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音楽四季暦06|英国王のアンセム

25ans Culture Club
「クラシック四季暦」 
第6回 英国王のアンセム

Mai Takano | Text
first published in 2023

6月は夏のはじまり。みずみずしい青葉の中、バラが咲き誇るこの季節になると、私の心は英国へと向かう。

楽しみなのは、「女王の公式誕生日」として心待ちにしてきた伝統行事「トゥルーピング・ザ・カラー(Trooping the Colour)」。チャールズ新国王の時代に何が受け継がれ、何が変わるのか。まもなく行われる戴冠式も含め、初夏は英国王室から目が離せない。

行事のたびに私たちの心を捕らえるのは、その印象的な音楽。モダンな選曲もいいけれど、ジョージ・フレデリク・ヘンデルの宮廷音楽がもたらす高揚感は別格だ。

たとえば、《ジョージ2世の戴冠式アンセム》。あれほど人々を奮い立たせる音楽が、ほかにあるだろうか。クライマックスの「司祭ザドク」が歴代国王の戴冠式で必ず演奏され、多くの映画やチャンピオンズリーグでも使用されているのは、その証といえるだろう。

英国王室に欠かせないヘンデルだが、その生まれはドイツ。彼がイギリスを象徴する作曲家になったのには、王室の裏事情が関係している。

舞台は、18世紀初頭の英国。ヘンデルは、故郷ドイツから苦労してイタリア留学し、オペラ作曲家としてプレイク。活動の拠点として、産業発展で音楽の一大市場となっていた大都市ロンドンを狙っていた。

当時の英国女王アンには世継ぎがなく、後継候補は、北ドイツを統治する又従姉のハノーファー選帝侯である。そこでヘンデルはまず、イタリアからドイツへ帰郷。ヘンデル・ファンを公言していた選帝侯の息子(のちのジョージ2世)の推薦をとりつけハノーファー宮廷楽長に就任すると、即座に長期休暇をとってロンドンで音楽活動をスタートする。

これにはもちろん、ハノーファー宮廷の政治的思惑が絡んでいる。選帝侯はヘンデルに対して、英国王室の複雑な人間関係や、女王のご機嬢を伺う「外交官」の役割を期待していたのである。ヘンデルは狙いどおり拠点をロンドンに置き、選帝侯はヘンデルが得た情報で駆け引きすることができた。

そして1714年、選帝侯は無事、ジョージ1世として即位。すると、今度は有名な「水上の音楽」事件が起こる。「長期休暇でジョージ1世の不興を買っていたヘンデルが、王のためにテムズ川に楽隊の船を浮かべ、素晴らしい演奏をしたので許された」という事件。この真相もまた、敏腕外交官ヘンデルによる「ジョージ1世PR作戦」だったという。粗野なドイツ人と不人気だった新国王のため、すでにロンドンの一流アーティストになっていたヘンデルが、一肌脱いだというわけだ。

ジョージ1世はその功績を認め、ヘンデルを英国王室礼拝堂作曲家に任命した。息子ジョージ2世ももちろん、自らの戴冠式はじめ重要な式典でヘンデルに作曲を依頼した。傑作の数々は、歴代の君主に愛されつづけている。

優雅なのに、どこかスリリングでエモーショナル。ヘンデルの音楽は、宮廷を股にかけ活躍した「外交官」の人生から生まれたのかもしれない。




※本稿は、『25ans』2023年6月号に掲載された「クラシック歳時記」に加筆・修正したものです。

(2023/4/28初出、2026/6/13加筆修正)

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