『ちいちゃんの、豪華な日曜日。~ぶっちぎり無敵ロード~』
前回は『ナース一匹、ちいちゃん。』として、急な勤務変更によりワンオペで現場をうろつく羽目になった話を、補足しておかねばなるまい。
あの時は、余裕0%の精神状態から一転、奇跡的な「凪」が訪れ、ヘラヘラ笑って無事に終わるという、神がかり的な一日であった。
今回は、その真逆のバージョンである。
今朝の8時45分過ぎだったろうか。
下のフロアの介護士さんが、見るからに慌てた様子でこちらのフロアへとやってきた。
聞けば、下のフロアで突発休みが発生したという。
その休んだ当の本人、あいにく今日出勤しているメンバーとは犬猿の仲であり、おまけにリーダーとして自分が配置されていると「高確率で戦線離脱」する、お約束の属性持ちであった。
今日も始業時間になっても姿を現さず、やむなく電話を入れたところ、「めまいがして連絡ができなかった」との釈明。
ただでさえ、日曜日は最低限の超タイトな人員配置で回しているというのに、そこで主力が一人欠ければ、戦線崩壊は火を見るより明らかである。
結果として、16時上がりの非常勤パートのナースさんが急遽リーダーの代役を務める事態となり、下のフロアは一触即発のピリピリモードに突入したのだとか。
「何か不測の事態が起きたら、ちいちゃんに頼みたい、と上が伝言しています」
介護士さんは、悲壮感を漂わせながらそう告げた。
「へいへい、オッケー任せとけ~」
私はそんな風に、軽快に応答してみせた。
というのも、こちらのフロアは人数こそ最小限であるものの、布陣が凄まじかった。
今日集まったメンバーは、全員が単独でリーダー業務を遂行できる実力派ばかり。まさに、精鋭揃いの「豪華レギュラーメンバー」だったのである。
一方で、崩壊の危機に瀕している下のフロアの布陣を見てみる。
リーダーを務める非常勤パートさん、新たに配属された外国籍のスタッフ、少々心許ない動きが目立つあの人、そして今ここに救援を求めにきた極めて優秀な介護士さん。
......客観的に見て、ドンマイの一言しか出てこない。かといって、こちらも人員的な余裕はないため応援は出せず、下手にメンバーをチェンジすればかえって連携の足枷になる。実に見事な手詰まり感であった。
それに引き換え、こちらのフロアは極めて平和であった。
なにせ、百戦錬磨の豪華レギュラーメンバーである。一人ひとりの要領が良すぎて、業務の消化スピードが尋常ではない。ぶっちぎりの時間的・精神的余裕がそこにはあった。
日曜日という比較的穏やかな曜日に、これほど優秀な人材を集中させてしまうとは、人員配置の観点から言えば、実にもったいない最適化不足ではないか、とすら感じていた。
まあ、これくらい贅沢な目にあっても罰は当たらないだろう。
思い返せば、前々回の日曜日などは、これとは真逆の惨劇が繰り広げられていたのだ。当時は今回とは異なり、外的には何もイベントが発生していない極めて平穏な時間であったにもかかわらず、配置されたメンバーの質が実にアレで、「泥沼の暗黒期」であった。
泥沼の暗黒期、などとサラッと書いたが、あれは本当にやばかった。
ただでさえ業務が終わらない極限状態のフロアで、あるスタッフが、おばあちゃんに対して説教じみたことをかましていたのである。
それを見かねた別のスタッフが、「今の、言い方キツかったですよ?」と一言、ごく真っ当な指摘をした。
ところが、その一言がどういうわけか相手の奇妙な導火線に火をつけてしまったらしい。
「虐待しているって思われるなんて腹が立つ!」とキレ散らかし、そこから30分以上の不毛な押し問答がスタートしたのだ。
「謝ったら認めることになるので絶対に謝りません! 逆にあなたが謝るべきですよ!」
はいぃ?
こちらは「虐待している」などとは一言も言っていない。客観的に見れば、単に「言葉遣いの注意」を受けただけである。それなのに、脳内で勝手に「虐待と疑われた!」と被害妄想を爆発させ、論点を斜め上にすり替えて逆ギレしているのだ。
なんとまあ、「謝ったら負け」とでも言わんばかりの謎の防衛本能。
割って入るわけにもいかず、私は他の仕事を黙々とこなしていたけれど、ただでさえ終わらない極限状態の中で、30分以上もフロアの時を止められる側の身にもなってほしい……と、心の中で突っ込むしかなかった。
凄惨なバトルの末、指摘した側が折れて「そうではなかったのですね、ごめんなさい」と何度も頭を下げていた。……それにしても、正当な注意に対して被害妄想で逆ギレし、相手に謝罪を強要するあの構図。もはや「逆パワハラ」と言っても差し支えないのではないだろうか。
あの、現場がそのまま「地獄絵図」と化した不条理労働を思えば、今日という日は、過去の私への正当なご褒美(それか精神的慰謝料)なのかもしれない。
そんな過去の泥沼が嘘のように、今日のフロアは極めてスマートであった。
無駄な揉め事も、無駄な時間のストップもない。それぞれの高い業務処理能力に守られ、こちらの平和が脅かされることは終始なかったのである。恐れていた下のフロアからの緊急要請(ヘルプ)のブザーも、鳴ることはなかった。
一安心である。無事に終わって胸をなでおろした。
もっとも、組織のマネジメントという観点に立てば、綱渡りであることに変わりはない。もし今日、こちらの豪華メンバーから突発休みが出ていれば、代替要員を確保できず、施設運営そのものが完全にアウトとなっていた。
不測の事態が許されない日曜日だからこそ、予測可能なリスク(休み癖のある人員の動向)に振り回されるのは、現場としては御免被りたいものである。
体制の過信と、隣のフロアの危機。
今回は、精鋭の恩恵を大いに享受した一日となった。
ちゃんちゃん。
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