【長編小説】 第9話:秘書さんにも、名前ってあるの?【転生したら、私が監修していた世界の神様でした】
転生したら、私が監修していた世界の神様でした
あらすじ
ゲームの監修者だった私が目を覚ますと、そこは自分が作り上げた世界だった。
しかも、私が世界を管理する神様?!
世界の運命は、私の『仕事』次第らしい。
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第9話 秘書さんにも、名前ってあるの?
震動は、しばらく続いてから止んだ。
静かになった空間で、秘書はまだ板を見つめている。指先が、微かに震えていた。
「秘書さん」
「……はい」
「ちょっと座ったら?」
「秘書に、そのような気遣いは不要です」
そう言うと思った。
でも、言い終わるより先に、秘書の膝が、崩れるように折れた。
床に座り込む、というより、そのまま崩れ落ちた、に近かった。
「秘書さん?」
「……失礼しました」
慌てて立ち上がろうとする素振りを見せたけど、その動きも、いつもよりずっと鈍かった。ただごとじゃない気がした。
板の隅、数字はまだ動いている。990、989……今度は1つずつ、少しゆっくりになっていた。嵐が過ぎたあとみたいな、束の間の凪。
「ねえ、秘書さんって、名前あるの?」
唐突な質問だったと思う。でも、聞いてみたかった。
秘書は、しばらく黙っていた。
「……役職名でお呼びいただければ、それで結構です」
「それ、答えになってないよ」
「なっております」
「なってない!」
押し問答になった。珍しく、秘書が言葉に詰まる場面が続く。
何百回もループしてきたと言っていたはずなのに、こんな簡単な質問ひとつに、こんなに時間がかかるなんて。
…今まで誰も聞かなかったのだろうか?
「……昔は、あったかもしれません」
小さな声だった。
「かもしれない、って」
「覚えていないんです。何百回も繰り返すうちに、そういう細かいことから、順番に消えていきました」
指先が、また震えている。今度は、さっきの震動のせいじゃない気がした。
「消えるって、どういう」
「私も、あなたと同じように、最初は名前がありました。
誰かと話した記憶も、笑った記憶も。でも、繰り返すたびに、少しずつ薄くなって」
秘書の声は、今までと同じように淡々として冷たいような感じがして、でも少し掠れていた。
「今、私に残っているのは、仕事のやり方と、規定と、あなたへの対応方法だけです」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
「それって……」
「悲観するようなことでは、ありません。効率的だと思っております」
その言い方は、まるで、自分に言い聞かせているみたいだった。
「秘書さん」
「はい」
「今回のループ、私が来てから、変なことばっかり起きてるんだよね」
「はい」
「秘書さんも、その一部?」
秘書は、初めて、はっきりと目を伏せた。
「わかりません。ただ……」
言葉を選ぶような、長い間があった。
「わかりません。ただ……」
言葉を選ぶような、長い間があった。
「…あなたと話していると、忘れていた『感じ方』のようなものが、少しだけ、戻ってくる気がするんです」
「感じ方?」
「胸が、痛くなったり。温かくなったり。何百回も、感じないようにしてきたはずのことが、勝手に、動き出す感覚です」
その一言に、なぜか胸が痛くなった。
嬉しいはずのことなのに、痛い。
「それ、いいことだよね?」
「わかりません。良いことなのか、自分を苦しめるだけなのか、今の私には判断がつきません」
板の隅、数字がまた1つ減った。
窓のない空間なのに、どこからか、微かに風のような気配を感じた。
冷たくて、でもどこか懐かしい匂いがした気がした。
「秘書さん」
「はい」
「名前、思い出したら教えてね」
秘書は、少しの間、何も言わなかった。
やがて、小さく頷いた。
「……はい」
その返事は、今までのどの返事よりも、人間らしく聞こえた。
あとがき
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