プロベーション・レポート ~新入社員の四カ月~ 第一章5
第一章 第五話「歓迎」
「野村さん!こっちこっち!」
「おー課長!待たせちまったか?」
「さっき来たばっかですよ。」
「お前の方が偉いってのになぁーんで俺なんかにそんっな他人行儀に話すんだか。」
「先輩相手にそんなできませんよ!ある程度はどうしてもなっちゃうんですよ。」
「そんなもんかねぇ?そういえば新人なんだがあいつ大丈夫か?」
「は?」
あいつはいきなり何かやらかしているのか?
いや、知る限り定時でなど帰っていないはずだ。
今週は野村さんとの引き継ぎで回っていたのだから、途中下車でもしない限り帰ってなどいない。
いや、そもそも毎日21時過ぎに戻ってきているのを確認したじゃないか。
「なんっつーか根暗でよぉ。月曜からこっちずーっとメモ帳にびっしりなんか書いてやがんだよ。まあ熱心なこって、と思って放っておいたんだが俺が喋っちゃろうと思っても生返事っちゅーか。かと思えば『ここの担当者さんはどんな方ですか?』みたいな固ったい質問ばっかしよる。
もうおかしくなっちまったんかと思ってよ。最初に一緒に回った時は元気なにいちゃんだと思ったんだがなぁ、と思ってお前に聞いてみた。
まーお前も知らんのなら辞めちまうんかもしれんな!でもまぁいつものことか!はっはっは!」
・・・そんなはずはない。
あいつは会社を、いや常務に敵に回すとあれだけの宣言をしたはずなんだ。
いや、あの日の小林の表情は辞めるだとかそういうのはどうでもいいというような・・・
「おつかれさまですー!」
「お、おうお疲れ。来なかったらどうしようかと。」
「え?僕がっすか?そんな変なことありましたっけ?」
いつも通りだ。
小林は屈託の無い笑顔を見せている。
じゃあ野村さんが苦手なのか?
まあこういう若い子ならああいう昭和そのもののような人が苦手ということもあるか。
「いやなんでもない。それはそうとお前の目的とやらはどうにかなりそうなのか?」
「まあ何とでもなる感じっすねー。ちょっと頑張んなきゃいけないっすけど。あ!今日誰が来るんすか?」
「お、おうまず俺。そんでうちからだと松本と須藤とお前だろ?炊飯からは部長と野村さん。後は事務長はこういうのには必ず参加で、今回は工場長と常務も来るはずだな。」
「いやーありがたいっすねぇー、前職って大勢で飲むってなるとなかなか時間取れなくて。」
「まあ飲食店だとそうだろうなぁ。あーそういえばお前に一つ謝っておこうと思ってな。」
「はい?なんか怖いんすけど。」
「いや大したことじゃないんだ。初めてお前がうちに来た時に、朝早くに寝てたって言っていたのを俺はお前がだらけた生活を送っている、と勘違いしてしまってな。それを謝ろうと」
「ははは!そんなんいいっすよ!実際飲食なんて夕方起きて夜働いてるだけなんで、だらけてるっちゃだらけてるっしょ!普通に朝起きれるってだけで偉いと思うけどなぁー。」
「ともあれすまんかったな。まあもうみんな来てるだろうから主役はもう行け。」
「あれ?課長は?」
「全員の点呼を取ってから行く。まだ松本が来とらんからな。」
「了解っす!っていうか松本くんさっき僕が出てくる時帰ってたけどなぁ?」
なんだと。
いつもあいつは適当だ。
腹が立ってきた。
・・・どう見ても風呂上がりの松本を連れて宴会場に入ると、ひとしきり盛り上がって一旦落ち着いた後のようだ。
「あちゃー!課長すいません乾杯遅れちゃって!」
「あのなぁお前、これが乾杯前に見えるのか?」
「思ってたより道混んでたんですよぉ。」
「あのなぁ、大体お前なんで風呂入りに帰ってんだよ。小林くんの歓迎会ってのは知ってただろうが。」
「いやぁ、今日は暑い日でしたしねぇ。」
うーん、なんだろうか。
俺からしたらこいつも小林も軽くて敵わんのだが何かが違う。
とにかく小林が孤立していやしないかと心配したが、結論から言えば全くの杞憂であった。
「えぇっ!?小林くんヤバいじゃないすか!なんで常務とあんな楽しそうにしてるんだろ?課長あれやれます?」
「無理だ。俺はあの人に頭が上がらん。それはお前も知ってるだろ。」
恐ろしかった・・・
俺が社内で最も恐れている烏丸と、酒の席とはいえあんなに打ち解けられる人間がいるだなんて想像もしていなかった・・・
よほど飲んで気が大きくなっているのだろうか・・・
何か失礼があれば明日以降俺が烏丸にどうかされるかもしれない・・・
「烏丸常務、遅くなりました。」
「おぉ!課長くぅん!この子はいいなぁ!出来る男になるぞぅ!こんなに楽しい酒は久しぶりだな!お前もこの子から将軍とかいうわけのわからない男の話は聞いたか!お辞儀しただけでズボンが股下から裂けるだなんて!」
「あっはっは!」
おい小林少し黙れ。
そして気づけば松本もいなくなっているじゃないか。
なんなんだあいつは。
「楽しんでいただけているようでなによりです。少し新人をお借りしても?」
「構わんぞ!俺も偉くなりすぎてなっかなか誰も話しかけてはくれんから、久々に良い酒を飲めている!」
烏丸から小林を引き離し空いてる席に座らせた。
「何から聞けばいいかわからんが何があった?」
「え?乾杯して流れであんな感じっすけど。」
「全くわからん。お前、飲み過ぎてるんじゃないのか?酒の席だろうが失礼なことを」
「え?僕酒飲めないんでグレープフルーツジュースですけど。」
頭が痛くなってきた。
まだ一滴も飲んでいないというのに。
「ともあれ松本が遅刻し過ぎてもうあんまり時間もないか。」
「あ!すいませーん!生1!出来れば特急で!この人今急いで来たんで飲めてないんすよー!」
「お急ぎですねー!かしこまりました!」
小林に渡されたビールと、何故か俺の席にまとめられていたつまみを食い始めると小林はもうどこかに行っていた。
「あー!みなさんんー!きょうはぁ!小林くんのぉ歓迎会とゆーことでぇー」
なんなんだ。
常務が潰れる寸前だなんて見たことがない。
小林が相当飲ませたのか?
と言うか小林は小林で事務長連れてどっか行ってるし、常務は主役不在で挨拶を?
もういいどうにでもなれ。
二次会の音頭を取るとナチュラルに小林がついてきた。
・・・お前・・・シラフじゃないのか。
