キャリア|データサイエンスが軸になったのは、肩書きの前だった
以前、「化学の博士からCSへ」というキャリアの話を書きました。年表は書いたけれど、軸がいつ動いたかは薄いままでした。今回はその中身を書きます。
きっかけは、派手なモデルの成功談ではありません。材料開発の現場で、データのまとめ方にはコツがある、と気づいたことです。そして、普通のケミストはそこをあまり意識していない、とも感じました。少なくとも当時いた会社では、自分が一番ちゃんとやれる気がした——その感覚が、あとから振り返ると転機でした。
一瞬の啓示ではなかった
軸が移った瞬間を、カレンダーの一日に落とすのは難しいです。自分は、大きな目標を先に決めて逆算してきたタイプではありません。
ケミストとして実験を進めながら、散らばった試験結果を探す日々がありました。ファイルがチームごとに違い、同じ条件でも温度や組成の書き方が揃っていない。必要な数字にたどり着くまでに時間がかかり、探しているあいだに「このままでは後から横断できない」と感じることが増えていきました。その不便さを減らすために、検索できる形にまとめ始めたのが、最初の入口だったと思います。
この時点では、まだ「データサイエンティストになりたい」とは思っていませんでした。研究を前に進めるための作業のひとつでした。
まとめ方に、コツがある
やってみると、表をくっつけるだけでは足りないことがわかります。どの列をキーにするか。単位や条件の書き方をどこまで揃えるか。あとから機械学習に載せるなら、どんな粒度で残すか。同じ「データ整理」でも、設計の入り方が違います。このままでは、後で誰かが同じ条件を探したときに困るし、機械学習に載せようとしたときも困るだろう——そう考え始めていました。
周りを見ると、ケミストの多くは実験と解釈に集中していて、そこまで意識していないことが多い。悪いわけではありません。役割が違うだけです。ただ、自分はその隙間に手を伸ばしていて、うまくいく感覚がありました。少なくともその会社では、自分が一番ちゃんとやれる、という手応えがありました。
肩書きがデータ活用の推進に寄る前から、仕事の重心はそちらに寄っていたのだと思います。コードを書くことそのものより、「この記録のままでは、次の判断に耐えない」と見抜いて直す側に立っていた。
解き明かしたい対象が移った
根っこにあるのは、「目の前の事象を深く解き明かしたい」という感覚でした。
変わったのは、その対象です。ひとつの材料系の反応や配合を追い続けることから、現場のデータをどう残し、どう使うと研究が進むか、という問いに重心が移った。データサイエンスという名前が先にあったのではなく、やりたい問いの置き場が変わった、というのが正確な気がしています。
化学者としての手触りは残しています。測定の意味がわからないまま表だけ整えても、使えないデータになるからです。手放したものがあるとすれば、一つの実験系列の当事者であり続けることへの執着です。代わりに、複数の現場のあいだで、問いと記録の噛み合わせを見る側に立ちました。
だから、今の仕事に見える
今は材料開発のAI活用を支援する側にいます。顧客の表を見たとき、モデルの種類より先に気になるのは、変数の形であることが多いです。測定方法の記録としては今の列で間違っていない。でも、その背後の科学を考えると、変換する、組み合わせる、あるいは外す、が必要になることがあります。
これが、ケミストのままデータの側に寄ったから身についたのかは、正直わかりません。最初のデータでうまくいっていたら、何も疑わずにそのまま続けていた可能性もある。今ある感覚に近いのは、「深く解き明かしたい」と思って考え続けたなかで、気づいて手を動かせる、というところです。
「同じ分野の経験はありますか」と聞かれたとき、答えにくいのは肩書きが一本ではないからです。ただ、軸が動いた感覚自体ははっきりしています。データのまとめ方にコツがあること、そこに意識が向く人が現場では少ないこと、そして自分がそこをちゃんとやれる手応えがあったこと——その三点が、肩書きが変わるより先に、仕事の重心を動かしていました。
キャリアや働き方、日々の思考の整理については「キャリアと思考の整理」マガジンにまとめています。
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