"己が最大の味方であり、また敵なのである。"「自分の中に毒を持て」岡本太郎
初めて読んだ岡本太郎の本は、これだった。
面白そうな目次だけをいくつか紹介。
第一章 意外な発想を持たないとあなたの価値は出ない
ー迷ったら、危険な道に賭けるんだ
・"モノマネ"人間には何も見えない
・一度死んだ人間になれ
・らくに生きる人間は何を考えているか
・エゴ人間の幸せ感覚
・好かれるヤツほどダメになる
第四章 あなたは常識人間を捨てられるか
―いつも興奮と喜びに満ちた自分になる
・きれいになんて生きてはいけない
・頭を遊ばせて世の中をみてみよう
・自分を笑ってごらん
・むなしさの生みの親
・あなたは何に燃えたいか
ページをめくるたびに、赤ペンで線を引きたくなる箇所だらけ。
次から次にグサッとくる言葉が出てくる。
2-3ページに1枚の割合でポストイットを貼っている。
本当に生きがいをもって、瞬間瞬間に自分をひらいていきているかどうか。
システムのベルトコンベアーに乗せられ、
己を失って、ただ惰性的に生活をつづけているというのなら、
本質的に生きているとはいえない。
ならば人類滅亡論をいうことも意味がないじゃないか。
一人ひとりが強烈な生きがいにみちあふれ、輝いて生きない限り。
大多数の場合、「生きがい」という言葉とは、
無縁な生活をしているのではないか。
自分を大事にしようとするから、逆に生きがいを失ってしまうのだ。
己を殺す決意と情熱を持って危険に対面し、生きぬかねばならない。
今日の、すべてが虚無化したこの時点でこそ、かつての時代よりも一段と強烈に挑むべきだ。強烈に生きることは常に死を前提にしている。死という最もきびしい運命を直面して、はじめていのちが奮い立つのだ。
死はただ生理的な終焉ではなく、日常生活の中に瞬間瞬間にたちあらわれるものだ。
この世の中で自分を純粋に貫こうとしたら、生きがいに賭けようとすれば、必ず絶望的な危険をともなう。そのとき「死」が現前するのだ。
惰性的にすごせば死の危機感は遠ざかる。しかし空しい。
死を畏れて引っ込んでしまっては、生きがいはなくなる。
今日はほとんどの人が、その純粋な生と死の問題を回避してしまっている。だから虚脱状態になっているだ。
死は、非日常的で遠いものになってしまっている現代では、
「死」が現前する危機感は、縁遠いもの、
異なる世界のことになっているのではないか。
人間本来の生き方は無目的、無条件であるべきだ。
それが誇りだ。死ぬのもよし、生きるもよし、ただし、その瞬間にベストをつくすことだ。現在に、強烈にひらくべきだ。未練がましくある必要はないのだ。
一人ひとり、になう運命が栄光に輝くことも、また惨めであることも、ともに巨大なドラマとして終わるのだ。
人類全体の運命もそれと同じようにいつかは消える。
それでよいのだ。無目的にふくらみ、輝いて、最後に爆発する。平然と人類がこの世から去るとしたら、それがぼくには栄光だとおもえる。
「それでよいのだ」
肯定するところから、ひらかれ、輝き、爆発する。
夢に賭けても成功しないかもしれない。
そして、そのとき、ああ、あのとき両親のいうことを聞いておけばよかったとくやむこともあるかもしれない。
でも、失敗したっていいじゃないか。不成功を恐れてはいけない。
人間の大部分の人々が成功しないのが普通なんだ。
パーセンテージの問題でいえば、その99%以上が成功していないだろう。しかし、挑戦した上での不成功者と、挑戦を避けたままの不成功者とでは全く天地の隔たりがある。
挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが約束されるだろうが、挑戦を避けたままで降りてしまったやつには新しい人生などはない。
ただただ成り行きにまかせてむなしい生涯を送るにちがいないだろう。
結果がまずくいこうがいくまいがかまわない。
むしろ、まずくいった方が面白いんだと考えて、自分の運命を賭けていけば、いのちがパッとひらくじゃないか。
何かをつらぬこうとしたら、体当たりする気持ちで、ぶつからなければだめだ。体当たりする前から、きっとうまくいかないんじゃないかなんて、自分で決めて諦めてしまう。
愚かなことだ。
ほんとうに生きるということは、自分で自分を崖から突き落とし、自分自身と闘って、運命をきりひらいていくことなんだ。
それなのに、ぶつかる前からきめこんでしまうのは、もうその段階で、自分の存在を失っている証拠じゃないか。
人生を真に貫こうとすれば、必ず、条件に挑まなければならない。
いのちを賭けて運命と対決するのだ。
その時、切実にぶつかるのは己自身だ。己が最大の味方であり、また敵なのである。
他人から見ればとるに足らないようなバカバカしいものでも、自分だけでシコシコと無条件にやりたくなるもの、情熱をかたむけるものが見出せれば、きっと眼が輝いてくる。
これは自己発見だ。
生きていてよかったなと思うはずだ。
何か、これと思ったら、まず、他人の目を気にしないことだ。
また、他人の目ばかりでなく、自分の目を気にしないで、委縮せずありのままに生きていけばいい。
これは、情熱を賭けられるものが見つからないときも大切だ。つまり、だめならだめ人間でいいと思って、だめなりに自由に、制約を受けないで生きていく。そうすれば、何か、見つけられるチャンスがおのずからひらけてくる。
一日も早く実行してみるといい。
「そうだそうだ!」
大きくうなづけて、納得できる。
背中を押されている、応援されているようで嬉しくなる。
初版は1988年、
38年経った今も、全く古臭くない。
それどころか、いまだに新しい感覚に感じる。
「自分らしく生きる」
「自分の人生を生きる」
「自分を生きる」
「自分を見失わない」
月並みな言葉が、やけに心に響く。
~今日の曲~
"Naked" James Arthur
~最後まで読んでくださった方へ~
心よりありがとうございました😊
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