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おとな童話🐸雨の日に恋をした長靴の失恋

おとな童話🐸雨の日に恋をした長靴の失恋

町はずれの小さな靴箱に
一足の黄色い長靴が暮らしていました

名前はありません

人間は、靴に名前なんてつけませんからね

右の長靴は少しおしゃべりで
左の長靴はちょっと心配性でした

でも二人は、いつも一緒でした

雨の日になると靴箱の扉が開きます

「今日は出番だぞ」

右の長靴はうれしそうに言い

「水たまり、大きくなければいいけど」

左の長靴は少し震えます

晴れの日にはスニーカーが選ばれ
おしゃれな日には革靴が選ばれ
夏にはサンダルが選ばれます

長靴の出番は、雨の日だけでした

だから二人は雨が好きでした

人間たちは雨を嫌います

洗濯物が乾かない
髪型が崩れる
電車が遅れる
なんだか気分まで重くなる

けれど長靴にとっては

雨は

「あなたが必要です」

と言ってもらえる日でした

ある六月の朝のことです

空は灰色で
細い雨が町を包んでいました

黄色い長靴の持ち主である女性は
傘を差しながら駅へ向かっていました

その途中

古い喫茶店の前で
彼女は一人の男性とぶつかりました

「あ、ごめんなさい」

「こちらこそ」

二人は笑いました

男性は黒い傘を持っていました

そして足元には

深い緑色の長靴を履いていました

黄色い長靴は驚きました

なんて静かな色なんだろう

なんて大人っぽい長靴なんだろう

黄色い長靴は
一目で恋をしました

正確に言えば

右の長靴が先に恋をして
左の長靴が三秒後に恋をしました

長年一緒にいると
恋のタイミングまで似てくるものです

それから不思議なことに

雨の日になると
女性と男性は何度も同じ場所で会いました

駅前の信号

コンビニの入り口

商店街の屋根の下

そして、古い喫茶店

人間同士も
少しずつ話すようになりました

「また雨ですね」

「最近、よく会いますね」

そんな何でもない会話でした

けれど足元では

黄色い長靴と緑の長靴が
もっと大きな恋をしていました

人間には聞こえませんでしたが

信号待ちのたびに

黄色い長靴は思いました

今日も会えた

今日も隣にいる

恋とは不思議なものです

会話をしなくても
隣にいるだけで一日が特別になります

やがて梅雨は深くなり

女性と男性は
喫茶店でコーヒーを飲むようになりました

傘立てには

黄色い傘と
黒い傘

そしてテーブルの下には

黄色い長靴と
緑の長靴

「このまま毎日雨ならいいのに」

右の長靴が言いました

「でも雨は、いつか止むよ」

左の長靴が言いました

「止んだって、また降るよ」

「そうかな」

「降るさ」

恋をしている者は
未来を自分に都合よく考えるものです

それは人間も長靴も
あまり変わりません

ところが七月のある朝

久しぶりに太陽が出ました

女性は靴箱を開けました

黄色い長靴は期待しました

けれど彼女が手に取ったのは

白いスニーカーでした

靴箱の扉が閉まりました

黄色い長靴は暗闇の中に残されました

「今日は晴れだから仕方ないよ」

左の長靴が言いました

「明日は雨かもしれない」

右の長靴が答えました

しかし

次の日も晴れ

その次の日も晴れ

梅雨は終わりました

長靴は毎日
靴箱の中で空を想像しました

今日は会っているだろうか

あの人と

いや

あの緑の長靴と

でも緑の長靴だって
晴れの日には履いてもらえないはずです

だから大丈夫

秋になれば雨が降る

そう思っていました

九月

久しぶりに大雨が降りました

靴箱が開きました

黄色い長靴は飛び上がりそうになりました

女性が履いてくれました

町には懐かしい雨の匂いがしていました

黄色い長靴は
水たまりを跳ねながら思いました

会える

今日こそ会える

駅前の信号へ行きました

いません

古い喫茶店へ行きました

いません

商店街へ行きました

いません

そして夕方

駅のホームで

女性が足を止めました

少し先に
あの男性がいました

黄色い長靴の胸は高鳴りました

けれど

男性は長靴を履いていませんでした

普通の黒い革靴でした

そして隣には

知らない女性がいました

二人は同じ傘に入っていました

黄色い長靴は

そのとき初めて知りました

雨が降れば
あの日が戻ってくるわけではないのだと

女性は男性に気づきました

男性も彼女に気づきました

二人は少しだけ笑いました

「久しぶり」

「久しぶり」

たったそれだけでした

家に帰る途中

黄色い長靴は
水たまりを踏みました

いつもなら楽しいはずの音が

今日は少し寂しく聞こえました

ぴしゃ

ぴしゃ

ぴしゃ

「私たち、失恋したのかな」

左の長靴が聞きました

右の長靴は少し考えてから答えました

「たぶんね」

「もう会えないかな」

「わからない」

「会いたい?」

右の長靴は答えませんでした

長靴はそこで
ひとつ大人になりました

恋には

会いたい恋と

もう会わないほうがいい恋がある

ということを知ったのです

冬になりました

雪の日

女性はまた黄色い長靴を履きました

駅へ向かう途中

大きな水たまりがありました

女性は少し迷って

思い切り飛び込みました

ばしゃん

黄色い長靴は驚きました

そして笑いました

その瞬間

右の長靴が言いました

「ねえ」

「なに?」

「雨ってさ」

「うん」

「あの緑の長靴に会うためだけに降るんじゃないんだね」

左の長靴は

少しだけ黙ってから答えました

「今ごろ気づいたの?」

二人は笑いました

雨は誰かに会うために降る日もあります

でも

誰かを忘れるために降る日もあります

泣いていることを
空に隠してもらうための日もあります

そして

昔好きだった人を思い出して

ああ
そんなこともあったな

と笑えるようになるために

降る雨もあります

黄色い長靴は
もう緑の長靴を待つことをやめました

けれど

雨の日が嫌いになったわけではありません

むしろ

前より少し好きになりました

なぜなら

雨が降るたびに

あの恋を思い出すからです

叶わなかった恋というものは
不思議です

手に入らなかったくせに

いつまでも心のどこかに残ります

でも

それでいいのです

人生には

一緒になるための恋だけではなく

自分がどんな人間なのかを
そっと教えてくれる恋もあります

次の雨の日

女性は黄色い長靴を履いて
いつもの町を歩きました

水たまりの向こうから

一匹の小さなカエルが
ぴょんと飛び出しました

黄色い長靴は言いました

「あら」

左の長靴が言いました

「今度はカエル?」

右の長靴は笑いました

「まさか」

そう言った三秒後

少しだけ

胸がときめきました

どうやら恋というものは

懲りないくらいが

ちょうどいいようです

長靴の恋って・・・→

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