見出し画像

音楽四季暦07|あの夏の歌声

25ans Culture Club
「クラシック四季暦」 
第7回 あの夏の歌声

Mai Takano | Text
first published in 2023

7月は、音楽祭の季節である。

ヨーロッパの音楽シーズンは9月から、翌年の6月まで。ヴァカンスで都市のホールが休暇に入る夏は、郊外でフェスティバルが開かれるのだ。英国式ピクニックが名物のグラインドボーンに、古代ローマ遺跡が舞台のヴェローナ、南仏の陽光に包まれるエクサン・プロヴァンスや、ワーグナーの聖地バイロイトなど、各地が人々でにぎわう。

とくに名高いのが、モーツァルトの生誕地で開催されるザルツブルク音楽祭。演劇やアートも含む総合芸術祭で、1922年から毎年、スターたちの話題を振りまいている。

18歳の夏、私はこの街をはじめて訪れた。『サウンド・オブ・ミュージック』のロケが行われたという湖畔の宮殿で授業を受け、放課後は音楽祭へ。夢のような夏だった。あの夏の光景はどれも、記憶のなかで圧倒的な存在感をもって輝きつづけている。

祝祭劇場で観た『フィガロの結婚』も忘れられない。客席にはブラックタイの紳士とロングドレスの淑女が並んでいたが、彼らは自分の衣装を誇らしげに見せびらかすこともなく、限りなく上品だった。近くに座っていた、貴婦人とはこういう人を言うのだと思える白髪の女性に見惚れていると、ふいに目が合った。はにかむ東洋人の少女に、彼女は深い眼差しで微笑んだ。

「日本から? 遠いところを大変でしたね。でも旅には、それだけの価値がありますよ」

次の週末、私は貴婦人が教えてくれたホーエンザルツブルク城の裏手を歩いていた。街を一望できる城塞はいつも観光客でにぎわっていたが、裏手はたしかに驚くほど静かで、ただ木漏れ日だけがあふれていた。鳥の声のあいま、かすかに漏れるパイプオルガンの音に気づき、私は小さな教会の扉を押した。

瞬間、歌声が流れ込んだ。〈アヴェ・ヴェルム・コルプス〉。モーツァルトが、妻の療養を世話した合唱指揮者に贈った賛美歌だった。

シンプルで、静謐で、この世のものとは思えないほど美しい、モーツァルトだけの音。何度聴いても初めてのように恋してしまう、転調の陶酔。打ち震えるような気持ちで、合唱を聴き、教会を出た。脈打つ鼓動を感じながら、絶対またここに来よう、生涯旅をつづけようと、心に誓った。

ヴォルフガンク・アマデウス・モーツァルト。彼もまた、旅人だった。ザルツブルクに生まれながら、天才少年としてヨーロッパ中を旅し、やがてウィーンに飛び出した。時代はフランス革命前夜。旧体制の崩壊を直感的に音にしながらも、ベートーヴェンのように「怒れ!」とは言わなかった。シューベルトのように「迷っています」とも言わなかった。「さて、どこへ向かおうか?」と笑顔で問いかけるような浮遊感が、彼の音楽にはあった。

モーツァルトと出会って恋におちた頃、私はどのグループとも仲よくしながら、どこにも属したくないような子どもだった。だからモーツァルトの浮遊感に惹かれたのかもしれないし、大人になっても根本は変わらなかった。

どこかに属していなければ争いは起きない。どんな喜びも自分次第で見つけられる。でも、現実は複雑だ。声を上げて誰かとつながる責任と、つながらない自由。SNSの時代、そのバランスはより難解になった。

考えすぎて眠れない夜、アレクサが突然〈アヴェ・ヴェルム・コルプス〉を流すことがある。私ははっとして、考えるのをやめる。私の使命は、物語を書くこと。まずは眠って、新しい旅に備えようと。

あの夏の歌声を、思い出すからかもしれない。執筆が一段落したら、どこへ行こうか。考える楽しみもきっと、旅の価値なのだろう。




※本稿は、『25ans』2023年8月号に掲載された「クラシック歳時記」に加筆・修正したものです。

(2023/6/28初出、2026/7/19加筆修正)

[関連記事]

いいなと思ったら応援しよう!

高野麻衣 読んでいただきありがとうございます。新しい「物語」のため、大切にします。