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「検査を受けて安心する」で終わらせないために ―「攻めの予防」という考え方

毎年、健康診断を受けている。数年に一度は人間ドックにも行っている。結果はいつも「異常なし」。だから、自分は予防できている。

多くの方が、そう考えていらっしゃると思います。

講演でこの話をするとき、私は少し乱暴な言い方をします。検査を受けるだけなら、そのお金はほとんど捨てているのと変わりません、と。

前回、不老長寿研究所が何をつくろうとしているのかをお話ししました。今回は、その中心にある「攻めの予防」という言葉について、もう少し具体的に書きます。

検査は、死亡率を下げていない

これは私の個人的な意見ではなく、データの話です。

健康な成人を対象にした一般的な健康診断が、その後の死亡率や病気の発症率を下げているのか。世界中で行われた臨床試験を集めて検証した系統的レビューがあります。結論は、一般的な健康診断は、総死亡率にも、心血管疾患やがんによる死亡率にも、ほとんど影響していないというものでした。

しかも、興味深い点がひとつあります。健診を受けた群では、新しく診断される病名の数は増えていました。見つかる病気は増えたのに、その先の結果は変わらなかった、ということです。

はじめて読んだときは、私も少し身構えました。

念のため申し上げておくと、これは「検査に意味がない」という話ではありません。がん検診のように、特定の病気を狙って行われる検診は別の議論です。ここで問われているのは、「広く浅く測って、異常値を探す」という形式そのものです。

なぜ、こうなるのか

冷静に考えれば、当たり前のことなんです。

検査は、検査をしているだけだからです。

体重計に毎朝乗っても、それだけでは体重は減りません。測ることと、変えることは別の行為です。ところが健康診断では、この二つがなぜか同じもののように扱われている。

実際、健診で異常を指摘され、医療機関への受診をすすめられたにもかかわらず、そのまま受診せずに一年が過ぎてしまう。診療の場でも、珍しいことではありません。見つけたところで、その先の対処がなされていない。

数字を知っただけでは、体は何も変わりません。変わるのは、その数字を見て、翌日から何を変えたかのほうです。検査結果は、そこを顧みるきっかけとして受け取らないと、ただの記録で終わってしまいます。

もうひとつの問題 ― 基準値は「平均」であって「あなた」ではない

さらに踏み込むと、従来の健診・人間ドックには構造的な弱点があります。

統計的に異常かどうかしか見ていない、という点です。

たとえばコレステロール値。基準値の内側なら正常、少し超えたから異常値なので薬を飲みましょう、となる。ですが、果たしてそれがその方にとって最善なのか。近年は、この「異常値かどうか」という判定の引き方そのものに再検討が必要だという議論があります。

人の体は、平均値でできていません。同じものを食べ、同じだけ動いても、反応の出方は人によって違います。この個人差 ― 私は「体質」と呼んでいますが ― を無視して一律の線を引けば、当然ズレが出ます。

そしてズレた結果、本来必要のない薬が始まってしまえば、それ自体が体にとってのリスクになり得ますし、医療費という形で社会の負担にもなります。健康診断が、寿命を伸ばすどころか医療のリスクを増やす可能性があると指摘されるのは、こうした背景があってのことです。

「異常なし」で安心する人と、「異常あり」で薬だけが増える人。どちらも、行動は変わっていません。

病名がつかない不調のほうが、実は大きい

もうひとつ、健診では拾えないものがあります。

仕事の生産性という観点で見ると、損失には二種類あります。ひとつはアブセンティーイズム ― インフルエンザで一週間休む、といった欠勤の状態。もうひとつはプレゼンティーイズム ― 出社はしているけれど、寝不足や二日酔い、腰痛で集中が切れて、本来の力が出せていない状態です。

統計的には、後者のほうが損失が大きいと言われています。

そして、この「はかどらない」状態の多くには、病名がつきません。健診を受ければ「異常なし」と出ます。けれど本人は、毎日はっきりと不調を感じている。

健診の異常値は、健康の一部しか見ていない。私はそう考えています。

「攻めの予防」とは何か

ここまでを踏まえて、私たちが掲げている考え方をお伝えします。

これまでの予防は、守りの予防でした。異常が出ていないかを定期的に確かめ、見つかったら対処する。悪くなるのを待って構えている、という形です。

これに対して攻めの予防は、異常値が出る前の段階に、こちらから介入していきます。

  • 検査を「判定」ではなく、設計図として読む

  • 変えるのは、運動・栄養・休息といった生活習慣そのもの

  • そのとき、個人差を前提にする

検査は出発点であって、ゴールではありません。順番が逆になっているだけなのですが、この順番が結果を大きく変えます。

私の専門は、もともと生活習慣病でした。生活習慣に起因する病気なのですから、原因は生活習慣のはずです。ところが病院で「こういう生活習慣にしましょう」と時間をかけて説明を受けることは、ほとんどありません。データを見て、薬を出して、終わり。制度上そうならざるを得ない面はありますが、これでは根本の解決になっていない。

この構造そのものを変えたくて、私はクリニックを開きました。

そして、これは個人の話では終わりません

前回、平均寿命と健康寿命のあいだにある、およそ10年の余白について書きました。誰かの助けがなければ生きていけない期間のことです。

ひとつ補足すると、この差は男女で開きがあります。厚生労働省の公表値では、2022年時点で男性8.49年、女性11.63年。そして2010年以降、わずかずつではありますが縮小傾向にあります。何をしても広がる一方、というほど悲観的な状況ではありません。

ただ、縮まり方は緩やかです。そしてこの差を縮めるのは、検査を増やすことではないと私たちは考えています。縮めるのは、行動が変わったぶんのほうです。

私たちが「不老長寿を社会のインフラにする」と言っているのは、この行動変容を、意志の強い一部の人だけのものにしない、という意味です。知識のある人、時間のある人、お金のある人だけが健康寿命を伸ばせる社会は、健全ではないと考えています。

前回の最後に置いた一行を、もう一度。

寿命は天与ではなく、“成果”である。

今回お話しした「攻めの予防」は、その“成果”を積み上げていく側の、いちばん最初の一歩にあたります。


次回は、「老化は管理できる」という話を書きます。なぜ行動変容が効くのか。ここ十数年で、老化そのものが科学的に説明できるようになってきました。その中身に踏み込みます。

出典:Krogsbøll LT, Jørgensen KJ, Gøtzsche PC. General health checks in adults for reducing morbidity and mortality from disease. Cochrane Database of Systematic Reviews 2019, Issue 1. Art. No.: CD009009.(初版は BMJ 2012;345:e7191。2019年の改訂でも結論は変わっていません)/健康寿命・平均寿命は厚生労働省「健康寿命の令和4年値について」

※ 本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。個別の診断や治療に代わるものではありません。治療中の方、服薬中の方は主治医にご相談ください。


不老長寿研究所は、「不老長寿の“インフラ”を整え、医療の社会問題を根本解決する」をミッションに、老化を管理するという考え方を社会のインフラにすることを目指しています。このnoteでは、その思想と、今日から実践できる具体的な方法を発信していきます。

更新は水曜・土曜の12時です。フォローと通知ONで、次回の記事が届きます。

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本記事は、NU CLINIC 代表医師・植倉弘智(Dr.不老長寿)が執筆しています。記事の内容についてのご質問・お問い合わせは、下記までお寄せください。

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