「涙」がいざなう治療家の「在り方」――見えるもの・見えないもの(池延郷 修業編③)
先日の 宇都宮(池延郷)での修行を
記録しています
連載形式となっています
今回で 3回目
前回記事は こちらです
▼私を守り続けた「エゴ」
――育まれた「生存戦略」(池延郷 修業編②)
以下 本文です
「在り方」から――治療家の学び
これまでの 2つの 記事
" 濁り "
や
" エゴ "
という ことば
" 感じる "
ことの
大切さ
そんなことを
綴っております
施術の技術を
高めるための セミナー
なのですが
読まれている
あなたにとっては
ずいぶん 奇異に
感じるかもしれませんね
「それくらい
治療家の
" 在り方 "
というものが
重要だってことかな?」
と 思っていただく程度で
十分です
実際 " そう " なのです
How to では ないのです
中途半端になる治療――内面に入り過ぎ
在り方 など
内面 に
課題 が あり過ぎる
わたし
治療(リハビリ)中
ややもすると
自分の内面へ
意識が飛んでしまうことも
正直 あります
患者さんからの 情報を
受けとめることが 大事なのですが
それが うまくいかないとき
『あれ? 何か 変なのかな?』
と 自分を見つめなおします
そのとき
少し 余計に
自分の 中に
入り込み過ぎる ことがあるのです
そういうときの 治療は
驚くほど 時間が
早く経過してしまっています
治療時間 40分が 経過したとき
『少し 治療が中途半端だった…』
という感覚を
抱きます
あまり 善くない
ことです
治療中の会話――集中の難しさ
患者さんの中には
特に 女性に多いのですが
「私の話を アルさんに 聞いてほしい!」
という 感じで
来られる方々がいます
40分間
ずーっと お話し中です 笑
いつもは 静かな患者さんなのに
『あれ? 今日はおしゃべりモード?』
という ことも
よくあります
こういうとき
治療は できますが
やはり 集中度は
いつもより 若干
下がってしまいます
…
新潟で 訪問リハビリをしているとき
修業を始めたばかりの わたしは
師匠に指導された 施術が
利用者さんのお話で
できなくなるため
『〇〇さん 今日だけでいいので
ちょっと お話無し で
リハビリに集中してもよろしいですか?』
と
お願いしたことがあります
いえ
より正確な 表現をすると
お願い " してしまった " ことがあります
です 笑
そのリハビリの結果は
あまり よくありませんでした
わたしは 学びました
女性のお話は
まるで
大河の流れ
のようなものであることを…
さえぎ(遮)ったり
止めたり
しては
いけないのですね 笑
師匠の返答――キレるYさん(笑)
スクール生時代
同期のある女性が
「先生 会話が始まってしまうと
施術に 集中できなくなるんです」
と
質問されたことがあります
みんな
うんうん
と
うなずきました
わたしも みんなも
同じことで 悩んでいたのです
それに対し
師匠は
こう 答えられました
「あ~ そうですよね
わかります わかります
わたしは
わたしのエゴと
お客さん会話してもらいますよ
それで わたしは
治療に集中しています
いやぁ エゴってホント
患者さんと会話させると
盛り上がるんですよねぇ~
なっはっはっはっ」
それを聞いた
同期の Yさんが
間髪入れず
叫びます
「それが できれば
こっちは 苦労 しなーーーい!」
半分 キレているのですが
それへの 師匠の答えは
爆笑 だけ
それ以上
アドバイスを
くれませんでした
注目すべきこと――目に見える世界
あれから 約2年が過ぎ
先日のセミナーで
師匠は こう 言われました
「目に見える世界の評価 が 一番大事」
治療をしていると
いろいろなものに
注意を向けることができます
患者さんの
身体
心
などの 状態
治療をしている
自分自身の 内面
そして 時に
患者さんの お話に
注意を 逸らされてしまうことも
あります
「目に見える世界の評価 が 一番大事」
という 師匠の言葉
わたしなりの 解釈ですが
こういうこと
なのかも しれません
「知識を持ち
患者さんの いろいろな構造を
こちらから
探りに行くことができるが
治療により
なにが起こるかを
意図せず 待つ
方が 善い」
「身体に現れている
" 健康の表現 "
は
大事な情報である
そこに
患者さんの心理など
目に見えない要因の影響が
含まれていることがある」
そうであるから
「患者さんの
目に見える
身体の状態
の
観察・評価 が
大切なのだ」
と…
今の わたしの
解釈です
ある課題のあと――「狭いです」
ある 課題を 練習したときのことです
わたしの 施術が終了し
師匠に その評価を お願いしました
「… (うなずく師匠)
…
… アルさん OKです」
という お返事…
…
OK に 思えます? 笑
わたしの その気持ちは
すぐに 師匠に伝わったようです
「いや アルさん…
課題は できているんですけど…
しいていえば
しいていえば なんですけどね
なんというか
世界が 都会的というか…
今までの アルさんに比べて
狭い
ですね
今 お住まいの場所は
広い空
見えませんか?
新潟の
あの 広い日本海の感覚
あれ また 感じられると
いいですね」
師匠に お礼をいいました
そして
『あ… そうか なるほど…』
と
ふたつのことを
想いうかべました
狭くなったわけ――やむなく引いた境界
ひとつは
施術をする世界が
狭く
狭く
なっていった 理由です
職場の 同僚の
初老の理学療法士が
わたしに対し
一時 攻撃的になった
ことがありました
職場全体の問題として
その男性に 指導が行われたため
現在は 大人しくなってはいるのですが
どうしても
すぐそこの その彼を
意識してしまうのです
その " 拙いリハビリ " は
かつての わたしの姿を
見せられているかのようでした
リハビリが うまくいかないことを
「患者さんの努力不足」
「主治医の見立て」
の " せい " にする
その発言に
いきどお(憤)りを
抱くこともありました
わたしのことを
あれだけ
「うるさい」 と
言っていたのに
彼のリハビリ中の大声で
こちらの 話が
難聴の患者さんの耳に
届かないことも
よくあります
『……あぁ
これでは いけない』
と
わたしは 治療中
彼の世界と
「境界」
を 引きました
ですが
それは 一方で
自分の 世界を
「狭める行為」
でも
ありました
広げたかった――ゲオニス・ロキの渇望
もう一つは
いまいる この場所を
広くとらえたい という
渇望です
わたしが 以前住んでいた
日本海が 歩いてすぐそこの
新潟平野は
そこで生活するだけで
自分が どのような
自然環境の中に
いるのかが
すぐに 体感できます

日の入り前の日本海と 佐渡島
…
ですが
ここでは それが
難しい…
地図の 知識 と
身体の 感覚 が
なかなか 一致しません
そこで いつしか
神社を基点に
この土地の
「らしさ」
を 感じる時間を
つくるように なりました
それを 記事にしているのが
ゲオニス・ロキ シリーズです
『あぁ ゲオニス・ロキ って
施術家のわたし の
渇望
だったんだ…』
と
胸の奥で
コトリ
と
音が鳴るように
納得するものが
ありました
細部と全体――大事なバランス
細部を 観察することは
とても 大切です
しかし
細部に 囚われては
治療に 限界が 生じます
…
目に見えるものだけでなく
患者さんをとりまく
目に見えない世界を
感じることは
とても 大切なことです
しかし
そこに 囚われては
治療が あやふやに なりそうです
…
医学的な知識は
治療の土台
となるものです
しかし
そこに 囚われては
患者さんからの
大事なサインを
見落としてしまいそうです
今日は " おしゃべりさん "――制限の中での治療後
昨日 朝 最初にリハビリした女性患者さん
なんだか とても
いつにもまして
" おしゃべりさん "
でした 笑
女性の方なのですが
ご家庭でも
ご友人にも
言えないこと
たくさん あるのでしょうね
うんうん
と
相槌を 打ちながら
施術をしつつ
お話を お聞きしていました
お話しながらですから
感じることは
制限されます
その施術は
いつものよう には
できませんでした
ですが
施術が終わったときには
身体の
硬い部分が
柔らかく
なっていました
『… …
今日は
これで
よかったのかな?』
と
想いました
見えない「心」――流れた「涙」
昨日 最後の 患者さんは
新規の方でした
小学生のお子さんが
おふたりいる
という
女性でした
お身体の ある部分が
痛み しびれる
とのことでした
その方は
初めてのリハビリで
緊張されていたのか
とても 寡黙でした
施術をしていき
最後の段階になったとき
『… … あ… 』
と
気づくことが
ありました
身体に 触れ
感じ
気づいた
ことです
それを ご本人に
お伝えすべきか?
しばらく 考え
『お伝えすべき』
と 判断し
施術が 終了したときに
こう
話しました
「いきなり 変なことを
言っていいですか?
〇〇さん…
何か ご自分の意見を
ずっと
ずっと
言うのを
我慢して
過ごされて きましたか?
お身体に
その特徴が
現れている気がしたのです…」
…
…
その 女性は
ぽろ
と
小さな涙
を
流されました
言葉は無く
それが
" お返事 "
でした
…
施術中の
治療家としての
わたしの
「在り方」
今回 池延郷で 学んだ
多くのこと
その ひとつ
「治療家の 在り方」
とは
こういう 施術のとき
を
いうのかな?
なんて
考えているところです
むずかしいこと
ですね
まだまだ
「在り方」
修業中です
(つづきます)
「涙」がいざなう治療家の「在り方」
――見えるもの・見えないもの
(池延郷 修業編③)

