六本木の夜の街で、自分の望みを置き去りにして生きた10年間の話。 vol.2
「梓さん、ご指名です」
20歳の私はミニスカートとノースリーブのスーツで私は六本木の高級クラブで
男性のお客様とお酒を酌み交わしていた。
■ お金のために夜の街、六本木に飛び込んだ20歳
第一話 で書いた うつ病の原因となっていた
地球への熱い想いを封印して
1年ほど経った頃だった。

家庭の金銭問題、そして奨学金の返済のため
右も左もわからない夜の世界に飛び込んでいた。
源氏名は「梓(あずさ)」。
少なくとも奨学金を返し終わるまでは
この世界で頑張ろう。
私はそう心に決めていた。
私が働き始めたのは、
六本木でも有名な老舗高級クラブ。

そこには女性の私でさえ照れてしまうほど
美しいお姉さんたちがたくさんいた。
そして、そのお姉さんたちに会いに来る
社会で活躍する男性のお客様たち。
その光景は、夢なのか現実なのか
わからなくなるほど華やかでバブリーだった。

「私なんかが、ここにいていいのかな……」
下町育ち、社会人経験もないまま入店した私は
この圧倒的な雰囲気に気後れしていた。
とはいえ、私には「奨学金を返す」という
明確な目的があったので
弱気になっている場合じゃなかった。
お姉さんたちは
どんな風にお客様に接しているんだろう?
どんな気遣いをしているんだろう?
どんな表情で、どんな間を取り、どんな言葉を選ぶんだろう?
私は、お姉さんたちの接客を食い入るように
観察し、見よう見まねで真似ていった。

そんなある日、はじめての指名をいただいた。
「私もここにいてもいい」
やっと認められたような気持ちになって
ちょっぴり安堵した。
もっと指名を取りたい。
お客様とお姉さんの期待に応えたい
そんな想いから
苦手なお酒も気合いで飲むようになった。

アフター(お店が終わった後に食事や飲みにお付き合いすること)
も断らずにできる限り参加した。
そうしている間に
少しずつ指名してくれるお客様も増え
仕事は徐々に楽しくなっていた。
■人生で初めて「好き」に従って味わった安心感
そして3年の時が経ち
無事、奨学金を完済。
しかし、その頃になると
私は夜の世界を辞める気がなくなっていた。
真面目に出勤していれば
人気ホステスでなくても
同世代の会社員よりずっと多くのお給料をもらえたし

日中は自由に時間を使える。
そんな甘い環境に慣れてしまい
辞める理由がなくなっていたのだ。
その後、一度だけお店を移籍し
私はますます仕事にのめり込んでいった。
けれど心のどこかでは、ずっと
「このままでいいのかな?」
という想いも抱えていた。
そして26歳。
私は人生で初めて
「好き」を優先する決断をした。
お店をやめて
オーストラリアへワーキングホリデーに行くことにしたのだ。

「英語が好きだし、海外で暮らしてみたい」
理由は、それだけだった。
当時の私は、人生のほとんどを「周りが求める私」として生きていた。
だから、自分の「やってみたい」という気持ちだけで人生を選んだのは、この時が初めてだったと思う。
オーストラリアでは、語学学校に通いながらさまざまな国の人たちと出会った。

国籍も、価値観も、生き方もみんなバラバラだった。
そして彼らは、周りの目ではなく、自分が心地よいと思う生き方を自然に選んでいた。
日本では当たり前だと思っていた「こうあるべき」という価値観が、そこにはなかった。

「世界には、こんなにもたくさんの生き方があるんだ」
その事実は、私の世界を大きく広げてくれた。
ワーキングホリデー終了後は、オーストラリアで出会った友人を訪ねて1カ月ヨーロッパを周遊し、その後ご縁をいただいて3カ月間ハワイ島で過ごした。

自分の感じるままに生きられる時間が、楽しくて仕方なかった。
朝は鳥のさえずりで目覚め、海へ行き、サンセットで一日が終わる。
自然の中にいる時だけは、不思議と肩の力が抜けた。
頑張って価値を証明しなくてもいい。
誰かの期待に応えなくてもいい。
ただ、そこにいるだけでいい。
そんな感覚を、私は初めて味わっていた。

本当は、ずっとこんなふうに生きたかったのかもしれない。
でも、その一方で、心の中では別の声も聞こえていた。
「こんな暮らし、いつまで続けられるの?」
「お金はどうする?」
「帰国したら、何を仕事にすればいいの?」
当時の私には、自然の中で感じた
『本当の私』を現実世界で生きる勇気がなかった。
だから私は、安心を求めて再び六本木へ戻る道を選んだ。
夜の世界なら、お金を稼ぐ方法を知っている。
頑張れば評価されることも、「梓」を演じていれば愛されることも知っていた。
自然の中では「私」に戻れたけれど、現実世界を生きるためには、まだ「梓」が必要だったのだ。
■ お金を稼ぐために消した、本当の自分の声

そして私は、再び六本木の世界へ舞い戻った。
本当は、ハワイ島で感じた自由で解放的な感覚を手放したくなかった。
でも、その自分を現実の中で生きる勇気はまだなかった。
「お金さえあれば、また好きな場所へ行ける」
「また自由を手に入れられる」
「だったら、せめてお金を稼ごう」
そう思った。

せっかく戻るなら、中途半端は嫌だった。
やるなら、とことんやろう。
その思いが、「梓」としての私に再び火をつけた。
飲みキャラが好きなお客様には、苦手なお酒も好きなフリをして笑顔でグラスを空ける。
強気な女性が好きなお客様には、強気な言葉で距離を縮める。
アフターの誘いが重なれば、すべてに顔を出す。
私はいつしか、相手が求める姿を瞬時に演じられるようになっていた。
そして気がつけば、No.1になっていた。

周りからは褒められるし、お給料も増える。
好きなものも買えるし、好きな時に旅にも行ける。
世間から見れば、私はうまくいっていたのかもしれない。
ずっと追い求めていた「幸せ」を
手に入れていると思っていた。
でも、心の中には、ぽっかりと穴が空いていた。
「私は何を感じているんだろう」
「私は、本当はどう生きたいんだろう」
「本当の私は何を望んでいるんだろう」
その答えが、まったくわからなくなっていた。

どんなにひどいことを言われても、笑顔で受け止めて
身体が限界を迎えていても、お酒を飲み続けた。
小さい頃から、親の期待を生きるために
自分の気持ちを我慢することは
当たり前になっていた。
それに加えて
19歳の時に心にフタをしてからは
さらに自分の感情を感じないように生きてきた。
まともに感じてしまったら
きっとまた壊れてしまう。
どこかで、そうわかっていたからかもしれない。
もっとお金を稼げば、幸せになれる。
もっと頑張れば、不安から解放される。
頭では、そう信じていた。
でも、心の違和感はどんどん大きくなる。
それでも自分の心の声に耳を傾けることから逃げ続けて
目の前の現実を生き続けた。

■ NO.1になってもなくならない不安

月に一度のミーティング。
全ホステスとスタッフが集まり、前月の成績優秀者の名前が呼ばれる。
「指名第1位、梓さん」
みんなからの拍手、視線、賞賛。
その瞬間だけは誇らしかった。
でも、その喜びは長くは続かない。
月が変われば成績はリセットされ、またゼロからのスタートだ。
貯金通帳の残高は増えていくのに、安心は増えない。
お金も、人気も、肩書きも手に入れているはずなのに、心は満たされなかった。
一体、何があれば満たされるのだろう。
29歳の私は、出口の見えない霧の中に立っていた。
30歳になる前にこの世界を辞めなければ、私はきっとこのままずるずるとホステスを続けてしまう。
そう思った。

しかし、頭の中に浮かんでくるのは不安ばかりだった。

「ホステスとしての経歴しかない私が、外の世界で何ができるんだろう」
「今までの金銭感覚で暮らしていけるのかな」
「私、この先どうなっちゃうんだろう」
もし夜の世界を辞めて、何者にもなれなかったら。
収入も、居場所も失ったら
私は、一体何者になるんだろう。
不安ばかりが膨らみ
なかなか決断できないまま時間だけが過ぎていった。

そんな時だった。
30歳を迎える直前、彼氏ができた。
同年代で、社会的な地位もあり、仕事もできる人だった。
そして彼は言った。
「店を辞めてほしい」
この言葉をきっかけにしなければ
私はきっと今の収入と暮らしを手放せない。
そう思い、ホステスを卒業することを決めた。
でも心のどこかでは、
「この人と一緒にいれば、きっと支えてもらえるはず」
「やりたいことが見つからなくても、家庭に入ればいいか」
そんな甘い淡い期待も抱いていた。

私は、お金も、愛も、安心も、幸せも、すべてを外側に求めていた。
自分の中に安心の土台を育てるのではなく
誰かに心の穴を埋めてもらおうとしていたのだ。
でも、本当の安心は外側から与えられるものではない。
自分の心の声に耳を澄ませ
その望みを一つひとつ行動に移していく。
その積み重ねによってしか、本当の安心や充足感は育たない。
けれど、その頃の私はまだそのことを知らなかった。
人生の手綱を取り戻したように見えて
私はまた自分の人生を彼に委ねていた。
そして、そんな甘えた考えでホステスを辞めた私は
その代償を痛いほど味わうことになる。
ここから、「本当の私」を取り戻す長い旅が始まるのだった。
次回
「自分の望みに向かうまで、神様からの愛のムチは止まらない」
に続く
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小笠原愛 (アマゾネスAi) プロフィール

ちきゅうの学校 代表。1983年東京生まれ。
25年前、「エコ不安」でうつ病を経験。望みを置き去りにした10年間の六本木ホステス時代でNo.1へ。自然の中での時間で自分の心の声を取り戻してきた。
現在はスキンダイビングやドルフィンスイム、魚突きなどの自然体験を通じて、「望みに真っ直ぐ生きる力」を育む時間を提供している。
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