音楽四季暦02|一杯の紅茶
25ans Culture Club
「クラシック四季暦」
第2回 一杯の紅茶
Mai Takano | Text
first published in 2023
2月のパリ。赤信号を待っている間、車の窓越しに展覧会のポスターが目に入った。MARIEの文字と画廊の名、住所だけの簡単なものだった。
フランシス・プーランクのコンサートの後で、その住所を訪ねた。しんとした画廊には、グレーがかったパステルの色調の絵が並んでいた。プーランクに似ている、と思った。描かれた女性や花々はやさしいのに、どこか厳しい静けさを湛えている。それが私と、マリー・ローランサンの正式な出会いだった。
美術や音楽の世界には、「甘い」と形容される一群がある。マリーの絵画や、ショパンの小品。目や耳にやさしいその表面だけを見て、訳知り顔の大人たちが嘯く。「あなたはこういうのが好きでしょう」。髪をリボンで結わえた少女時代、私はそうしたレッテルが大嫌いだった。だからこそ、その出会いは衝撃だった。
帰国して、マリーの生い立ちを知った。その母は未婚だった。社会から断ち切られ、つましくも小綺麗に暮らしたという母娘――19世紀の終わり、それはどれほどの孤独を意味したのだろう。しかし、孤独は自由にもつながる。マリーが成長すると、「20世紀初頭のパリ」という舞台が、彼女や同年のシャネルのような若い女性にチャンスを与えた。
マリーの才能を認めたのは、ブラックやピカソといった画家たちだった。ピカソからアポリネールを紹介された彼女は、この詩人と恋におちた。モーリス・ラヴェルの師、アンドレ・デダルジュの娘とは画塾の友人で、のちにプーランクら「フランス6人組」とも親交を結んだ。才気あふれる人々の中で、彼女は大いなる影響を受け、芸術家として成長していった。仲間の一人だったロダンは、彼女をこう評した。「彼女はエレガンスの意味を知っている」。
エレガンス。自画像の彼女の視線に、私はいつもそれを感じる。プーランクとの共通点もそこかもしれない。寂しさのうちに、つねにある厳しさ。男によって失望し、成長し、やがて揺るぎない自分の世界を掴みとった少女の強さ。この世界は、私だけのもの。誰にも文句は言わせない――。「甘い」と思いこんでいた作品の根っこには、そんな一人の画家の矜持があった。
カンバスに向かうときはシミひとつない白いエプロンをつけ、眠る前には童話を読んでいたマリー。恋は長続きしないけど、たくさんの讃美者に囲まれるのが好きだったマリー。陽気で、不安で、少しエキセントリックで、欠点も多々あっただろう。でもそれ以上に、彼女には一貫したものがあった。毎日、絵を描くこと。「才能がほしい」と漏らしていた彼女はたしかに、続けるというその才能を持っていた。
一杯の紅茶を沈黙の中で飲む。それが彼女の歓びだった。亡くなる一週間前まで絵を描き続けたその人を、雪の降る季節になると、そっと思い出す。
※本稿は、『25ans』2024年2月号に掲載された「こころに刻む四季の物語」に加筆したものです。
(2023/12/26初出、2026/1/31加筆修正)
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