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noteと没イラストを眺めながら、noteを継続する理由は何か?を問う。【2ヶ月地点】


ANLY(アンリー)です。
noteを始めてから、
約2ヶ月が経過
しました。

週に1・2回のペースで、
これまでに12の記事を投稿
することができました。

こうやって見出しイラストを眺めると、
ちょっとした達成感が込み上げてきます

さて今回は、
これまでのイラスト(不採用イラスト)
を眺めながら
私なりの
noteを継続する理由
を紹介していきます。

最後までお読みいただくと、
私がなぜ noteを継続するのか?
・不採用のイラスト紹介

をお届けできます。

ANLYのnote




◆私にとって noteとは?

ゲーム開発ブログ用に初めて作成したイラスト


---noteは生活習慣を変えてくれた


これまでの私は、
仕事を終え、夕飯を作り、

子供たちを寝かせた後、
どへっとソファに座り

コントローラーを握りしめ、
無心でゲーム画面を見つめ

スマホの画面をだらだらと眺め


そんな2ヶ月前の私はどこへやら。
今の私は、


毎晩、パソコンの前に座り、

次は何を書こう?

どんなイラストを用意しよう?

今後の計画はどうしよう?


そんなことばかり考えています。
これは私にとっては
大きな変化で、急速な変化です




---noteはオープンワールドゲームだ

オープンワールドゲームとは、
区切のない世界でプレイヤーの自由度が高く設定された
ゲーム設計のことです。


noteを継続した感覚、
それはまるで、
オープンワールドのゲームを
プレイしているような感覚
です。


つまり冒険です。
ゲームです。



次は何を試そう?


そう思えている状態は、
私にとって、

ゲームをすることも
noteを書くことも、
まったく同じ
なんです。


楽しいゲームなんです。


頭の中に、あれやこれやと、
色々な案が浮かんでは消え、
浮かんでは消え、


これかな?
これがそうかな?
これで良いのかな?


と、書き進んでみると、


仕上がるものは、
最初にこれかな?
思い描いたものとは別もの


それでも良い!
よくわからないけど、
続きを書くことが楽しみ!

と思えるようにすることが、
続けるコツかもしれないと、
感じています。




◆インプットの日々から、アウトプットへ

オートフィクション小説
「あの日の分岐点」をロードする~で没にしたイラスト。


---インプットに追われた10年


「40歳を過ぎたら、
 インプットではなく、
 アウトプットが大事~」


と発信されている記事やメッセージを
これまでに何度か、ビジネス書などで
見たことがあります。


アウトプット、
何かを発信すること
です。


子どもが生まれてから10年以上、
私は何かを発信することを止めました。

いえ、
「止めざるを得なかった」

が正しい表現です。


当時発信していた
Facebook、Twitter(今のX)、
(さらに遡ると、mixi(ミクシィ)もやってました。)

それらを
すべて止めました。


何かを発信する余裕などなかったのです。


仕事も育児も
日々、試行錯誤の繰り返し。


正解は何か?

間違ってはいないか?


それらを確認するために、
毎晩、毎晩、スマホを眺めながら
正解探し
をしました。

そんな不安を紛らわすかのように、
無心でゲームをしました。


当然、間違いや後悔もあります。


そもそも、仕事や育児に、
人と人とが創り上げる世界に、
「これが正解」など存在しないのです。


あるのは毎日の
「選択」と「結果」のみ。


あの時、
あれをしておけばよかった…


そんなことは日常茶飯事、
いつもの結果論。

未来を知るすべなどなく、

私は毎日、
全力で「選択」を繰り返したのです。


そのための、
インプットの日々です。


何かを発信する、
そんな余裕は何もなかったんです。




◆心に余裕が生まれたから、できた

ふらりバスの冒険~の記事で没にしたイラスト


---私の場合の定義


「40歳を過ぎたら、
 インプットではなく、
 アウトプットが大事~」


と言われる理由は、
人それぞれ様々な理由があるのでしょう。

それが私の場合は


「40歳を過ぎたら、
 ようやくインプットではなく、
 アウトプットする余裕がでてくる


なのだと、実感しているのです。




---10年以上の育児生活で得た心と時間

カラフルピーチの記事で没にしたイラスト


長女も中学生になりました。
次女も小学生です。

彼女たちも、自分のことを
ある程度自分で決めたり、

できなかったことが、
徐々にできるように
なってきています。


遊びに行くにもそう、
料理を作る際もそう、
娘たちが成長するたびに、
私の選択肢が毎日少しずつ増えてくるんです。

娘たちの成長を振り返り、
娘たちと、自分のがんばりを褒めてあげる。
そんな喜び。

私の選択肢や自由度が増え、
1段階レベルアップするような
そんな解放感。


そして娘たちちもまた、
私ができなかったことや
上手くいかなかったこと、
落ち込んでしまうこと

に対して、気遣いをくれることもあります。


そんな成長の瞬間を感じるタイミングもまた
喜びと同時に、
心の余裕が生まれる瞬間
でもあります。


まだまだ決して
「余裕がある」わけではありませんが、


時間と心に対して、少しだけ
「余裕がでてきた」
状態になってきているのです。




---仕事に対する良い諦め

オートフィクション小説
「あの日の分岐点」をロードする~で没にしたイラスト。


そして、仕事に対しても、
「良い意味での諦め」
を感じるようになってきています。

諦めとは、
私が将来どのように仕事をこなすのか、
その姿がある程度想像できている。
という心の状態です。

これも決して
「余裕がある」わけではありません。

いつ何が起こるかは分かりませんし、
日々に追われることは変わりませんが、

仕事に対して
「私一人でできること」
は決して多くはない。


そう思えるようになりました。
でも昔は違いました。


私ならもっとできる!
諦めない!
あの人には負けたくない!
もっと頑張れる!


そんな思いが私を支配していました。
それは決して悪いことではありません。
この思いがあったからこそ
仕事も育児も踏ん張れました


でも年々、感じていました。
私がいなくなったら仕事はどうなるの?
がんばった先にはなにがあるの?

と。



答えはシンプル。



私が一人、
突然いなくなってしまったとしても、
仕事が無くなったりはしません。
組織の仕事が回らなくなったりもしません。

これまで通り、
ちゃんと仕事は仕事として
回り続けるでしょう。


そして、がんばった先には
がんばった分だけの経験と知識と知恵が
自分に返ってきます。

お金だけじゃない。
経験とスキル。
スキルは技術だけじゃありません。
人との信頼構築もスキルです。


そして、
「この先もなんとかやっていけるだろう」
という心の自信と余裕


だから「諦め」とは、
決して投げやりになっているわけではなく、
私が私の役割を理解した状態
とも言えるかもしれません。

そのためには協力をしなければならないし、
役割はしっかり果たさなければなりませんが、
私はその歯車の一つとして、
機能していければよい

そう自分で思えているのです。




◆インプットから解放され、余裕が生まれるもう一つの理由

オートフィクション小説
「あの日の分岐点」をロードする~で没にした実写風イラスト。


---無意識に検証を始めている



私は、私を通して、
noteを通して、
無意識に、
ある検証をしているのかもしれません。


もし、皆さんが(これからの若い人たちが)
私の経験した10年のインプットから解放されたら?

もし、インプットが今よりもずっと高速化したら?


この2ヶ月のnote活動を通して、
これらは既に起きていると、
理解しました。


それはAIと共存する世界です。

AIが答えを出してくれる、
あるいは答えを出すための
サポートをしてくれる世界です。


もうインプットするために、
何かを探したり、
悩んだり、
ネットで時間をかけて、
本を買って読んで、
正解を探して、

そうやって
大きく時間を割いてまで
勉強しなくてもよい。

仕事のための
無駄な仕事をしなくてもよい。


AIですぐさま
結論を出して、
結果を出して、
成果物を出して、
検証や確認はその後で良い。


調べたり悩んだりした時間は、
その分、あなたが発信したい
アウトプットの時間に使えば良い。
作品づくりの時間に使えば良い。


家族と過ごす時間に使えば良い。
友達と楽しくおしゃべりする時間にすれば良い。
大切な人と大切な時間を過ごせれば良い。
作った作品で皆と遊ぶ時間にしたら良い。
作った作品で皆と共感する時間にしたら良い。


そして、
あなたという、人間作りの時間に使えば良い。

あなたという、人生作りの時間に使えば良い。




私は私なりに、
人並みに苦労したからこそ、
そのように考える
のです。



この人間作り、人生作りを、
ANLYは今後どのようにして行くのか?
どのように考えていくのか?
娘たちに何を残し、伝えていくのか?

私がこうして、
noteを継続している背景には、
確実にAIの存在
があります。

私はAIと向き合いながら、
noteを通じながら、
検証をして行きたいのかもしれません。




◆なぜ私は noteを継続するのか?

ANLYのキャラクターシートで没にしたイラスト


---自由にインとアウトを繰り広げる世界



私はこの世界を知りました。
noteの世界。


インプットとアウトプットが、
自由に繰り広げられる世界。


何を発信しても、
誰かには必ず届く。
誰かは見てくれている。

間違っていれば、
反応としてフィードバックされる。

仲間を探して、
互いに応援することができる。


すばらしいプラットフォームだと思います。
だからこそ価値があり、
私が継続したいと思う理由です。




---AIの力を検証し、人間の力を問う場所

オートフィクション小説
「あの日の分岐点」をロードする~で没にしたイラスト。
アルバムがただの本になってしまった。


そして継続したいもう一つの理由が、

AIの検証場所
人間の力を問う場所

ということでしょう。


私を含め、
noteを利用する多くの皆さんが、
AIを利用しています。
あ、これはAIで書いた文章なんだろうな、
と思える記事は多くありました。

一方で、
AIにはまだ再現できない何か
を感じる記事にもたくさん出会いました。


それが何か?は、上手く言語化できません。
でも、応援したくなったり、
また読みたいなぁと思ったり、

魅力を感じる何かがそこにはありました。

恐らくこれが、
人間にしか作ることができない力であり、
人間にしかできない何かなのでしょう。



どうでしょうか?

この謎を知るために、
実際に活動しながら、
検証しながら、
冒険しながら、

楽しく、何かを書いてみる。
何かを創ってみる。


こんなに楽しいゲーム、
他には無いと思いませんか?




◆伝えたいこと


ANLYが noteを続ける理由。

生活習慣を変え、
AIを検証し、
私の人間としての力を問う。

そして私と娘の将来の可能性を広げ、
人生というゲームをプレイするためである。



読んでくださり、ありがとうございます

ANLYと二人の娘たち

改めて、ANLY(アンリー)と申します。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。「クリエイターになれなかった」私は、毎日普通のパパや普通の会社員をやっております。

noteを通じて、『クリエイターになれなかった私がもう一度「創る人」になるまでの挑戦記』を綴っていきます。これからも、たまに見ていただけたら嬉しいです!よろしければ、スキ・フォローで応援よろしくお願いいたします!


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