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シェアハウスに住んで6ヶ月


シェアハウスに住んであっという間に6ヶ月経過したということで、住んでみて実際に感じたことをつらつらと書いていきたいと思う。

これまでの暮らし遍歴


ざっくりとこんな感じ。


生まれ〜高校3年生:実家(兵庫)
・大学1〜4年生:一人暮らし(鳥取)
・社会人1〜3年目:一人暮らし(神奈川)
・〜現在:シェアハウス(東京)


生まれてから高校卒業するまでは地元の兵庫県で育った。

兵庫県と言っても田舎であって神戸や尼崎など、栄えている都市で生まれ育ったわけではない。

地元は兵庫県の丹波市というところ。
人口6万人くらいのいたって普通の地方。

丹波と聞くと、「丹波篠山」を皆思い浮かべるらしいが、厳密にはちょっと違う。

実は、「丹波市」と「丹波篠山市」があって城下町などの観光地で有名なのは後者である。

だから丹波って、あの丹波篠山?と聞かれるとちょっと違うんよなあと思いつつも、そんな感じ!で濁している。(笑)

そんな地方で18年育った後は、大阪・京都などのいわゆる関西の都会エリアの大学に行くと思いきや、選ばれたのは「鳥取」

朝チャリ漕いで行った鳥取砂丘


ん、なんで鳥取?


んー、それは自分が一番聞きたい。(笑)

話しだすと長くなるので、ここでは割愛。


結局、地元とそんなに変わらない地方大学で4年間を過ごしたわけだが、大学卒業後こそ大阪・京都とかに行くと思いきや、

次に選ばれたのは大都会「東京」

兵庫の田舎で生まれ育ち、鳥取で大学生活を過ごし、一気に大都会へ上京。


情緒不安定かよ(?)

田舎→田舎からの一気に大都会。

飛び級で何の脈絡もなく、人脈も何もない東京へ飛び出たわけだが、生活には意外とすぐ慣れた。


最初は神奈川の横浜で一人暮らしをスタート。

一人暮らしには学生生活で慣れていたためなんてことなく、むしろ生活環境のあらゆるものが便利すぎて「都会すげー」と感じることばかり。

横浜・みなとみらい


けれど住み始めてから1-2年経った頃、少しずつ違和感を覚えるように。


関東に地元の友達や知り合いがほとんどいない自分にとって、東京で一人暮らしは「独り」の感覚が強かった。


もちろん仕事仲間はいるのだが、それ以上関係性が広がることはなく、休日は数少ない友達と過ごすか、基本的には一人で過ごす。


最初はその自由さを、この大都会で謳歌していたわけだが、時間が経つにつれてその生活にもだんだん飽きてきてしまうわけで。

平日は仕事して、週末は一人で映画を見たり、横浜の海沿いをサイクリングしたり、行ったことのない駅でふらっと降りて散策したりしていた。


いや、これのどこに違和感があるんや。
なんて贅沢な悩みやねん。

と思うかもしれないが、自分にとってこの日々に楽しさを見いだせなくなっていった。


それはやはり「独り」の感覚が強かったからだと思う。


綺麗な景色を見て美味しいご飯を食べても、それを共有する相手がいない。


景色やご飯自体は素晴らしいものなはずなのに、なぜか感情が動かない。


自分には「感じたことやその時の感情を誰かにシェアしたい」という欲望が強くあるんじゃないかと、その感覚にどことなく気づき始めていた頃、


今住んでいるシェアハウスに出会うことになる。

暇さえあれば、海沿いまで出てボケーっとしてた


シェアハウスに住むきっかけ


シェアハウスに住むきっかけはふとした「出会い」からだった。


その出会いは約1年前の4/7に遡る。


会社の元同期がInstagramで「花見開催」のストーリーをあげていたのを見つけたことが始まり。


東京に来てからというもの、花見をする機会も、一緒にする友達もいなかったため全く興味もなく、


桜は気付けば散ってしまっていたというくらいに季節の移ろいにも目をむけることがなかった自分なのだが、


今年は「花見なんて久しぶりやし、いってみようかな〜」となぜかやや乗り気。


ストーリーに「行きたい〜〜」と返信して、当日を迎える。


当日は元同期と、その友達が5-6人ほど集まっていた。


桜を見ながらご飯を食べてお酒を呑んで、最後にはモルックもして楽しい時間を過ごした。

羽根木公園で花見&モルック


その後、元同期のお家が近くにあるということで寄ることになったのだが、その同期のお家が、実は「シェアハウス」で、参加していたメンバーも半数ほどがその住人だった。


シェアハウス自体には昔から興味があったため「少し見学してみたい」と言ったところ、花見の帰りに寄らせてもらうことになった。


この花見をきっかけに、徐々にシェアハウスに遊びに行く回数が増え、多い時だと週2-3回で入り浸っては、そのまま泊まって会社に出勤することも増えていった。
(素泊まり制度の存在や、シェアハウス自体が会社から近かったことも大きかった)


ちなみに、昨年末に出演したミュージカル「A COMMON BEAT」も、このシェアハウスに置いてあったチラシがきっかけで始めている。(笑)


そんなこんなでシェアハウスによく顔を出すようになり、「半住居人」状態になり始めていた6月。


その日はハーフマラソンの出場を控えていたことから、管理人の"だいちゃん"とランニングに出かけていた。
(この時にはもうすでに仲良しで、一緒にマラソン出場も決まっていた)


走っている途中にだいちゃんから


「今日、シェアハウスでビール会やるけど、来る?」と突然のお誘いが。


シェアハウスに入り浸っていた自分は即答。


「お、いいですね!行きます!」

ランニングが終わってそのまま、ビール会に合流した。


会も盛り上がり、夜の23時ごろだっただろうか。


相も変わらず、今日はシェアハウスに泊まる気満々だった自分は、


終電なんか気にせずにビールを飲みながらみんなと楽しく団欒していた。


すると、何やら「終電を逃してしまった」という女の子がシェアハウスに来ることになったとのこと。


日を跨ぐか跨がないかあたりのタイミングで、その子は玄関のドアを開けて入ってきた。


これが、彼女との初めての出会いだった。

後日改めてごはんに行った時の写真


今でもふと思う。


この出会いは、本当に奇跡以上の何物でもなくて、偶然にしてはあまりにも計算され尽くしている、と。


だいちゃんと一緒に近くでランニングしていなかったら。

その後、ビール会に参加していなかったら。

彼女が終電を逃していなかったら。

終電を逃してシェアハウスに来ることを選んでいなかったら。


偶然なのか必然なのか、(自分では運命的だと思っている)出会いを経て彼女とは7月後半から付き合うことに。


彼女がこれまで何度か、シェアハウスに住んでいたこともあり、自分自身も前から興味があったことから


「シェアハウスで同棲する」

ことが、思ったよりスムーズに進んでいった。


そして、11月。

横浜で住んでいた一人暮らしのお家も退去が無事完了し、彼女と正式に

「シェアハウスで同棲する」ことが決定した。

数日後の誕生日を、シェアハウスでお祝いしてもらった


…とまあ、取り留めもなくつらつら長く書いてしまったが、要約するとこんなところ。


4月
花見に参加し、元同期の住んでいるシェアハウスに見学へ
4月〜6月
シェアハウスへ定期的に遊びに行くようになり、「半住居人」状態に
6月後半
今の彼女に偶然、シェアハウスのビール会で出会う
7月後半
ビール会から仲良くなり、付き合うことに
11月
シェアハウスに入居し、同棲生活も同時にスタート


どんなシェアハウスに住んでるのか


ちなみに、住んでいるのはこんなシェアハウス。

東京世田谷にある一軒家で、今は6人で住んでいる。


シェアハウスって、


テラスハウスみたいな感じ?
男女一緒に住んでてトラブルとかないの?
みんなで住んでてゴミ捨てとか掃除とかどうしてんの?
変な人が住人だったら終わりじゃない?

色々聞かれるけど、うちのシェアハウスは特に大きな問題もトラブルもなくやってる。


シェアハウスって、思ったより現実的というか、みんなが思っている以上に華々しい感じではない。


だからこそ日常的で、シェアハウスに住んでることを忘れるくらい日々の生活に溶け込んでいる気がする。

1年の振り返り会?とかだった気がする


シェアハウスに住んで感じること


そんなシェアハウスに住んで半年。
いざ住んでみて感じたことがたくさんあるし、なんなら現代を生きる同世代のみんなにもめちゃくちゃ勧めたい。


シェアハウス、めっちゃいいで。って。


まとめると、4つ。


①不安を1人で抱えることがない

これは住み始めてから気づいたこと。


一人暮らしをしていた頃って、こんなにも不安を一人で抱え込んでいたんやなって。


主観ではなかなか気づかないもの。

自分では元気!と思っていても、人と話していたら心に積もっていた不安がドバッと溢れてきたり、話を聞いてもらえるだけで心がふわっと軽くなったり。


こういうのって、一人で過ごしていると、言葉にして吐き出す機会ってなかなかないもんだから、弱い自分を見せることが少なくなっていって、自分の中だけで解決していくようになってしまう。


完全に解決できるもんならそれでいいんだけど、


そういう場合って大体、解決したかのように「心が振る舞っている」だけ。


だから人と話した時にストッパーが外れて涙が溢れたり、


自分でもわからないくらい大きな不安を抱え込んでたんやって、気づいたりする。

でも、シェアハウスには


不安を抱え込んでも、その逃げ道があるというか、捌け口がある。


脆さを感じながら、それでも頑張ってもがく姿が人間味あるというか。


都会にいれば痛烈に感じる「自分なんていなくても世界は回るよ」という、虚しくも正論の、目には見えないメッセージ。


そんなもん、ど正面に受けたら誰だって悲しくなるし不安に襲われる。


でもその不安をみんなで分け合って、人と話して楽になる。


根本的な解決にはなっていないかもだけれど、それでも心を壊してしまうくらいならいい。


人間とは、「人の間にある」と書く。誰も一人では生きてけないんやなあ。


②自然体な自分でいれる

不安を吐き出せる、受け止めてくれる存在ができたことで、自分の思いやその時々の感情を素直に出せるようになった。


これまでは、「自分の考えなんて聞いてもらったところで…」とか


「自分の話をするなんてめんどくさいしなあ」


と思っていたけれど、言葉にして、口に出して話すことの大切さに気づいてからは、


嘘や見栄っ張りで塗り固めた自分でいることがなくなっていった。


他人に自分から境界線を引いていたというか、誰かに自分の感情を知られたくないって、勝手に距離をとってしまっていたんだろうな。



③心の「居場所」ができる


一人暮らしをしていた時には見つけられなかった「居場所」


それも、心の「居場所」


東京に来たとはいえ、少なからず友達はいたし、仕事もそれなりにこなしていた。


仕事場、友達、一人暮らしの家。


物理的な居場所は確かにあったけど、「心に居場所がなかった」


今思えば強くそう感じる。


誰にも不安を打ち明けられなくて、情けない自分は見せたくなくて。


周りの期待には期待以上に応えたいし、東京に来たからには地元の友達にも何か東京に行ったなりの変化を見せたい。


何かを頑張る理由は全て「外側」にあって、
誰かからの見えない期待に応えるため、自分の心をすり減らしていた状態。


でも気づいた。
言葉にまとまらない、それでも自分の思いを想いのままに打ち明けることで自分の「内側」と向き合い始めてるって。


内側にある思いを大事にでき始めてから、心が本当にすーっと軽くなった。


これもシェアハウスに住んで、独りじゃない時間を過ごすことが増えたからなんだと思う。


④つながることの「豊かさ」

最後に。
これが今一番、感じていること。


つながりを感じられているって、本当に豊かなことだなって。

一人暮らしで、家と会社の往復。
家に帰ったってやることなんて、ご飯を食べてお風呂に入ってYoutubeを見て寝るだけ。


仕事が忙しい時なんて、それすらもままならずとにかく寝ることだけ考えていた時だってあった。


どこで不安を吐き出せばいい?


どうにもならない、やるせなさを口にする勇気を、どこで貰えばいい?


ダメダメな姿すら愛おしいと許せる自分を、どこで見つければいい?


一人で過ごしていた時は、そんなこと考えたりもしなかったけど、


「等身大の自分でいいやん!!」


そう思わせてくれたのは、紛れもなくシェアハウスで過ごした時間があったから。


ご飯を食べながら今日あった何気ないことを話したり、


急な企画で夜な夜なゲーム大会を開催したり、


誰かの仕事の愚痴を聞いてたら夜が更ける時もあったり、


どれも華々しい特別な日!というより、

日常的で、それでいて安心感のある日々。

そこには確かに、人との「つながり」を感じる。


きっかけが無ければ住むことがなかったかもしれないシェアハウス。

1年前の自分よ、ありがとう。

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