プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第一章8
第一章 最終話「依頼」
烏丸に楯突いて二日になる。
今のところ何もなく、そして俺は烏丸に言われた『飛び込みにでも行かせろ』という命令を握りつぶしていた。
「課長すみません。ケータイ見せてもらえません?」
慣れ親しんだ折り畳み携帯を出す。
「あ、そっちじゃなくて社用の方っす。」
小林が苦笑している。
やっぱ少し腹立つなこいつ。
「これか?」
「そうそう、これ使いたいんで課長のパソコン貸してもらえません?」
「お前、このあいだ葛西さんからパソコン譲ってもらっていただろう。なんで俺のを?」
「なんつーかここだと課長のしかないんすよね。」
よくわからんが俺も今のところ使う予定も無く仕方なく小林に貸すことにした。
「一体何をするんだ?」
「僕が今週みんなのフォロー入りましたよね?あれを全員でやりたいなって。そしたら全員定時に帰れるかもって思ってるんすよねー。もちろんお店さんへ話は通した方がいいんですけど、それはまあ追々ってことで。」
何を言っているのかわからん。
そもそもこいつが毎日平然と定時で帰っていることにすら驚いているのだ。
それを二課全員と言ったのか?
「俺も・・・なのか?」
「課長っすか?課長が普段何してるか僕全然知らないんでなんともですけど、うちが全員帰れるんなら帰りゃいいんじゃないすかね?」
こいつの言う通りだ。
課長として俺は課員全員の退社を待っているのだからみんなが帰れば帰ってもいいはずなのだ。
「できるのか?」
「まぁ多分やれないことはないでしょ。なんすけど・・・今日は結構しんどくなると思うんで課長も居残りっすね!」
俺はこの男をみくびっていた。
定時で帰ってあとは彼女とよろしくやれればどうでもいい、という人間である可能性を捨てきれなかった。
しかしこいつは今、俺たち全員のことを考えてくれているに違いない。
ここで俺が頑張らなくてどうする!
「わかった。じゃあ俺は何をやればいい?」
小林がとんでもない顔をしている。
なんなんだこいつは。
助けてくれるのかと思えば今度は小馬鹿にしたような顔で俺を見る。
急に笑顔になったかと思えばこう言った。
「それなら最近倉庫覚えたくてやってたら日課になっちゃった、工場の手伝い行ってもらえます?こっちはやっときますんで。」
さらっと雑用を頼まれた。
工場の片付けが終わると、こっちで見るのは珍しい人がやってきた。
「おぉ!二課長!こんな時間までご苦労だね!」
「いえいえとんでもないです!炊飯部長こそどうされたんです?」
「あぁ!あのな、ちょっとお前に頼みがあってきたんだ。」
「頼み・・ですか?」
「おぉ、あのーなんだったか・・・えーと・・・新入社員の・・・」
「小林ですか?」
「そうだそう!!その小林くんを少し貸してくれんかと思ってな!!まあ無理そうならいいが。」
「いえ無理ではないですが、どうされたんです?」
「いやな、飲み会の時にな?一緒に事務長の介抱してくれとったのは覚えとるんだが、どうにも彼と話す時間がなくてなぁ。彼、変な噂が出とるだろ?」
「噂ですか?」
「ああそのー、小林くんが定時で上がっとるからけしからんっていうような内容でな。まあ噂の元なんて一人しか思いつかんが。」
「あぁ、間違いなく常務ですね。」
「ともあれその噂が俺は気になってな。
烏丸を恐れず平気で帰る気概も気に入ったが、その割にあの子は飲み会の時に烏丸と仲良く話をしとるし、ようわからんがとにかく仕事をサッと終わらせておるわけだから、なんとなく出来る人間のような感じがしてな。
前職が飲食店ってのは聞いとったし、うちも米を炊くんだから何かこう、工場の残業時間も減らせたりするんじゃないかって思ってだな。
そういう知見というか閃きみたいなのを欲しい。」
「知見・・ですか?」
「ああ、こっちは派遣さんやアルバイトさんを多く使うから工場が早く終わってくれんと人件費がかかって仕方がない。
人を上手く使うコツだの動線変更だのなんでもいい。とにかく彼の前職の知識を借りたいんだ。」
「そういうことですか。まあ小林のルートは俺がしばらく回ればいい話ですし。
そうですね・・・あの子なら早くて一週間、長くても二週間ほどあればなにかしらやってくれるでしょう。
本人に聞いてみないと返事はできませんが、あの子さえ良ければ二週間ほどお貸ししましょうか?」
「いやいや!それはいかん!デスクのお前が二週間も席を空けるのはまずい!一週間で大丈夫だ!ちょっと聞いてみてくれんか?」
「ええ、ちょうど今日は上で課の仕事をしているので聞いてみます。」
「おぉ、すまんな!よろしく頼む!月曜の朝からで頼めるかな?」
「月曜の朝は二課で少しミーティングをする予定があるので、それが終わり次第そっちに向かうようにします。では聞いてから正式なお返事ということで、早速聞いてきますね。」
結論から言えば小林は快諾してくれた。
「炊飯工場が残業過多で悩んでいるそうでな。飲食出身のお前の力を借りたいらしい。期間は一週間なんだがどうだ?行ってくれるか?」
「え?一週間すか?現場見てみないとなんともですけどそれでもいいなら全然いいすよ。」
とのことだ。
炊飯部長は大喜びで帰り、小林のやっていた作業は日付が変わる頃までかかった。
月曜小林がケータイの画面をいじりながらなにやら課員に説明していた。
「えーと、これは僕からの提案なんですが先週僕がフォロー入ってみて結構早く帰れる人も多かったと思うんですよ。これをみんなでフォローし合いませんか?
もちろん安全のために昼寝って人もいるだろうし、無理にとは言わないんですけど全員でやればみんな早く帰れるんじゃないかって。」
早速須藤が小林の話を食い入るように聞き、須藤が理解したのか説明役を交代した。
「すみません!あとは須藤くんに頼んだんで炊飯行ってきますねー!」
後日、炊飯部長から聞いたところによると
「いやぁ!すごいな彼は!知見を貰うつもりがなんやかんやあって一週間で定時までに工場が終わるようになってしまった!これから忙しくなるぞ!本当にありがとう!小林くんにもよろしく!!」
とのことだ。
一体何をやったのか小林に聞いてみても、認知だの空間だのよくわからないことを言っていて全くわからなかった。
頭の造りが違うのだろうか?
しかし契約とやらを結んでしまった時はどうなるかと思ったが俺は、いやうちの会社はとんでもない怪物を手に入れてしまったのかもしれんぞ?
第一章 完
