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「自由に撮ってください」と書いた写ルンですを、街中に放置するとどんな写真が撮れるのか。

私の名前は、写ルンです放置おじさん。「自由に撮ってください」と書いた写ルンですを街中に放置する活動をしている。今回の記事は、私がはじめて写ルンです放置を実施した際のレポートを、note創作大賞2026に向け、再編したものである。
2024年夏、私は無職になった。
今回お送りするのは、あの夏の日の記録である。


人がたくさん集まる場所にカメラを置いておくと、どうなるのだろう

仕事を辞めた2024年7月、永遠の夏休みである。
外はカンカン照りの猛暑。部屋はエアコンでキンキンに冷えている。エアコンの冷気で冷えたシーツを手のひらでサラサラと撫でていたとき、ふと思った。

「自由に撮ってください」と書いたメモを取り付けたカメラを街中に置いたら、どんな写真が撮れるんだろう。

思い立ってすぐに動き出す。布団を窓の外へ投げ捨てて家を飛び出した。百均でメモ用紙と袋を買い、帰り道で気づいた。肝心のカメラを何も考えていない、と。
無職特有の雑な初動である。

私は普段写真を撮るが、一般的なカメラは少し厄介だ。設定を間違えれば写真が真っ白になったり真っ黒になったりする。そもそも盗まれたら大変だ。

どうしたものかと考えていたとき、ひとつの答えに行き着いた。

写ルンですである。

「写ルンです」
富士フイルムが製造する使い捨てカメラ

シャッターを押すだけで撮れる。設定もいらない。そして何より、盗まれたり壊れたり、なんらかのトラブルがあったとしても3000円ほどの損害で済む。いやいや3000円ほどで済むとは言いつつも私は無職だ。3000円あれば1週間は暮らせる。つまり、寿命を1週間分差し出すことになる。

しかし、やるしかなかった。
無職である現実から目を逸らすため、なにか意味があることをしている実感が欲しかった。

…意味があるのか?

まずたしからしさの世界を捨てよ

いや意味なんてなくてもいいではないか。我々は大人になるにつれ、意味がないことを嫌うようになった。

「時間を無駄にするな」
「生産性のないことはするな」
「やるのはいいけど、やる意味は?」
社会人になって嫌になる程聞いた言葉だ。

しかし、小学生の頃を思い出してほしい。
無意味なことほど楽しかったではないか。
給食で出た白玉を、下校の時間まで咀嚼せずに口の中で育てたり、授業中、時計の秒針と自分のまばたきを同期させたり。
無意味である。なにが楽しくてそんなことをしていたのかはわからない。しかし、そんな記憶をいまだに覚えているのだ。
意味のない時間は心に豊かさをもたらす。寧ろ、それを排除し続けた結果が、今の私なのかもしれない。

まずたしからしさの世界をすてろ。

最寄りのカメラのキタムラへ走り、写ルンですを購入する。家に着くとすぐさまメモに「自由に撮ってください」と書いて、カメラに括りつけた。

実際に取り付けたメモ。
字が汚いのは家族の中で私だけである。どうして…。

準備は万端である。あとは設置するだけ。
設置場所は、最初から決めていた。

京都の鴨川デルタである。

人生の交差点・鴨川デルタ

京都市を南北に流れる賀茂川と高野川が合流する鴨川デルタは、いつも様々な人がいる。学生、観光客、音楽を奏でる人、ただ座っている人。それぞれが別々の目的でそこにいて、しかし同じ時間を共有している。誰のものでもなく、誰に対しても開かれている場所だ。

鴨川デルタ。
高野川(左)と賀茂川(右)が合流するデルタ形の三角州

そしてそこには、私自身の記憶もある。

京都の左京区で生まれ育った私のすぐ近くに鴨川デルタはあった。学校帰りに目的もなく黄昏たり、夕陽の中で飛び石をジャンプしたり。
そして祇園祭のあと彼女と2人で…。
という記憶がある。

あった気がする。あったかもしれない。あって欲しい。

準備が済んだら、すぐにその日出発の京都行きチケットを取った。大学進学を機に上京した私は、卒業後も東京で仕事をしていた。就職していた頃の私の帰省手段は新幹線だったが、無職になると移動手段に思想が宿る。無職の味方、夜行バスである。
そして、思いついた当日に数日間の京都への旅を敢行できるスケジュールのなさ。これぞ無職の醍醐味である。書いていて悲しくなったりしたが、これから私はすごい体験をするのでは、と無理やり無職であることに誇りを持った。


23時、バスタ新宿発の夜行バスに乗り込む。深夜の高速を走る車内は、もう静かで、ほとんどの人が眠っていた。カーテンの隙間から街灯が一定の間隔でシャッターを切ってくる。そのたびに、車内が一瞬だけ露光して、すぐにまた闇に戻る。ポケットに入れた写ルンですの感触を静かにたしかめながら、これから自分が行うことについてぼんやり考えた。

こんなことをして大丈夫なんだろうか。人々は反応してくれるのだろうか。そしてカメラが盗まれたり壊れたりしないだろうか。

眠れぬまま夜行バスは私を京都へ連れていった。

鴨川デルタ着

気がつくと眠っていたようだった。京都駅から京都バスに乗り換え、鴨川デルタへ向かった。

朝7時半。鴨川デルタに到着した。

2024年7月26日、鴨川デルタ
蝉の声が響いていた。

左岸右岸には、すでに人はいる。音楽を奏でる者、本を読む者、何もせず川を眺める者。東京とは違う時間の流れが、そこにはある。

私は松の木の下に、写ルンですを置いた。
夜行バスでの不安が、またも再燃した。誰も手に取らないかもしれないし、ただの不審物として処理されるかもしれない。盗まれたり、壊れたりするかもしれない。

そしてなにより、置く瞬間にはじめて感じたことがあった。不特定多数に自ら関係しにいくこと。それが急に怖くなったのだ。これはやるべきことなのだろうか。今なら誰にも言っていないから自分だけの秘め事として中止できる。

だが、置いた。
なぜなら──

写ルンです放置の本当の目的

この実験には、なにか意味のあることをしたいという想い以上に別の想いがあった。

現代において写真、特にInstagramに代表される写真は、撮られる前から意味を与えられている。誰に見せるか。どう見せるか。どんな反応を得るか。そこには「正しさ」がある。美しく撮ること。構図や角度。盛れているかどうか。それに従わない写真は「下手」とされる。だが、その正しさは本当に必要なのだろうか。それは世界の記録ではなく、すでに用意された視線の規範ではないか。

そのとき写真は、世界と触れ合う手段ではなく、他者のまなざしに従うための装置になる。

もっとも大事なのは、”正しさ”ではなく、世界の表現を記録することではないだろうか。被写体が撮影者との関係性によって表情を変えるように、技術や知識を超える唯一無二のもの。それは撮影者と世界の「関係性」だ。

たとえば、照れる人、写されることを拒む人、顔を背ける人。そこには「どう見られるか」ではなく、「どう在るか」を守ろうとする意志がある。それは、”正しい写真”のような綺麗にまとまったものではない。寧ろ、見過ごされ、選択されない写真だ。しかし、そういうもののほうが、この時代においては誠実な像のように思う。

写ルンですは、その場で写真を確認することができない。削除や撮り直しも効かない。さらに1台のカメラが不特定多数の人物が手に取り、お互いの友人や家族、それぞれから見えている景色を撮影していく。つまり、写真を価値・評価から解放し、関係性の場へと移行すること。個人の表現から街と他者へ分配すること。それがこの実験の真の目的だった。正しさへの静かな抵抗である。

だから、私はこの考えを形にするためにも置いた。

頼んだ、写ルンです

どうか写ルンです、無事でいてくれ。
何度も振り返りながら、私はその場を離れた。

数時間後、再び戻る。配慮社会に配慮し、当日中に回収を決めていた。ここでも不安に襲われる。写ルンですはそこにあるのだろうか。あの木の影になければ…。

某100円ショップ店員「そこになければないですね」
ということになるが。

写ルンですは待っていた!

写ルンですはあった!
そして、残り枚数はゼロになっていた!

やったー

感動した。感動した。感動した。
ひたすらに感動した。
無職になってはじめてなにかを達成した瞬間だった。

私が置いた写ルンですを、誰かが手に取り、シャッターを切った。私の行動を誰かが受け止めて返答してくれた。その事実が嬉しかった。一体なにが写っているのだろう。どんな人が撮影したのだろう。ワクワクが止まらない。居ても立っても居られない。私は勢いよく鴨川デルタの飛び石をジャンプした。

ああ、これだ。
私が大人になって忘れていた感覚。社会に影響を与えるわけでも、歴史が動くわけでもないこの行動。だが、常に正解や正しさを求め続け、得体の知れないもの、結果が予測できないものを避けて生きてきた私にとって、この感覚は言葉にはできないなにかがあった。

京都での旅程を終え、夜行バスに乗り込み、新宿へ向かった。バスタ新宿到着後、新宿西口のカメラのキタムラへ。開店ダッシュを決め込み、現像に出した。現像費3000円という料金の高さに一瞬ためらうが、ここまで来てやめる理由はない。この「何が写っているかわからない時間」も含めて、この行為なのだと思った。

現像が出来上がるまで2時間。この2時間は人生の中で一番長く感じた2時間だろう。

2時間が経った。正確に言えば待ちきれずに1時間50分くらい経った時に取りに行った。

写真を受け取る手は震えていた。
この中に、「写ルンです放置」という実験の結果がある。私は新宿という大都会のど真ん中で写真を確認する。



そこに写っていたのは

鴨川デルタの夏が写っていた。
懐かしい京都の夏。
都会に揉まれ忘れかけていた京都の夏が。
けいちゃんとドブ川でザリガニ釣りをしたあの夏が。
兄とチャリンコで松ヶ崎のTSUTAYAに向かったあの夏が。
夏期講習のあと、「夏休みこども劇場」で放送されていたドラゴンボールの再放送を見ていたあの夏が。
写ルンですという小さな小さなカメラに記録されていた。

これらの写真は、いわゆる“正しさ”とは少し違う。ピントや構図はまちまちだが、それでも、確かに写っている。写真は、シャッターを押せば撮れてしまうが、なかなか写らないものなのだ。だが、写っているのだ。


誰が写真を撮ったのか

どんな人がどんな想いで撮影したのだろうか。写真を一枚一枚確認し想像を膨らませる。しかし、その答えも写ルンですには記録されていた。

肌が綺麗な人
色違いのカメラを構えた2人
後日、「素敵な思い出をありがとう」とDMがあった
めちゃくちゃいい人そう

年齢、性別、国籍、さまざまな違いのある人々がこの一本のフィルムに記録されている。表現は常に開かれたものだ。国籍や性別、思想など関係がない。鴨川デルタもそうだ。誰が来たっていい、なにをしたっていい、なにもしなくてもいい。
私はこの実験で改めて鴨川デルタの魅力を感じた。

夜の鴨川デルタはひと味違う

実は後日、夕方から夜にかけても写ルンですを設置した。
そこには昼間とは違う鴨川デルタの様子が記録されていた。

花火をする学生たちが記録されていたが、なにが写っているか完全に不明な写真もあった。しかし、それも写真であると私は思う。
真っ暗な写真は、露光量の足りない場所で撮影された、もしくはレンズを指などで物理的に覆ってしまったことを意味する。
夜の鴨川デルタに訪れ、この写ルンですを見つけてシャッターを切った。暗かったからか、指で塞いだか定かではないが、「あの日、鴨川デルタにいた」その事実は消えない。写真は成果物ではない。存在の記録なのである。

写真は関係の記録だ

写真は関係性である。それは対人だけでなく、風景にも現れると私は信じている。


これらの写真はすべて鴨川デルタとの関係性。1枚足りとも私に撮れる写真はない。すべては鴨川デルタ、ないしは友人や家族が撮影者に対して見せる表現だから。

この写ルンですには、技術も意図も統一された様式も存在しない。あるのは、たまたまそこにいた人々が、それぞれの理由でシャッターを切ったという事実だけである。誰に見られるかもわからず、評価されることも前提とされない。ただ、手に取った誰かが、その場でシャッターを切る。

それでも、そこには確かに「関係」と「存在」が残る。

世界は冷たい。そう思ってしまう瞬間がいくつもあった。だが、実際はそうじゃなかった。冷たいのは私だったのかもしれない。正しさ、意味への執着の果てに、心の豊かさをなくしていたのは私ではないか。
こんな怪しいカメラを手に取り、シャッターを切り、元あった場所へ返していく。この奇跡のバトンが何重にも重なり私の手元に写真がある。
あたたかい。ひたすらにあたたかい。

正しさを捨てて生きよ

写真を見終えた私は、新宿で泣いた。
それぞれまったく異なる人生が、この日、鴨川デルタに集まり、写ルンですという小さな一点で、たしかに交差した。
私が東京で仕事に励んでいたあの日、同じように働く誰かがいた。私がこうして幸せを感じているこの瞬間、どこかで同じように笑っている誰かがいる。

皆、同じ時間を生きている。
皆、それぞれに幸せも悲しみも抱えている。

その当たり前のことを、私はこのフィルムの中で、ようやく実感した。そして同時に、少しだけ肩の力が抜けた気がした。

うまくやらなければいけないとか、正しい選択をしなければいけないとか、そういうものに縛られていた自分がほんの少しだけ、どうでもよくなった。無職で、道端にカメラを置いている。意味があるのかもよくわからないことをしている。それでもこうして、知らない誰かと時間が交差して、その痕跡が手元に残っている。
写真に正しさがいらないように、人生にもまた、正しさはいらないのかもしれない。

人生にはいろんな困難がある。迷って苦しみ、辛い日もあるだろう。だが、この記事を思い出して、一歩前へ進んで欲しい。あなたが選んだ道は間違っていない。

その選んだ道の先で、写ルンですが放置されていたら、どうか1枚撮ってみてほしい。
等身大のあなたで、等身大のあなたを。
あなたの生きてきた人生を。
そにために私は、これからも写ルンですを放置し続けるから。

よし、明日から頑張るか。
いや明日はしんどいから来週から頑張ろう。

ほな!


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