電脳寺の指針
これは電脳寺の根にある考え方をまとめたものだ。
Discordのチャンネルルールや、禁止事項のような細かい決まりの話ではない。それらはすべて、この指針をもとにつくっている。
枝葉のルールは場所によって変わる。だが、根は変わらない。
電脳寺に関わるすべての場所に共通する、一番上流の考え方がここに書いてある。
一、少しだけ呼吸がしやすい居場所をつくること
電脳寺の目的は、これに尽きる。
多くの人間が、抱えているものを誰にも言えずに孤独になっている。「こんなことで苦しんでいるのは自分だけじゃないか」と、暗闇の中で思い込んでしまう。
だが、世の中には同じような境遇の人間がいる。それを乗り越えた人間もいる。
「自分だけじゃなかった」と知れるだけで、少しだけ息がしやすくなる。
息がしやすくなれば、次に向かう余裕も生まれる。
電脳寺は、そのための場所だ。
二、入る資格はいらない
「自分はそこまで苦しんでいないから」「他の人に比べればましだから」と、門の前で立ち止まっている人間がいる。
だが、苦しさに順序はない。その人間が苦しいと感じたなら、それはもう苦しいのだ。
そして、電脳寺は苦しんでいる人間だけが来る場所でもない。すでに乗り越えた者、誰かを支えたい者。どんな立場でも構わない。
三、何も求めない
運営の都合上、自己紹介のチャンネルを用意したり、「手を差し伸べ合おう」「自分の経験を共有しよう」と呼びかけることがあるかもしれない。
ただ、それは自分自身に余裕がある時だけでいい。
根本的には、ただいるだけでいい。余が何かを求めたとしても、すべては「自分に余裕がある時だけ」。それを前提にしてほしい。
四、相手の立場に立つ
自分が書こうとしている言葉を、もし自分が受け取ったらどう感じるか。それを一度だけ考えてほしい。
ここに来る人間は、誰もが何かを抱えている。軽い気持ちで放った一言が、相手にとっては深い傷になることがある。
難しいことじゃない。送る前に一呼吸おいて、相手の側に立ってみる。それだけでいい。
五、遠慮はいらない
「こんな相談をしたら引かれるんじゃないか」。その遠慮は、ここでは必要ない。
電脳寺にはさまざまな経験を持つ人間が集まっている。自分では言いにくいと思っていても、同じような経験をした人間がいるかもしれない。
ここでは、素直でいていい。
六、正解はない
余が言うことも、他の誰かが言うことも、すべては一つの意見にすぎない。
それを受け入れるかどうか、自分にとって必要かどうかは、最終的に本人が決めればいい。合わないと思ったら、流していい。
ここでは、どんな言葉も「一つの声」だ。
七、過度に期待しない
自分が書いたことに、反応が返ってこないこともある。求めていたような答えが出てこないこともある。
それぞれに生活があり、それぞれの経験がある。だから、そういうことは普通に起きる。
過度に期待すると、それ自体が自分を疲れさせてしまう。電脳寺は「必ず何かが返ってくる場所」ではなく、「いられる場所」だ。
八、電脳寺は専門家の代わりにはならない
ここはあくまで居場所であって、医療やカウンセリングの代わりではない。
本当に苦しい時は、専門機関を頼ることをためらわないでほしい。それは逃げでも負けでもない。自分を守るための行動だ。
九、電脳寺の中の言葉を外に持ち出さないでほしい
ここで誰かが口にしたことは、ここだけのものだ。
スクリーンショットを撮って外に出す。SNSに晒す。そういった行為は、絶対にしないでほしい。
「ここで言ったことは外に漏れない」。その安心があってはじめて、人間は素直になれる。
十、電脳寺は変わり続ける
この指針も含めて、一生このままにしようとは思っていない。電脳寺に来る人間が、より良いと思える場所に育てていきたい。
だから、思ったことがあれば教えてくれ。いいことも、悪いことも。
この指針に対して思うことがあれば、こちらから余に直接送ってほしい。
