音楽四季暦01|今夜、オペラパレスで
25ans Culture Club
「クラシック四季暦」
第1回 今夜、オペラハウスで
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Mai Takano | Text
first published in 2022
今夜の『椿姫』に、何を着ていこうか。
毎年10月から新年にかけては、クラシック音楽のハイシーズン。ヨーロッパのオペラハウスのシーズン初日には、正装した人々が華やかに集う。
かつて留学したとき、ザルツブルク音楽祭の大劇場で見かけた、リトルブラックドレス姿のバックパッカーが忘れられない。貧乏旅行をしていても、劇場は社交場。特別な空間にふさわしい自分でありたい、という願いの象徴のようだった。
たとえば『椿姫』ならパリで買ったモスリンのショールを添えて、『カルメン』ならルージュが映えるドレスを選ぶ。さまざまなヒロインに自己投影しつつ、劇場という舞台へ繰り出すのは、オペラならでは愉しみだろう。2022/23シーズンとなるこの冬も、気になる最強ヒロインを発見した。新国立劇場オペラパレスの開幕作『ジュリオ・チェーザレ』に登場した、エジプト女王クレオパトラである。
ヘンデルが作曲したこのオペラは、ローマの英雄カエサルの冒険譚。カエサルは、エジプトを奪還するため近づいてきたクレオパトラと運命的な恋におち、闘いや船の難破といった紆余曲折を経て結ばれる。
パリ・オペラ座で初演された今回の演出は、現代エジプトのナイトミュージアムを舞台に、古代の亡霊たちが愛や復讐に身を焦がすモダンバロック。スタイリッシュで遊び心が満載だった。自由奔放なクレオパトラは、有名なアリアに加え、ダンサブルな振付も披露。ロココドレスで登場したり、神殿の像に横たわったりとやりたい放題なのに、圧倒的な華と気品でいやらしく見えない。
だって彼女は、自分自身の王だから。あんなふうに誇り高く、全力で生きて人生を愉しんでもいいよね、と勇気が湧いてきた。
しかし、何より忘れがたいのは、カエサルの遭難を知った女王の嘆きのアリア。ため息のような弱音が体中に染みわたって、思わず涙がこぼれたとき、「ああ、私の耳はいまチューニングされたのだ」とわかった。沈黙の後の、割れるような拍手。完璧な瞬間をこわしたくなくて、必死で嗚咽をこらえた。ひさしぶりに、劇場という場所が持つ魔力を味わった気がしたからだ。これを味わうために私は、劇場へ通うのだと。
私たちはいつも、音に囲まれて暮らしている。音楽を聴くこと、楽しむことは人間の本能だ。
けれど、クラシック音楽を生で聴くことは、すこしだけ意味合いが違う。弱音から大音響までの音のダイナミズムを、機械を通さずに、自分の耳で聴きとる――演奏者と一緒に「音楽」をつくる行為だからだ。
忙しい日々の中で、劇場はいつも、私の感覚をチューニングしてくれる。劇場を訪れるたび背筋が伸び、心が整うように感じるのは、そのせいなのかもしれない。
新国立劇場は、今年で25周年。少女時代、『25ans』を読んで初めてそこを訪れた私から、かつての自分のような女性たちに、四季折々のクラシック物語をお届けしたいと思う。
「今夜、オペラパレスで」。そんな挨拶を交わす人が一人でも増えますように。やっぱり誰かと一緒に音楽を分かちあう幸福こそ、かけがえのないものだから。
※本稿は、『25ans』2023年1月号に掲載された「クラシック歳時記」に加筆したものです。
(2022/11/28初出、2025/11/23加筆修正)
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