音楽四季暦08|風は見えなくても風車は
25ans Culture Club
「クラシック四季暦」
第8回 風は見えなくても風車は
Mai Takano | Text
first published in 2023
あらゆる素晴らしいことや神秘的なことは、6月から8月の間に起こる。古今の作家たちが語るとおり、夏は特別な季節だ。
青々とした空と海。鮮やかな木々と濃い影。蝉の声。夕涼みの桃。夜空に広がる天の川。2年前、故郷でそんな夏を味わったことをきっかけに、昨年から東京との二拠点生活を続けている。
故郷の新潟県村上市は、古い城下町。子どもの頃は何もないと思っていた海辺の小さな地方都市は、今やたくさんのインスピレーションを与えてくれる、物語の源のような存在になった。
故郷の記憶は時に、音楽と強く結びついている。私が思い出すのは、ヨハン・セバスティアン・バッハの「G線上のアリア」。高校時代、放課後に聴きに行った演奏会で、NHK交響楽団のストリングスが演奏したアンコール曲である。
正式名は、管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068の第2曲「エール(Air)」。弦楽合奏とチェンバロで演奏されていたこの曲を、ウィルヘルミというヴァイオリニストがG線(4本の弦のうち一番低い音が出る弦)だけで演奏できるように編曲。今ではバッハの原曲も、その詩的な名前で呼ばれている。
その日、制服姿の私は、ゲストへの花束贈呈を任されていた。舞台袖で待機し、いつもと違う角度で見つめる舞台は、新鮮で驚きに満ちていた。
眩しいほどのスポットライトを浴びて、ダンスのように揺らめく音楽家たち。円を描く弓の動き。拍手の中で花束を受け取ってくれた、コンサートマスターの温かな手。すべてを鮮明に思い出す。
しかし、クライマックスはその後だった。一旦舞台袖に戻った奏者たちは「アリアG」と合言葉をかけ合い、再び舞台へ。「G線上のアリア」のあえかな第一音が紡がれたのだ。
そこでは、すべての楽器が主役だった。
第一ヴァイオリンの赦しに満ちたメロディ。時を刻むように全体を支え、旋律に変化をもたらす通奏低音。曲のクライマックスで競演しながら絡み合う、第二ヴァイオリンとヴィオラ。
互いが組み合わさって作り上げられた、美しい建造物のようだった。気づいたときには、スタッフに心配されるくらいの涙がこぼれていた。
「神はわが王」という信念のもと、数多くの名曲を残したバッハ。彼の人生は、意外にもトラブルの連続だった。斬新すぎるオルガン演奏をして非難されたり、強引に転職しようとして投獄されたり。壁にぶつかっては新しい道を求め、自らの信念と現実との間で苦悩したバッハ。彼が教会の外に見つけた新しい世界、市民に向けたコレギウム・ムジクムのために作曲されたのが、「アリア」を含む管弦楽組曲だと知ったのは後年のことだ。
「風は見えなくても風車は回る」と、バッハは言った。同じように音楽は、目に見えなくても心に響き、囁きかける。大丈夫。最後きっとはうまくいくからと。
だから私は今も、心がざわめいたら「G線上のアリア」を聞く。
どこにいても、誰といても。
※本稿は、『25ans』2023年7月号に掲載された「クラシック歳時記」に加筆・修正したものです。
(2023/5/28初出、2026/8/29加筆修正)
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