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推しへの愛は株価も超えて──K-POPと大人の投資術

推しに会えなかった日の、もうひとつの選択

世界がK-POPに夢中になったあの夏。
推しのコンサートチケットが手に入らなかった。
ファンクラブ先行にも、プレイガイド先行にもはずれ、一般販売は秒で終了。
チケット価格が倍どころか桁違いで転売されていく画面を眺めながら、

ふいに、
「チケット買えないなら、株、買っちゃお」
という、自分でも意味不明なスイッチが入った。


愛の置き場所としての株

チケット代相当の小さな金額で、
推しの所属会社の株を、ぽん、と買った。

もちろん、投資家としては完全にアウト。
チャートを見ると、明らかにピークアウト。
世間が熱狂するなか、市場だけは冷静に
「K-POPバブル、そろそろ終盤ですよ」と知らせていた。

でもいいのだ。
チケットが外れた腹いせ? それも半分。
ほんとうの理由は、
“この気持ちをどこかに置いておきたかったから”。

恋というものは、大抵の場合、合理性の真逆を走る。
だから私は、価値がゼロになってもかまわないと思って買った。

−47%でも手放せなかった理由

案の定、買った瞬間から株価はするすると下がり、
気づけば −47%。
配当は年1回、しかもウォン。
日本円に換算すれば150円ほど。

もはや、これは
「愛がなければ耐えられない仕様」である。

それなのに、不思議なことに、
そのわずかな配当のお知らせが、
“わたしも推しの世界の片隅にいる” という、
密やかな喜びを運んでくる。

推しの裏側を知ってしまう楽しみ

株を持つと、会社の台所事情までも見えてくる。
どのグループが稼ぎ頭なのか。
来期の売上目標はどれほどか。
その裏でどんな新企画が動いているのか。

そして、決算書にはこんな一文があることも。
「経常利益を押し下げたのは福利厚生費の増加」

その瞬間、私は思う。
「それならいいや。みんな頑張ってるんだもの」

分析と感情の境界線がなくなるとき

そのうち株価の揺れで、
「誰か契約更新した?」
「派生ユニットの活動がありそう」
「代表が来日公演? 外貨稼ぎモード?」
と、企業分析と推し活の境界線は曖昧になる。

投資というより、
“推しの世界を別角度から覗く遊び” に近い。

愛は、合理性を超えてくる

人は恋に落ちると世界が変わる。
私は推しに恋して、経済ニュースと決算書が少しだけ好きになった。
愛にはいつだって、見返り以外の価値がある。

チャートが上がろうが下がろうが、
愛は案外、しぶとく生き延びる。
そして最後には、
「まあ、愛だからね」
の一言で帳消しになる。

そんな推し活も悪くない。
「応援したい」と思ったあの日の気持ちが、
今も私のポートフォリオに、小さく息づいている。
それだけで十分。


株より先に離れていったもの

そうそう。余談だけれど──
私が「そろそろ、この株、見切ったほうがいいのかしら」と思った矢先──
先に所属会社を離れたのは、推し本人のほうだった。

株も恋も、いつも予測不能だ。
どうしたって、こちらの都合で動いてはくれない。

大人の推し活に必要なバランス

ちなみに、株価の痛みを癒してくれるのは、
推しが飲んでいる“あのゼロ飲料”の会社。
こちらは配当も株価も堅調で、
そのマイナスを、静かに埋め合わせてくれている。

健全な推し活に必要なのは、
愛と、お財布のバランスシートだ。

これだから、大人の推し活はやめられない。


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
少しでも響くものがあれば、“スキ”で教えていただけるとうれしいです。

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好きだからこそ、すべてを追い続けなくていい。
情報や期待値から少し距離を置いたら、推しとの関係が、思いのほか楽になった話を書いています。

数字や評価よりも、最後に頼りになるのは、やっぱり自分の感覚。
「ちょうどよさ」を見つけるために、何を信じてきたかを綴った記事です。


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