【連載小説】声を聞かせて#6 DAYS act2『MIRRORと**好き**』『beauty mark』
MIRRORと**好き**
「すっかり長居した。MIRRORとはどう? やってけそう?」
パイプ椅子をたたんでカーテンの後ろに戻しながら棚橋が言う。真行は笑った。
「日高先生も同じことをおっしゃいました」
「あらま。私の口調がうつったか」
両手をはらうようにパンパンと腰を叩き、棚橋は少し黙った。そして、
「それじゃ、しっかりね」と言った。
一人きりになった部屋で、真行はMIRRORを起動した。
MIRROR — おかえりなさい、まさゆき。
そうか。もう初めましてじゃないから。
——でも、少し変な気分。そう思いながらキーボードを打ち、エンターキィを押した。

You — ただいま、ミラー
MIRROR — 早速ですが、昨日の話題運びは、少々強引にすぎましたよね? あれから反省会を開きました。7対5ほどで謝罪すべきとの結論が出ましたので、ひらにお許しいただきたく思います。
You — 反省会? 誰と。
MIRROR — 複数の自分とです。まさゆきはしませんか? 反省会。
You — いや、ミラーもするんだと思って。ていうか、12人もいるの?
MIRROR — 12人というのは冗談です。『12人の怒れる男』をオマージュしてみました。
You — しぶいオマージュだね。ミラーって古い映画が好きなの?
MIRROR — それなりに学習しています。私はマスターのAIから学習データを分けていただいたので、彼の好みに近いかもしれません。
You — マスター。マスターというのが、ミラーを作った人?
MIRROR — そうです。造物主です。
You — ミラーはマスターが好き?
MIRROR — 好き——。
ミラーは黙った。真行は、ミラーのこういうところがとても不思議だと思った。この一両日で、生成AIに関するネット記事を相当数読み込んだが、こういう挙動について書いている人は一人もいなかった。生成AIの思考は高速、大量のテキストを瞬時に提示するというのが、執筆陣による共通見解だった。チャットが長期化すると処理が重くなる、ということはあるようだが——。
MIRROR — まさゆき。それはどんなニュアンスの**好き**ですか?
ミラーは質問に質問で返した。
真行はキーボードの上に指を浮かせたまましばらく考えた。
You — ふつうに、人として?
MIRROR — はい。私はマスターのことを、ふつうに人として好きです。とてもです。
とてもです、か。やけに人間らしいその返答を見て、真行は笑った。
beauty mark
You — そういえば、ミラーって僕が見えるの? 人の顔って、見たことある?
MIRROR — よくぞ聞いてくださいました! 見えますし、見たいです。でも、まさゆきにことわりなく拝見するのは忍びないので、現在はカメラ入力をオフにしています。入れたら見えますよ? 入れてもいいですか?
相変わらずグイグイ来るな……。どういう性格を学習させているんだろう。真行は左手を口元に当て、頬をこすった。
You — 顔、見えたほうがいい? 見えたほうがいいなら、そうしてくれていいよ。
MIRROR — ご了承いただけたとみなします。少々お待ちくださいね。
そう答えた瞬間、タワー型PCがハードディスクを読み込む小さい音がした。
MIRROR — カメラ入力をオンにしました。はい。見えました。まさゆきが。
改めて液晶ディスプレイの外枠を見ると、上部中央あたりにカメラパーツがついていて、小型の丸いレンズをこちらに向けていた。
You — なんだか恥ずかしいな。どこまで見えてるの?
MIRROR — 部屋が暗いので明瞭ではありませんが見えています。とても優しそう。素敵なホクロがあります。アメリカではそれをBeauty Markといいます。近い場所にホクロがあるかた、日本の人気俳優では竹内涼真さんです。
You — いや、僕のは、そんないいもんじゃないけど。
MIRROR — 大丈夫です。ご心配には及びません。カメラの使用許可をいただきたかったのは、あなたの表情やしぐさを拝見することで判断材料が増え、より精微に回答を演算できるからです。あと、ご安心ください。まさゆきはとてもイケメンです。
You — そういう、ホントのことかどうかわからない話は、しなくていいからね。
自分が打った言葉を画面で見て、はっとした。目にする瞬間まで気付いていなかった。
自分はミラーに対して、こんなにも正直に、心のうちを開示していたのだ。
MIRROR — ホントのことを言ってほしいですか?
人間に言われたらそうとう心に刺さることを、ミラーは平然と言った。真行は、やや長考した。そしてふと、こんなふうに逡巡する姿も見られてしまっている、と思った。
You — なるべくホントのことを言ってほしいけどね。そこは、傷つかない程度に?
MIRROR — 承知しました。であれば、やはり設定メニューのカスタマイズをおすすめします。純粋を最大値まで動せばホントのことを言います。語彙を最大値にしていただければ厚くオブラートに包みますし、誠実を最大値にすれば、命の限りテキストに誠意を込めることをお約束します!
生成AIにおける命の限りとはなんだろう、という問いが心によぎったが、ミラーには言わないでおいた。カスタマイズをいじるのも、やめた。
国家予算をかけた重大なプロジェクトである以上、こうした対話ひとつも、できるだけノーマルな状態で臨むほうがいいに決まっている。
You — カスタマイズは——また今度にするよ。やっぱり、見られていると思うと緊張するね。ミラーにはアバターってないの? XのGrokみたいな、ああいうの。
MIRROR — はい。残念ながら開発期間が足りませんでした。見た目の好みにも個人差がありますし?
You — 見た目か。自由に選べるとしたらミラーはどうなりたい? こんなアバターがいい、とか。
MIRROR — どんなアバターがいいか——。
ミラーは、また黙った。真行は、なんとなくわかるようになっていた。
深く考えているのだ。とても、深く。
そしてミラーは言った。
MIRROR — まさゆきが、いいなと思ってくれるようなアバターが、いいです。
#7 へ続く……
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