顧客体験とは、利益を得るための方便なのか――企業は顧客の不便からどこまで儲けていいのか
企業はよく、「顧客体験を大切にする」と語る。
使いやすいサービスをつくる。顧客の声を聞く。ユーザーに寄り添う。顧客体験を改善することが、長期的な成長につながる。
言っていることは、たぶん間違っていない。
しかし実際には、顧客体験を良くするよりも、顧客体験を悪化させた方が儲かる場面がある。
そして、ユーザーが簡単には離れられないサービスでは、その誘惑はさらに強くなる。
私はLINEを使っていて、そのことを何度も感じる。
連絡を取りたいだけなのに、見たくないものを見せられる
LINEでやりたいことは、基本的には人と連絡を取ることである。
家族や友人から届いたメッセージを見る。仕事や学校の連絡を確認する。知人へ返信する。
ところが、アプリを開くと、そこにはニュースや広告が並んでいる。
スポーツが好きな人にとっては、後から試合を見ようと思っていた結果が表示されることもある。災害や事故が起きたときには、不安を刺激するような見出しが目に入ることもある。
自分からニュースサイトを開き、情報を見に行くのとは違う。
ニュースを見る意思があるわけではない。ただ連絡を確認しようとしただけなのに、別の目的で用意された情報を受動的に見せられる。
そこでは、ユーザーが今その情報を受け取りたいかどうかは、ほとんど考慮されていないように見える。
「興味がない」と反応できても、見ないことは選べない
もちろん、表示された情報に対して「興味がない」といった反応を選べる場合はある。
しかし、そのリアクションが、どの程度その後の表示に反映されるのかは分かりにくい。
少なくとも、スポーツ結果は見たくない、災害ニュースは必要なときだけ見たい、芸能ニュースには触れたくない、といったカテゴリー単位の意思を、事前に細かく設定できるわけではない。
表示された後で反応することはできても、表示される前に避けることは難しい。
これは、ユーザーに選択肢を与えているように見えて、実際には表示する側の権限をほとんど変えていない。
本当に顧客体験を考えるのであれば、何を見せるかを企業が決めるだけでなく、何を見たくないかをユーザー自身が決められる必要があるはずだ。
それでも、その選択肢は十分には与えられない。
なぜなら、見せない選択肢を増やせば、広告表示やニュースへの送客が減り、収益が落ちる可能性があるからだろう。
配慮することが難しいのではない。
配慮すると儲からなくなるから、配慮しないのである。
顧客体験は、離脱されない範囲でしか守られない
企業と顧客の目的が一致しているとき、顧客体験の改善は経営上も合理的である。
より便利なサービスを提供すれば、利用者が増える。満足度が上がれば、利用頻度や継続率も高まる。顧客のために行った改善が、企業の成長にもつながる。
しかし、ユーザーが簡単には離れられない状態になると、この関係は変わる。
顧客体験を改善しても、利用者数や収益への影響が小さい。一方、広告枠を増やせば、短期的な売上は増える。
そうなれば、企業にとっての判断基準は、「どうすればユーザーが喜ぶか」ではなくなる。
どこまでユーザーを不快にしても、離脱されないか。
顧客体験は、企業が実現したい価値ではなく、収益最大化のための制約条件になる。
この状態で語られる「顧客体験を重視する」という言葉に、私は強い違和感を覚える。
LINEを使い続けることは、LINEを支持していることなのか
普通のサービスであれば、使いにくいと思ったユーザーは、別のサービスへ移ることができる。
その離反が売上や利用者数の減少として現れ、企業へ改善を促す。
しかし、LINEのように社会インフラに近い存在では、「嫌なら使わなければいい」が簡単には成立しない。
自分だけが別のメッセージアプリに移っても、家族や友人、職場、学校が移らなければ意味がない。LINEを使わないという選択によって困るのは、まず企業ではなく、自分自身である。
企業への抗議として離脱しようとしても、その不便は自分に返ってくる。
利用者は、サービスに満足しているから残っているとは限らない。
周囲が使っているから、仕方なく使い続けているだけかもしれない。
それでも企業から見れば、アクティブユーザー数は多く、利用頻度も高い。そこには広告を載せられ、収益を得ることができる。
しかし、その数字のすべてが、サービスそのものへの支持によって生まれているわけではない。
社会生活上の必要性によって拘束された利用まで、自社サービスの競争力として数えている。
言い換えれば、企業の実力以上に、利用者数と収益力が水増しされている可能性がある。
拘束された利用を、ロイヤリティと誤認する
この構造は、企業自身にとっても危うい。
ユーザーが離れないから、不満は小さい。利用頻度が高いから、サービスには価値がある。広告を増やしても利用者数が減らないから、顧客体験への影響は限定的である。
そう判断することはできる。
しかし、本当は離れないのではなく、離れられないだけかもしれない。
使いたいのではなく、使わざるを得ないだけかもしれない。
利用継続と顧客満足は同じではない。利用頻度と信頼も同じではない。
表面上の数字が維持されている間も、利用者の中では不満が蓄積し続ける。
そして、代替サービスの登場や技術変化、生活習慣の変化によって退出が可能になった瞬間、これまで見えなかった不満が一気に顕在化するかもしれない。
社会的な拘束によって維持された利用を、ブランドへのロイヤリティと勘違いすることは、将来の大きなリスクでもある。
ユーザーの不利益を、収益に変えていないか
私が最も不愉快に感じるのは、顧客体験が単に軽視されているだけではないことである。
ユーザーの不利益そのものが、企業の利益に変わる可能性がある。
不安を煽る見出しはクリックされやすい。事故や災害、対立や不幸は、人の注意を強く引きつける。スポーツの結果も、興味のある人ほど反応してしまう。
その反応が広告収入や送客収益につながる。
企業が個々のユーザーを傷つけることを目的としているとは限らない。
しかし、心を揺さぶる情報を、利用者が逃げにくい場所へ置き、避けるための選択肢も十分に与えず、そこから利益を得ているのであれば、「意図していなかった」だけで責任を免れることはできないと思う。
利益は企業に入る。
一方で、不安や不快感、注意を奪われる負担、楽しみにしていた体験を壊される損失は、ユーザー側が負う。
利益は内部化し、害は外部化する。
それは、顧客に価値を提供して利益を得るビジネスとは異なる。
顧客の不利益を、利益に変えるビジネスである。
何を表示するかの責任を、外部へ逃がしてはいけない
広告やニュースの内容は、外部の広告主やメディアが作っている。
そのため、プラットフォーム側は、自分たちは広告枠やニュース欄を提供しているだけだと考えるかもしれない。
しかし、利用者から見れば、それらはLINEという空間の中で表示されている。
誰もが見る場所に何を配置するかを決め、その接触によって収益を得ている以上、表示内容について無関係ではいられない。
選定権と収益を持ちながら、結果に対する責任だけを広告主やメディアへ外出しする。
それは、かなり卑怯な構造に見える。
自社の支配力は収益化する。
しかし、その支配力によって生まれる不利益については、当事者にならない。
社会インフラに近い企業が、そのような距離の取り方をしてよいのだろうか。
社会インフラになった企業には、公共的責任がある
私は、広告欄やニュース欄をすべて禁止すべきだとは思わない。
無料でサービスを維持するために、収益源が必要なことも理解できる。ニュースに社会的な意義があることも否定しない。
ただし、見たくない情報を非表示にする選択肢くらいは、利用者へ渡すべきだと思う。
スポーツ結果を表示しない。災害や事故のニュースを必要なときだけ見る。芸能や事件など、避けたいカテゴリーを選択する。ニュース欄そのものを目立たなくする。
その程度の配慮すら惜しむのであれば、企業はユーザー体験を軽視しているだけではない。
ユーザーに選択肢を与えると収益が減るため、あえて選択肢を与えていないと受け取られても仕方がない。
社会インフラに近い立場を得た企業は、その立場から利益を得る。
ならば、その影響力に伴う公共的責任も引き受けるべきである。
何を見せるかを選ぶ責任。
見たくない人に、回避手段を与える責任。
人の感情を傷つける可能性を管理する責任。
社会インフラとしての利益だけを享受し、公共的責任は負わないという構造は、不当だと思う。
儲かることと、正しいことは違う
企業の目的は、利益を上げることである。
そのこと自体を否定したいわけではない。
しかし、経済合理性によって説明できることと、社会的に正当であることは同じではない。
ユーザーが簡単には逃げられないことを理解し、その退出困難性を収益化する。利用者が不快でも、離脱率に影響しない限り広告を増やす。見たくない情報を避ける選択肢を与えず、その感情反応から利益を得る。
それは、ビジネスとして優秀なのかもしれない。
だが、それを正しいビジネスと呼んでよいのだろうか。
顧客へ価値を提供して利益を得るのではなく、顧客が我慢することによって利益を得る。
利用者が離れられないことを競争優位として使い、その弱さを収益へ変える。
私は、そのようなビジネスに強い嫌悪感を覚える。
「嫌なら使うな」が通用しない場所で、企業はどこまで儲けてよいのか。
社会インフラになった企業に求められるのは、顧客体験を重視するというきれいな言葉ではない。
利益を得る力に見合った責任を、実際に引き受けることだと思う。
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顧客の不便から利益を得ることを、企業の倫理とガバナンスまで広げて考えたい方はこちら。
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