音楽四季暦03|春を想う人
25ans Culture Club
「クラシック四季暦」
第3回 春を想う人
Mai Takano | Text
first published in 2023
春に思い出すのは、ショパンの音楽。
「ピアノの詩人」が3月生まれと聞いて、納得する人も多いだろう。甘く、やさしく、少しせつない。そんな彼の音楽は、いつの時代も少女たちの憧れだ。
おてんばだった私は、そんなショパンが苦手だった。憧れはフランツ・リスト。氷を解かすような情熱。同時代のパリで活躍した彼らが親友だったと知ったときは、正直驚いたほどである。だって、二人は正反対。静と動。内と外。目標に向かって邁進するリストは、祖国を思いながらパリを動かないショパンがじれったくなかったんだろうか。
答えをくれたのは、あるフランス人ハープ奏者の言葉だった。「ショパンの死の翌日、リストはかつての友への思いを音楽に託した。これはリストのラブソングなんだと思う」。そうして奏でられた〈コンソレーション 第3番〉から、リストの慈愛と悲しみが、まるでモノクロームがカラーに変わるようにあざやかに浮かび上がった。そこから、私の物語は動き出した。「ショパンには何か、動けない事情があったんじゃないか。もうひとりの天才に、これほど愛された人なのだから」。
昨年発表した小説『F ショパンとリスト』は、実在の書簡や日記、公的記録の隙間を描く歴史創作である。創作であるから、ある程度自由にふたりを動かそうとしたのだが、肝心のショパンはやはり、自分からあまりに遠くて動かなかった。
音を聴き、分厚い書簡集をひも解きながら、遠いショパンの素顔に少しずつ近づこうとした。その「悲しみ(ZAL)」を理解したくて、ポーランドのクリスマス講座に通ったり、ショパンコンクールに挑んでいたピアニスト、角野隼斗さんにお話を伺ったりもした。ふたりの楽譜の違いや革新性を教えていただいたことで、あらためてショパンの天才に震えた経験は忘れられない。耳に心地いい曲が多いから誤解されがちだが、ショパンは限界まで踏み込んで、新しい音楽を切り拓こうとしていたのだ。
たとえば、私たちが大昔からあると思い込んでいるピアノ。その性能が急速に発展し、現在の82鍵の形が完成したのは、ショパンやリストの時代だった。もしかしたらショパンやリストは――角野さんが最新テクノロジーを駆使して私たちを驚かせるように――新しい音、新しい響きで観客たちを熱狂させていたのかもしれない。彼らは、はじめから額縁のなかの偉人だったわけではなく、試行錯誤しながらもがいていた、ひとりの青年だった。「正統」という名の因習を乗り越え挑戦した音楽家たちの歩みが、たくさんの人を巻き込みながら、クラシック音楽の未来を創ってきたのだ。そんなメッセージが、読む人の心に届けばと願っている。
ショパンの歌曲には、いくつか春を題材としたものがあるが、そのいずれもが翳りを帯びた寂しい音楽だ。いまの私にはそれもまた、彼のメッセージだとわかる。戦火のなかから取り戻したい、祖国の春――。悲しいことに、彼とおなじ祈りは、21世紀のいまも絶えることがない。
「春の野原を越えて 僕はなおも歌いつづける」。春を想う人の音楽に心をよせながら、私にできることは何かを、考え続けている。
※本稿は、『25ans』2023年3月号に掲載された「クラシック歳時記」に加筆したものです。
(2023/1/28初出、2026/3/15加筆修正)
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読んでいただきありがとうございます。新しい「物語」のため、大切にします。