プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第五章7
第五章 第七話「白い砂漠のマーチ」
こいつぁすげぇ、想像以上だ。
目の前で連呼される、とてつもなく空虚な『ありがとうございます!』の合唱に流石の俺も気絶しそうになっちゃった。
そもそもここ給料やっすいだろ。
挙句サビ残万歳で従業員に頼りっきりなのはお前らだろ。
感謝される理由は山ほどあるが、感謝する理由が見当たらない。
お前らもっとちゃんとしろよ、WindowsXPでもヤベェのに2000使ってんじゃねーよ。
須藤くんも松本くんもしっかりと『ありがとうございます!』と元気な声で給与明細を受け取る。
参ったね。
前の職場だとバイトの子達の明細はマネージャーが持ってきては、金庫にしっかり管理して『おつかれさま!』の声と共に俺が渡してたけど、バイトの子達に金の面で感謝される覚えもねえ。
ちなみに、俺はじめ社員の明細はなんでかそこら辺に適当に置かれているだけだった。
バイトの子達の明細わざわざ金庫に入れたんだから別に俺らのだって入れれたろ!
何回かバイトの子が明細勝手に開けて
『マジかよ店長クソ金あんじゃん!ヤバすぎメシ奢って!』
ってアホみたいにたかられただろ!
マネージャー流の『しっかり稼いでんだからたまには奢ってやりなさい!』にしても力技すぎる!
まぁそれはいい。
しかしこれは見れば見るほどおかしいな?
段々と面白くなってきたぐらいで俺の番が来てしまい
「ふふっ、面白いっすねコレ。」
やっべぇ心の声がダダ漏れだ。
まぁいいか。
どのみち感謝する理由が無い。
働いた分、成果の分を支払う気の無いやつらに払う敬意などない。
「小林ぃ!返事は!!」
・・・烏丸ちゃん、それはダセェのよ。
「あざっす。」
・・・金しこたま払って、気にすんなお前の頑張りだ、って言う方が粋なのよ。
「小林ぃ!ふざけてるのか貴様ァ!!」
「いやマジでふざけてないっす。なんすかコレ?」
その辺、金の話ならいつだって俺は本気だぜ?
とはいえ上手いこと反論する言葉は出てこない。
よし!逃げよう!!
「すんません。来月までには考えときます。とりあえずお客さん待たせるのアレなんで行きますねー。」
通常業務は手慣れたもんでね。
今日も適当にジュースいただいたり、昼休憩で行った店で試作品の試食名目でタダメシにありつけたり、担当するお店に恵まれたなーなんて思っていたら16時には終わった。
例の給与明細とやらの中身にはまるで期待していないが、流石に見ない選択肢はないしね。
ビリビリ-
基本給 80,000
固定残業代(30時間分) 97,000
職能給 3,000
総支給(研修中) 180,000
さしもの俺も想定外過ぎて目眩がしちゃうぜ。
まずなぁに?この基本給。
見たことない桁じゃん。
基本給5桁はすんごいじゃん。
固定残業代30時間97,000もすんごい。
総支給から基本給引いたらこうなりました、って算数じゃねーか!
引き算で給与決めるやつがあるか!!
うぅむ。
腹が立ってきた・・・いや当たり前だな。
初日に常務が飲食馬鹿にした時よりゃマシだが、相当に腹が立っている。
とりあえずこのうんち基本給の理由が『常務に嫌われている』でないことは確認せねばならない。
帰社すると松本くんがいたので真っ直ぐ基本給を見せろと迫った。
ほら、俺のやつ見せてあげるから。
「え!?なんで!?人のなんて見たくもないし見せたいわけないでしょ!!」
まあそう言うな。
もうジュースやらねーぞ、基本給のとこだけでいい、と言ったら素直に見せてくれた。
『基本給80,000』
やってんな。
とは思うが松本くんも絶対に常務に嫌われているので、次に須藤くんを呼んだところ基本給部分ならとすんなり見せてくれた。
話が早くて助かる。
『基本給80,000』
頭がおかしくなりそうなのでとりあえず須藤くんと煙草を吸いつつ、適当に松本くんの顔に煙を吹きかけることで心を落ち着けた。
「やめてよー!僕煙草嫌いだって知ってんでしょー!」
小動物が何かを言っているがすまんな、俺は動物の言葉が翻訳できないんだ。
「俺は基本給にすっげぇキレてんのよ諦めて。」
「俺もかけたろ!」
「須藤くんもやめてよ!」
「んーじゃおめぇ藤田ちゃんならどーすんだ?」
藤田ちゃん?
「え?ちょっと嬉しいかも・・・」
「キメェ!!」
「ねーねー、藤田ちゃんて誰?」
「炊飯の派遣の子だよ、松本その子のこと好きなんだって。」
「あ!あのバンギャの子か!」
あの子に助けを求めて何故か追い回されたことを思い出した。
あれなんだったんだろう?
でもあの子仕事できたよなー、炊飯楽しかったなー。
まあ現実逃避を続けても仕方がないので、次の調査を開始します!
と二人に宣言して、雑に聞いても教えてくれそうな管理職、と言えば一人しか思いつかない人のところへと向かう。
「課長ぉ、給与明細がおかしいんすけどぉ。」
「は?どうした、印刷ミスか?」
「そっすねぇー、ミスだとしたら一桁足りない系っすぅ。」
物凄く怪訝な顔をしている。
こういう生真面目な人は結構好きだ。
「これなんすけどね。基本給80,000なんて見たことない数字なんですが、課長の基本給だけでいいんで教えてもらえません?」
恐ろしく怪訝な顔をしている。
「・・・それが何かあるのか?」
・・・事実は小説よりも奇なりとはよく言うが、基本給の意味を知らない40代男性がいるというのはまさにそれだ。
「あー、基本給ってざっくり賞与、退職金、場合によっては厚生年金に関わるんすけど。賞与は、まぁこの会社無いって聞いてるんでこの際置いておいて。退職金が少なくなったり?年金も会社のやり方次第では少なくなるかもしんないっす。」
「・・・・・・・」
・・・なんか黙っちゃった。
・・・なんか泣きそうになってる。
じゃあ・・・80,000だわ。
