カタカナ語を使う人が鼻につくのは、言葉のせいではない
ビジネスの世界には、カタカナ語が多い。
せっかくなので、最初に少しだけクイズをしてみたい。
次の言葉について、**「意味が分かるか」だけでなく、「自分でも仕事で使うか」**を考えながら見てほしい。
Lv.1
タスク、スケジュール、リスク、フィードバック
Lv.2
アジェンダ、アサイン、コミット、エビデンス
Lv.3
アライン、イシュー、スコープ、ステークホルダー
Lv.4
ケイパビリティ、レバレッジ、アップサイド、ダウンサイド
Lv.5
ワークストリーム、デリバラブル、ディメンション、テイクアウェイ
Lv.6
クライテリア、ファインディングス、インプリケーション、シンセサイズ
どこまで意味が分かっただろうか。
そして、どこまでなら自分でも自然に使うだろうか。
おそらく人によって、「全部普通に使う」「意味は分かるけれど自分では言わない」「途中から聞いたこともない」と、かなり差が出ると思う。
もちろん、このレベル分けに厳密な基準があるわけではない。会社や職種によっても大きく違う。ただ、ここで面白いのは、後半に出てくる言葉も、必ずしも高度な専門用語ではないことだ。
クライテリアは「判断基準」、ファインディングスは「分析して分かったこと」、デリバラブルは「成果物」と日本語にできる。専門知識を知らなければ理解できない概念ではない。
それでも、日常的に使う人と、まったく使わない人がいる。
つまりこれは、知識というよりビジネス上の方言に近い。
そして、この記事で考えたいのは「Lv.6まで知っている人の方が、ビジネスパーソンとして優秀なのか」という話ではない。
むしろ、逆である。
どの言葉を知っているかより、その言葉を、どこで、誰に、どの強さで使うかを判断できるか。
ビジネスカタカナ語を考えていくと、そこに言葉を選ぶ人の「状況認識」がかなり表れるのではないかと思う。
「合意」と「アライン」は、似ているけれど同じではない
では、なぜわざわざカタカナ語を使うのか。
一つには、日本語のビジネス用語が持つ強さがあるように思う。
たとえば、「合意する」と「アラインする」。
意味はかなり近い。
しかし、「合意した」と言われると、関係者が明確に了承し、意思が一致し、あとから覆しにくいような印象がある。
一方で、「概ねアラインしている」と言えば、方向性は揃っているけれど、細かい部分には余地があるように感じる。
「決定する」と「FIXする」も似ている。
「決定した」には、白黒がついた感じがある。
しかし、「一旦FIXしましょう」と言うと、作業を進めるために現時点ではこれで置く、という少し柔らかいニュアンスを持たせられる。
日本語そのものは、本来かなり曖昧さや余白を持つ言語だと思う。
ただ、ビジネス上で使われる「決定」「承認」「合意」「拒否」「完了」といった単語には、意外と強さがある。
YESかNOか。決まったか、決まっていないか。
単語単体で見ると、オンとオフの境目がはっきりしている。
そこにカタカナ語を入れると、その中間状態を表現しやすくなる。
カタカナ語は、意思決定に余白をつくる
これは、経営や意思決定に近い場所ほど有用なのかもしれない。
実際の意思決定は、そんなに単純なものではない。
完全に合意しているわけではないが、方向性は揃っている。反対意見は残っているが、現時点では進める。大枠は決まっているが、詳細は後で変わるかもしれない。
現実の仕事には、こうした中間状態が大量に存在する。
そのすべてを「合意」「未合意」「決定」「未決定」で表現すると、少し窮屈になる。
そこで、アライン、FIX、ペンディング、コミット、スコープといった言葉が便利になる。
カタカナ語は、曖昧にするための言葉というより、白黒では表現しにくい意思決定のグラデーションを扱うための言葉とも考えられる。
そして日本のビジネス文化は、そもそも強いYES・NOを避ける場面が多い。
明確に拒否するより、少し距離を置く。正面から対立するより、なんとなく方向をずらす。何かを決めるときも、暗黙的に徐々に固めていく。
そうした文化と、カタカナ語が持つ柔らかさは相性がいい。
なぜ外資やコンサルから広がるのか
もう一つは、言葉の流入経路だと思う。
外資系企業、外資コンサル、外銀など、英語圏との距離が近い場所では、当然ながら英語由来の表現が入りやすい。
そして、そうした人たちは経営層、経営企画、事業責任者、投資部門など、意思決定に近い人たちと仕事をすることが多い。
そこで使われていた言葉が、少しずつ組織の中へ降りていく。
外資・専門職から経営層へ。経営層から経営企画や部門長へ。そして、その下の現場へ。
ただし、ここで大事なのは、単に「外資かぶれ」で広がったわけではないということだ。
使いにくければ、言葉は定着しない。
アラインやFIXが残っているのは、日本企業の側にも、その言葉を使う実用的な理由があるからだと思う。
問題は、言葉だけが降りてくること
一方で、ここから違和感が生まれる。
本来、こうした言葉は、微妙な意思決定や関係者調整の中で使われる。
誰がどこまで了承しているのか。どの論点が残っているのか。ここで強く言い切ると誰が反応するのか。まだ政治的に揺れているのか。
そうした状況認識があって初めて、言葉を選ぶ意味がある。
しかし、実際には言葉だけが先に降りてくることがある。
「アライン」「クライテリア」「ファインディングス」といった語彙は覚えた。でも、その言葉が必要になる場面までは理解していない。
すると、単なる確認なのに「アラインしました」と言う。普通に「判断基準」で十分なのに「クライテリア」と言う。相手がその言葉を使わない環境なのに、同じ言葉をそのまま持ち込む。
その瞬間、言葉だけが浮く。
そして、不思議なことに、言葉が浮くと、話者自身まで浮き彫りになる。
「なぜその言い方をするのだろう」と相手が思った瞬間、背伸び、自慢、気取り、意識の高さといった印象につながる。
カタカナ語が鼻につくのは、難しい言葉だからではない。
その言葉を選ぶだけの文脈理解が感じられないとき、言葉だけが前に出るからなのだと思う。
本当に必要なのは、語彙力ではない
多くのビジネスパーソンを見ていると、同じ意味を持つ言葉でも、その言葉が持つ印象や温度感まで繊細に使い分けられる人は、意外と多くないように感じる。
話し言葉と書き言葉を高度に使い分けることも難しい。
まして、「この単語は少し強すぎる」「この表現では責任を負わせすぎる」「この相手にはもう少し柔らかくした方がいい」といった、言葉のイメージまで意識して選択するとなると、さらに難しくなる。
これはボキャブラリーの豊富さとは違う。
必要なのは、言語化しにくい空気、コンテキスト、相手との関係性、社内政治、意思決定の成熟度といったものを読み取る力だ。
そのうえで、どの言葉なら状況を壊さず、かつ曖昧にしすぎずに表現できるのかを選ぶ。
言葉選びは、国語の問題というより、高度な状況認識の結果なのかもしれない。
カタカナ語の上級者は、使わない判断もできる
そう考えると、ビジネスカタカナ語のリテラシーを、どれだけ難しい言葉を知っているかで測るのは少し違う。
クライテリアも、ファインディングスも、インプリケーションも知っている。
でも、相手によっては「判断基準」「分かったこと」「そこから言えること」と言い換える。
逆に、経営会議では「アライン」と言った方がニュアンスが正確だから、そのまま使う。
本当に使いこなしている人は、常にカタカナ語を使う人ではない。
使うことと、使わないことの両方を選べる人なのだと思う。
言葉にもTPOがある。
場に合っている言葉は、ほとんど意識されない。
しかし、場から外れた瞬間、その言葉だけが急に目立つ。
繊細なニュアンスを扱うための言葉だからこそ、ニュアンスを読まずに使うと違和感が強くなる。
そこに、ビジネスカタカナ語が「鼻につく」理由があるのかもしれない。
AI時代ほど、言葉のTPOが重要になる
この話は、AIが普及するほど重要になるようにも思う。
AIは、文章を整えることがかなり得意になった。
丁寧な文章にする。短くする。柔らかくする。ビジネス向けに整える。
ただ、実際の仕事で難しいのは、その一段先にある。
「この人には、ここまで言い切っていいのか」
「この会議では、決定と言うべきか、方向性と言うべきか」
「お願いでは弱すぎるが、依頼では硬すぎないか」
「この組織ではカタカナ語の方が自然か、それとも日本語の方が自然か」
方向性は正しいのに、どこか硬すぎる。
あるいは柔らかすぎる。
そんなToo Muchが、実際のコミュニケーションではハレーションになる。
AIが資料作成や情報整理を担い、人間がより判断や意思決定に集中するようになるほど、人間同士のコミュニケーションには、こうした微妙な調整がより求められるのかもしれない。
言葉をたくさん知ることよりも、状況を正しく読むこと。
そして、その状況にちょうどいい強さの言葉を選ぶこと。
ビジネスカタカナ語は、その能力が最も分かりやすく現れる場所の一つなのだと思う。
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