記者の運勢は小吉…

◉川床

京の奥座敷」と呼ばれる貴船は、平安の御代から貴族が涼を求めて訪れていた場所でもあります。
現在につながる川床の風習は、大正時代に始まったとされており、小さな床机に腰をすえて足などを洗っているところにお茶や食べ物などを出して、おもてなししたことから始まったのだとか。

川の上は本当に涼しく、風情ある時間を楽しめます♪

現在でも、多くの料亭が立ち並び、川のせせらぎを楽しみながら、鮎の塩焼きやお吸い物などの素材を活かしたお料理の数々に舌鼓を打つことができます。

鮎の塩焼き。

ちなみに鮎といえば、当店でも夏にならぶお菓子として「若あゆ」がありますが、こちらは夏の季節に鴨川を遡上してくる鮎をイメージしたお菓子とされています。

手焼きした調布生地の中には求肥餅を包んだ夏のお菓子

京都の夏を代表する銘菓でございます。
夏の京都にお越しの際は、ぜひお試しくださいませ☺️


ひと息MEMO

先述の通り時代を超えて崇敬を集める貴船神社ですが、歴史に名を残す人たちも多数訪れています。そのなかでも不思議な逸話の残る人物が、平安時代中期の歌人「和泉式部」です。
『和泉式部日記』には、自身の恋愛模様が描かれており、恋多き女性だったと言われていますが、そんな和泉式部が夫・藤原保昌との仲に悩んで訪れたのが貴船神社でした。境内には和泉式部がその時に詠んだとされる歌が石碑になっています。

「ものおもへば 沢の蛍もわが身より あくがれいづる 魂かとぞみる」

伝説によると、この歌を詠んだ時に貴船の神様からの返歌(詠んだ歌に対して回答になる歌)が聞こえ、やがて願いが叶えられ夫婦仲が円満になったのだとか。


和泉式部の歌碑

伝説の真偽は別として、平安時代から恋愛成就の神様として知られていたことが伺えます。

山奥に鎮座する「貴船神社」。
澄んだ空気に身も心も洗われ、訪れるだけでも運気が上昇しそうです。
京都の避暑地、是非訪れてみてください♪

では次もまた、またお詣りいこか。

いいなと思ったら応援しよう!

鳴海餅本店のnote『今日も京とて。』 『今日も京とて』編集部は皆様の「お心付」を募集しております🎶 頂いた「お心付」は、本noteの運営や備品購入に当てさせて頂きます。