プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第一章3
第一章 第三話「常務烏丸」
今日は新人くんのOJTを松本に任せていたがなんと松本が来ない。
新人くんがきちんと6時に来たというのにあいつはまた寝坊しているのか?
新人くんがバツが悪そうに-
「あのー、松本くんが出社するまで何をしましょう?」
と言う・・・当たり前だ。
こんな時間に出社させられたと思ったら何もやることがないなんて馬鹿げている。
「おい!君!!」
突然事務所内に大きな声が響き渡る。
チッ・・・烏丸だ。
「はい!常務!どうされましたか!」
我ながらガチガチじゃあないか。
昨日の新人くんとはまるで違う。
いつから俺は仕事を楽しめなくなった・・・いや、楽しいと思ったことなどあっただろうか?
「新人を遊ばせておくとはどういうことだ!お前は一体どういう教育をしているんだ!!」
「大変申し訳ございません!本日同行を予定している社員が少々体調を崩しておりまして今向かっていると連絡がありました!!」
嘘をついた。
松本からそんな連絡など受けてはいない。
どう収拾をつけたものか何一つ思い浮かばずにただ立っていることしかできなかった。
「あのー常務。先輩の体調不良ということで確かに持て余しているんですが何かお手伝いできることはありませんか?何か研修マニュアルのようなものを読むなどでもいいですし・・・」
「マニュアル?営業にマニュアルがあると思うのか君は。」
おい小林やめろ・・・
「いえ、営業は未経験ですが臨機応変なものかと思います。であれば何か配送や営業の事前の準備等ができそうな物や場所はありませんか?」
「ふん、意外に熱心じゃないか。工場長には伝えておくから下の・・・」
ガチャ・・
「おーつかれさまでーす!!」
おい松本・・・お前はなんてタイミングで入ってくるんだ・・・
「あら?なんかありました?」
「いいからお前は小林くんと配送に行け!!」
俺が急いで二人を外に出すと、烏丸はなんだかわけのわからない言葉を発してわめいていたが興味を失くしたのか執務室へと戻っていった。
心臓に悪い。
俺はとにかく烏丸常務が苦手だ。
入社当初に俺を教育したその人なのであるがとにかく厳しい指導をされたのだ。
とはいえ奴が徹底的に俺をしごかなければ今の俺が無いだろうことぐらいはわかる。
それほどまでに俺は営業職というものには元来不向きであろうと感じているのだ。
小林くんはどうだ?
彼はもしかすると営業が天職なのではないか・・・?
昨日のとんかつ屋の件といい、なにより俺がここまで新人教育で期待を持ってしまうような人間だ。
惜しい・・・
俺は突然彼の才能が惜しくなった。
小林くんはこんな古ぼけた会社になどいるべきでは無いのだと思われた。
かつて仲間達と心の底から楽しんで仕事をしていたのだろう話を聞くと彼のためにもこんな場所よりも、もっと輝ける場所へ戻った方がいいと俺は思うのだ。
しかしだ。俺は彼に何故ここに転職してきたのかを聞いていない。
彼は何故こんなところに来てしまったのだろうか?
近いうちに聞かなければ。
21時、松本と小林くんが事務所に戻ってきたがなにやら疲労困憊の様子であった。
何があったのかと聞く余裕もないほどに二人は押し黙っていたので、俺の独断でさっさと帰すことにした。
深夜1時、自宅に帰るとゆっくりと玄関のドアを開ける。
「ただいまー。」
返事はない。
静まり返ったリビングの電気をつけ、いつも通り冷蔵庫からご飯を出しては温める。
明日も仕事だし出来るだけ早く寝なければな。
サッと風呂に入りソファに戻ると3DSが転がっているのを見つけ戸棚にしまう。
「あれほど遊んだらしまえと言っているのに。」
と、一人呟き眠りに落ちた。
翌朝、昨日と変わらず静かな家でそそくさと準備をして家を出る。
俺とてこんな生活をいつまでも続けたくはない。
妻とも会いたいし子供達とも一緒に遊びたいのだ、どうしてこうなった。
就職先を間違えたのか?
いや、俺が学生だった頃はとにかく就職難で正社員になれるだけありがたいという風潮だった。
入社すぐに今ほど酷くはないにせよ夜遅くまで無給で働き、折れかけても再度就職先を見つけることは困難だったのだ。
運が悪かった。
果たしてそう片付けてもいいものか。
小林くんは俺の知らない世界の働き方を話してくれたが、俺も本当は楽しく働きたかったんじゃあないのか。
そんな働き方は今からでも出来るんじゃあないのか?
そこまで考えたところで、烏丸の顔が浮かんだ。
「あ!おはようございます!」
小林くんだ、今日は随分と早いじゃないか。
「おはよう。どうしたまだ6時前だぞ。」
「今日は野村さんと同行ということで早めにと聞いてましたから。まぁまだ野村さん来てないんですけど。」
彼の顔に笑顔は無い。
心なしかやつれたような気がする。
「あのだな。」
「はい?」
「辞めるなら今のうちだぞ。」
言ってしまった。
俺はこの愉快な男を手放したくないと思い始めていたというのに。
「どしたんすか?」
「あ・・・いや、朝が苦手なんだろう?」
何を聞いているんだ・・・やめろ。
「はは!本当にどうしたんすか。今のところ大丈夫っすよ!」
と言う小林の顔にはいつもの笑顔が張り付いていた。
