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「雲の私」と「優しいエゴ」――檻から船旅への願い (池延郷 修業編⑤最終回)


▼照らされる「私のかたち」
  ―― " 余計なもの " と " 本来の私 "(池延郷 修業編④)


この記事の つづき です



今回で最終回です



以下 本文です








帰路の独白――照らされた言葉





2日間の 修行が終わり


埼玉へ向けて


国道4号線上を

愛車 赤のアルト君を

走らせます




明日は 月曜
仕事です

高速を使って

早く帰ってもよかったのですが




そんな 気分になれず

ゆっくり

下道を 走ることにしました




緩やかな 下り を

感じていました



そして



頭の中で

ずっと ことばが

巡り

巡って 

いました





HAさんの ことば


懇親会にて



「アルさんは…

 随分 " 余計なもの " を

 受け取ったままです






「本来の アルさんって

 そういう

 " 余計なもの "

 受け取れない人

 なんです」






2日目のセミナー中



「そうなんです

 これ

 あくまで


 " 今のアルさんにとっては

  これでいい "


 ってだけで…



 本来のアルさんにとっては

 とても 居心地の悪い…






師匠の ことば



「そうですね

 それ やっちゃうと


 アルさんの

 社会生活に

 支障がでてくるでしょうね」






 『あなたが わたしの過去を否定しても

  わたしは わたしの過去を否定しない』











いつしか


運転をしながら




ぶつぶつ おなじ言葉を



つぶやいていました




「あなたが わたしの過去を否定しても

 わたしは わたしの過去を否定しない…」









気づくと


自宅に 到着していました



2時間半が


あっという間に


過ぎていました







触れられなかった " 根源 "――小学校時代





わたしは これまで


内省を 続けてきました


今の わたしを知るために


過去のわたしを 訪ねていきました



ですが



小学校時代



なかなか 訪れることが


できませんでした




あまりにも 古い過去 で

今のわたし とは

関係がない



のが

その理由だと

想っていました





ですが



それは 間違いでした


関係は


" むしろ 深い "



今は 想い始めています



やっと


その頃の 自分を


捉えることが


できそうです






本質の発見――自由すぎる " 雲 "





わたしの 本質は まるで


「雲」


のようです





それが


わたしの


本質です






正直に言います




わたしは


人の心が


よくわかりません



そして


この社会において



何が 善く


何が 悪い


のか



実は よくわかっていません



ですから


よく 人を

傷つけてきました


そして


よく 傷つけられました




叱られ 指導されても


その理由が


よくわかりませんでした







わたしの 本質は



のようです



形が あるようで

ないようで



ただ 浮かんで

ただよっている



暑い日に

日陰を作ると


人は 喜びますが



そんなことは

雲には 関係ありません





ときどき


豪雨を降らす


雷を落とす


そこに


意図は


ありません




それにより

たとえ 人が


困ろうとも


雷で


傷つこうとも


亡くなろうとも




雲には


関係ないのです



それが


わたしの


本質です







他者の心がわからない――雲の " 非社会性 "






人の痛みが


よくわかりません




子どものころ


傷つけられたとき


その 傷つけた相手に対し


その相手が



子どもであろうと

大人であろうと

老人であろうと



頭の中で


ここでは 書けないような

拷問のようなことをしている

自分を

想像していました



恐ろしいのは

その想像を

止められないのです



止められない自分に

酔う自分

恐ろしく想う自分

とが

いました




そのような

子ども時代の わたしを


わたしは


覚えているのに


それが わたしだと

認めたくなく



想い出そうと

してきませんでした






自由への渇望――病弱である " 喜び "





決められた 時間に合わせて

行動する



決められた ルールに合わせて

行動する




他者からは

「アル君は しっかりしているね」

言われ

得意な表情をしていましたが



実は

本当の わたしは


苦痛で しょうがなかったのです



病弱でしたが


実は そのことさえ


喜んでいました



公然と 学校を休めます



両親は仕事でいません




ひとり 家の中で



好きな時間に


好きなことをして


過ごす




親が帰ってくる時間が

近づいてくるのが

恨めしい



そんな 1日を


ときどき


過ごすことで





わたしは


本来のわたしに


呼吸をさせて


いました






社会との摩擦――感情があるが故





ただ


わたし という 雲は


本物の雲には無いもの



あります


それは


「感情」


です




わたしが


雲のように


生きようとしても





社会は


許してくれません




いっときの 自由に


わたしの 感情が


喜んでも



あとで



傷つき


苦しみ


悲しむ


のです




そして


「2度と このような想いは

 したくない」



わたしという

雲を


「密閉した 檻」



閉じ込める必要が ありました






密閉された檻――社会性・常識・優しさ・有用性





「社会性があり


 常識があり


 いつも 微笑んでいて


 優しく


 リハビリの知識と技術が

 高い


 組織にとって

 社会にとって

 有用な存在である」



という


「密閉された 檻」に


わたしを 閉じ込める


必要がありました




" わたしを 檻に入れる 存在 "




それが


「エゴ」


です




わたしの


「エゴ」


です




「二度と 傷つきたくない」


「同じ 過ちを もう起こすまい」



その 想いで


わたしを 必死に 守るため


檻に 閉じ込めてくれたのが



愛すべき


わたしの


エゴ


です




エゴ が いなくては


雲のわたしは


これまで


生き続けることが


できませんでした






息苦しいと暴れる雲――エゴの悲しみと苦労






「エゴに負けないように」


「エゴをおとなしくさせる」


そんな ことばを


わたしは 使ってきました



ただ


わたしは



エゴとは何か



わかって いませんでした




" わからない何か " と


いつも 戦い


うまくいかなければ

" エゴのせい "

にさえ していました



エゴは


どんなにか


傷ついたことでしょう




エゴは


わたしを 守ろうと


ただ それだけに


邁進していたのです




わたしが


" 普通の人 "  であれば


もっと 楽な 作業だったでしょう



ちょっとした


小さな お部屋に


入れれば


役割は 済んだことでしょう




しかし



わたしは


雲です


密閉させなくては


いけません




形が はっきりしないので


その作業は


困難を 極めたはずです




さらに この雲は


ときどき


暴れます




密閉されるのが


苦しいと


激しく 外に出るのです



そして



外に出て



社会からは


「身勝手」


「独善的」


ととらえられる

振る舞いをすることで




他者を 傷つけ


そして また


理由も理解できずに



傷つき


苦しみ


悲しみます




外の空気を吸えましたが


傷心し


おとなしくなった 雲を



エゴは


悲しい気持ちで


檻に 入れたのでしょう



そして さらに


檻を出ることが

恐ろしいと 想わせる


方策を 練り

実践してきたのでしょう





それを


何度も


何度も


繰り返して



これまで


わたしは


エゴのおかげで


生きてきたのです






照らされた言葉――その意味





わたしは


雲のままでは


この社会で


生きていけません




とんでもなく 扱いづらい

雲の わたしを



エゴは あらゆる方法で

おとなしくする すべ(術)を

たくさん 用意しなくては

いけませんでした



それが HAさんがおっしゃった

" 余計なもの "

なのでしょう



そんなわたしの 姿を

HAさんは

正面から 見れなかったのでしょう




師匠と HAさんが おっしゃった


「本来のアルさんでは

 社会生活に 支障が出る」


とは


雲のわたしを 解放する


危うさを


意味していた


と 今のわたしは 理解します

 






結び――檻ではなく船に





エゴに 守られながら


雲のわたしは


わたしなりに


わからなかったものを


学ぶことが できました




少しは 成長したかもしれない


わたしという 雲は


檻に入らずとも


生きていけるかもしれません





人生という 海を


船に乗って 旅をするならば



わたしが 成長したのであれば



わたしは もう


檻 ではなく


船 に乗りたい





エゴには これから


その船の 舵 を


託したい




社会通念 や ルール という

暗礁に

乗り上げないように




わたしは

ときどき


わたしという 雲を


そっと やさしく


誰かのために


解放する



たとえば

施術中




そっと


雲のわたしを


解放する


ように




そうやって

エゴに守られながら

成長していけたら…



そう


願います



ささやかに


静かに


そう


願います








 
あぁ


いま


わたしは



エゴに



感謝の気持ちで



いっぱいです









この週末は



盛岡で



修業です








【池延郷 修業編 おわり】




【ご注意 と お願い】

エゴとわたし というテーマで綴っておりますが
わたしは 心理学については 全くの無知です

専門的には間違った内容があるのかもしれませんが

ひとりの治療家の 個人的な内省なのだと
ご容赦いただければ幸いです






「雲の私」と「優しいエゴ」
 ――檻から船旅への願い (池延郷 修業編⑤最終回)




UnsplashSora Saganoが撮影した写真

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