"アベレージングダウン" を生活に取り入れるとメンタルが救われる話
すごくちいさな話をします。
帰り道にコンビニで、お菓子を買う。
ついでに必要なものもあって、ドラッグストアに寄る。
そこに、さっき買ったお菓子がセールでとても安く売られているのを見つける。
すごくちいさいことだけれど、こころにダメージが入る。
ここで買えばよかった、見なければよかった、なんなら来なければよかった、までうっすら考える。
その場を素通りして、セールのお菓子は見なかったことにして、必要なものを買って帰る。
家に着いて、買ったお菓子を食べるけど、あんまりうれしくない。
そんなことって、ふつうに起こるけれどあまりにちいさすぎて、とくにだれに言うでもなく、けれど消えるでもなく、じつはどこかに積もっている。
だれしもあきらめている、人生のちいさな、そしてちょっと残念なあるある。
それを、ひっくりかえす考えかたがある。
"アベレージングダウン" と呼ばれる、投資の世界の言葉だ。
投資用語と聞くとおおきな話に聞こえるけれど、ちいさな生活にも取り入れることができる。
たとえば、さっきのドラッグストアに寄った私が "アベレージングダウン" を知っていたなら。
セールのお菓子を見つけた瞬間、よろこんでそれを手に取り、買う。
3つくらい買っちゃうかもしれない。
今日はラッキーだったな、なんてご機嫌で家に帰って、美味しくお菓子を食べる。
幸せなひとだ。
このひとに、なにが起きているのか?
"アベレージングダウン" とは、すでに投資した対象の価格が下がったときにそれを買い増す行為のことだ。
意味の通り、そうして平均値を下げることで、過去の買い物の価値に影響を与えられる。
これが投資なら、将来利益を上げやすくなるだとかおおきな展望の話になるけれど、そんなことはどうでもいい。
大事なのは、ドラッグストアでセールのお菓子を見つけてこころを痛めていた私が、それを見なかったこととして避けていた私が、そんなちいさなちいさなことで見えないストレスを積もらせていた私が、ご機嫌に、むしろラッキーとまで感じて家に帰り、美味しくそのお菓子を食べて幸せになるということの、この差にある。
よく考えてほしいのだけれど、この差は、ちいさくない。
すくなくとも私にとっては、人生が変わるくらいのパラダイムシフトだったと、おおきな声で言える。
ひとつでよかったお菓子をさらに買うのだから、支出は増えているじゃないかという見かたもある。
でもこれは、そういうことじゃない。
失敗してしまった過去のことがらを、目をそらすのではなくむしろ迎えに行くことで、わずかでも取り戻すことができる。
その前向きな態度が、なんだか私にはとても気持ち良く、救われるような気にさえなるのだ。
ちいさなことだけれど、効くひとにはおおきく効くかもしれない。
あきらめていたちいさなあるあるを、もう積もらせなくてもよいのだから。
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