「再発防止」の中身は、ここにある──『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』から考える、罰だけでは止まらない加害
前回の記事で、私は「再発防止に努めます」という決まり文句の中身を問いました。盗撮教員の懲役8年判決を題材に、形ばかりの研修よりも「これをやれば人生が終わる」という現実を正面から突きつけること――合理性への訴え――こそが抑止に効く、という話です。
ただ、あの記事には書ききれなかった「もう半分」があります。
それは、罰や損得勘定だけでは止まらない加害が、現実に存在するという事実です。今回はその半分を、精神保健福祉士・斉藤章佳さんの『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)を手がかりに考えてみます。子どもへの性加害という、もっとも目を背けたいテーマです。けれど、抑止を語るなら避けて通れません。
要点:グルーミングとは何か
著者は20年以上、痴漢・盗撮から小児性加害まで、性犯罪を繰り返す当事者の再犯防止プログラムに携わってきた専門家です。本書の要点を、私なりに短くまとめます。
① 加害者は「あやしい人」ではない。
不審者に気をつけろ、と私たちは子どもに教えます。しかし著者がクリニックで向き合ってきた加害者たちは、教員・塾講師・保育士・ベビーシッターなど、子どもに日常的に関わる「真面目でやさしい人」が少なくない。物腰は柔らかく、街の風景に溶け込んでいる。著者はこれを「加害者は透明人間になる」と表現します。
② グルーミングは「手なずけ」である。
性的グルーミング(性的懐柔)とは、子どもと時間をかけて信頼関係を築き、その信頼を利用して性的接触に持ち込む手口です。①オンライン、②面識のある間柄、③面識のない間柄の3類型があり、手口は驚くほどパターン化している。「受容・傾聴・共感」というカウンセラー顔負けの聴く力で、孤立した子どもの承認欲求を満たし、「ふたりだけの秘密だよ」で口を塞ぐ。怖いのは、子どもだけでなく親やコミュニティまでも手なずけてしまうことです。
③ 原因は「性欲」ではない。
「性欲を抑えきれなかった」という説明(性欲原因論)を、著者は明確に退けます。加害者は場所・時間・相手・状況を緻密に選んでおり、交番の前では絶対にやらない。原因は支配欲であり、男尊女卑的な価値観であり、逆境体験であり――そして「自分なりの愛情表現だ」「子どものほうから誘ってきた」といった何重もの認知の歪みです。
④ 子どもへの性加害には「依存」の側面がある。
「好みの子どもを見ると、吸い込まれるように近づいてしまう」。これは当事者の言葉です。反復性・衝動性が極めて高く、再犯率も高い。初加害から治療につながるまで平均14年、その間ほとんどが発覚しない。罰を受けてもなお「出所したらまたやってしまうのがわかる」と語る人がいる――嗜癖(アディクション)としての顔です。
感想:第1弾と、この本は矛盾しない
ここで前回の記事を思い出してください。私は「割に合わないと突きつけろ」と書きました。これは、加害者が損得を計算して行動する合理的な主体であることを前提にした主張です。
本書を読むと、この前提はむしろ裏づけられます。「交番の前ではやらない」――この一点が決定的です。彼らは衝動に流されているように見えて、逮捕されにくい死角(商業施設の多目的トイレ、人目のない場所)を周到にリサーチし、抵抗・通報されにくい相手を選んでいる。これは合理的判断そのものです。
だとすれば、抑止の第一手は「機会を奪うこと」になります。本書が紹介する犯罪機会論――「入りやすく見えにくい場所」を「入りにくく見えやすい場所」に変える、日本の危ないトイレ設計を見直す――は、まさに損得勘定の「損」の側を引き上げる施策です。前回の「割に合わせる」という発想と、地続きなのです。
一方で、本書は私の前回の論にひとつの限界も突きつけます。依存の側面を持つ加害者には、合理性への訴えだけでは届かない。「やめたら捕まる」と頭でわかっていても止まらない人がいる。ここに、罰一辺倒の限界があります。
つまり抑止は、二段構えで考えるしかない。
入口を断つ:犯罪の「機会」と「割に合わなさ」を社会の側で設計する(トイレ設計、そして日本版DBS=子どもに関わる職への就労を犯罪歴でスクリーニングする仕組み)。本書では、ある加害当事者自身が「日本版DBSは、入口でハイリスク状況を遮断してくれる、まわりまわって加害者をも守る制度だ」と語っている。これは示唆的です。
再発を治す:認知行動療法、薬物療法、コーピングスキル(※)の習得、そしてグッドライフモデル(適切な手段で人生の「グッド」を得直す)。著者が再犯を遠ざける鍵として挙げるのは、厳罰でも監視でもなく、「居場所・大切な人・希望」でした。排除し孤立させるほど再犯リスクは上がる、と。
※ストレスの原因(ストレッサー)やそれによって生じる心身の反応に意識的に対処し、コントロールする能力
「再発防止に努めます」の、本当の中身
前回、私は「再発防止に努めます」の中身は空っぽだと批判しました。本書は、その中身が本来どうあるべきかを具体的に示しています。
それは、自分の引き金(トリガー)を特定し、ハイリスク状況を回避するリスクマネジメントプランを作り、保冷剤を握る・視界から外すといった地味なコーピングを積み重ね、信頼できる仲間と正直に分かち合い続けること。「やめる」ではなく「やめ続ける責任」を、一生かけて引き受けることです。
弁護士として付け加えれば、本書が掲げる加害者の責任の三本柱――再発防止責任・説明責任・謝罪と贖罪――は、法廷で語られる「反省」よりずっと重い。「原因」と「責任」は分けて考える。病理化して責任を薄めない。けれど排除して孤立させもしない。この両立こそが、被害者を生まないための、いちばん地道で確実な道なのだと思います。
そして最後に、いちばん広く効く抑止を。グルーミングという手口を、社会が知ること自体が抑止になる、ということです。加害者は子どもだけでなく周囲の大人をも手なずける。だからこそ、「やさしいお兄さん」「面倒見のいい先生」の向こうにあるリスクを大人が知っていれば、早期に介入できる。知識は、子どもを守る最初の防壁です。
「これをやれば人生が終わる」という現実を突きつけること。
そして、終わらせないために、治療と居場所につなぐこと。
抑止とは、その両方を同時にやり切ることなのだと、改めて思います。
本稿は書籍『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(斉藤章佳著、幻冬舎新書)を参照した、筆者個人の見解です。一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律相談に代わるものではありません。
文責:弁護士 Matthew
【相談窓口】性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター #8891 /性犯罪被害相談電話(警察)#8103
