観測記録 #19|6:39というミラノ時間。
私はこの時刻を「ミラノ時間」と呼んでいる。
それは、単なる時刻ではなく、ミラノで触れたあの"時間の感覚"を思い出させる合図であった。
昨年、ミラノから帰国してしばらく経った頃から、
不思議な現象が起きるようになった。
朝、まだアラームが鳴る前に、ふと目が覚める。
スマホを見ると、決まって6:39。
日の出前に起きる日もあれば、ゆっくりと朝を過ごすときもある。
だから、最初は気づかず、偶然だと思っていた。
けれど、それは一度ではなく、忘れた頃に繰り返される。
なぜだろう?
当時は理由が分からなかった。
しかし、そのあとに起きる出来事を観察しているうちに、一つの共通点が見えてきた。
6:39に目覚めたあと、人生の見え方が変わる。
そんな日が何度もあった。
帰国後しばらくして、この現象は数日間続いた。
「あれ? また6:39だ。」
そんなふうに意識するようになったのは、その頃だった。
その後も、人生の節目のようなタイミングで現れる。
ある朝は、長く連絡が途絶えていた知人から突然メッセージが届いた。
また別の朝は、ミラノへの企画書を提出する日を数日間迷っていたときだった。
6:39に目覚めたその朝、「今日だ。」
理由は説明できない。ただ、その瞬間にそう分かった。
その日は不思議なくらいシンクロニシティが重なり、流れるように企画書を提出することができた。
さらに夏至の朝にも現れ、過去の意味づけが変わった。
「昨年の私を、正解にしてあげたい。」
自然とこんな言葉が浮かび、これまで懸命に歩いてきた自分が愛おしく思えた。
同時に、外側へ意識を向け過ぎて、本当に望んでいたことを少し見失っていたことにも気づいた。
どの出来事にも共通していたのは、
何か新しいものを得たわけではないこと。
人生の主語が、自分自身へ戻ってくる感覚だった。
この6:39は、自分の時間軸が静かに整い直す合図のように徐々に感じられるようになった。
万物には、それぞれ固有の周波数がある。
人も。
場所も。
出来事も。
そして、時間にも。
もし、その場で触れた周波数の影響を長期的に受け続けることがあるのだとしたら、、、。
ミラノで体験した《最後の晩餐》での時間の感覚は、その後も私の内側で働き続け、未来へ向かう時間の流れを静かに整えていたのかもしれない。
(*そのときの記事はこちら。)
繰り返し現れる「6:39」という時間。
そういえば639という数字には、ソルフェジオ周波数で「調和」や「再接続」を象徴する意味があるとされていることを思い出した。
ミラノで体験した"時間の感覚"と、639という周波数。
それらがこの現象と関係しているのかは分からない。
けれど私が興味を持ったのは、あの体験と呼応するように繰り返し現れる「時間」だった。
以来、私はその現象を、自分の時間軸が再配列されるサインの一つとして、観測を楽しんでいる。
私にとってミラノ時間は、未来を教えてくれる数字ではない。
人生の主語を、自分へ戻してくれる時刻。
それは、ふいに忘れたころにやって来る。
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