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身体は、変化してから気づく。何も起きていないとき、人は身体を見ていない。

肩が痛くなって、姿勢を気にする。
眠れなくなって、睡眠を調べる。
抜け毛が増えて、初めて髪を見る。
胃が重くなって、昨日の食事を思い出す。

不思議なのは、どれもその日突然、身体に現れたわけではないことだ。

それ以前にも、
肩はそこにあった。
毎晩眠っていた。
髪は毎日生え、毎日抜けていた。
胃は何年も、黙って働いていた。

うまくいっている身体には、ほとんど気づかない。

身体はずっと存在しているのに、身体を意識するのは、たいてい何かが変わったあとだ。

なぜだろう。

「何も感じない」は、何も起きていないという意味ではない

今、この文章を読んでいる間にも、
心臓は動いている。
肺は呼吸している。
血圧や体温は調整されている。
胃や腸も動いている。

身体の内部では、膨大な変化が続いている。

それでも普通は、
「いま心臓が収縮した」
「血圧が少し変化した」
「胃がこのくらい膨らんでいる」

などと逐一感じることはない。

身体には、内部の状態を感知し、それを神経系で処理する仕組みがある。
これをinteroception(インターオセプション/内受容感覚)という。

かなり大雑把に言えば、身体が、自分の内側で起きていることを知る仕組み

心拍。
呼吸。
空腹。
喉の渇き。
体温。
内臓の状態。
自律神経やホルモンに関係する信号。

研究上の定義には幅があるが、インターオセプションは、身体内部から届く信号を感知し、解釈し、統合していく一連の過程として考えられている。

自分が身体を気にしていない時間にも、自分自身を監視し続けている。

身体は、問題が起きてから調整を始めるわけではない


身体は、ただ異常が起きるのを待って、それから対処しているわけではない。
脳と身体は、これから必要になりそうな状態を予測しながら、内部環境を調整していると考えられている。

こうした考え方のひとつが、allostasis(アロスタシス)だ。

たとえば、立ち上がる。
運動する。
食事をする。
暑い場所へ出る。
仕事で緊張する。

身体は、そのたびに同じ状態を守っているわけではない。

心拍も変わる。
血圧も変わる。
ホルモンも変わる。
エネルギーの使い方も変わる。

つまり、健康な身体とは、「ずっと同じ身体」ではない。
むしろ、変わり続けながら、成立している身体に近い。

近年の研究では、脳が身体の内部状態を予測しながら調整するという観点から、インターオセプションとアロスタシスの関係も研究されている。

身体は静止しているように見えて、中ではずっと動いている。

それなのに、なぜ人は身体を忘れるのか

朝起きる。
シャワーを浴びる。
電車に乗る。
仕事をする。
人と会う。
食事をする。
スマートフォンを見る。
また仕事をする。
帰る。
眠る。

一日の大部分で、意識は身体の「外」に向いている。

メール。
数字。
会話。
予定。
ニュース。
SNS。

人間の脳は外界からも大量の情報を受け取っている。
その一方で、身体内部から来る信号も処理し続けている。
そして重要なのは、身体から信号が来ていることと、それを意識していることは同じではないということだ。

インターオセプションには、身体信号の検出から、その解釈、意識的な感覚まで複数の過程が含まれる。すべての内部情報が、そのまま意識に上がってくるわけではない。

考えてみれば当然だ。

心拍の1回1回。
呼吸の1回1回。
腸の動きの1回1回。

そんなものが全部、通知のように意識へ飛んできたら、仕事どころではない。
だから、身体を忘れていられること自体、身体がうまく機能している結果でもある。
これは少し皮肉だ。

痛みは、身体から届く「通知」なのか?

身体について考えるとき、
「身体の声を聞こう」
という表現がよく使われる。

便利な言葉だけれど、少し慎重に扱ったほうがいい。
身体から来る感覚は、単純な計測値ではない。
脳は身体内部から届く情報だけでなく、過去の経験や状況なども含めながら、身体の状態を知覚していると考えられている。

つまり、感覚は、身体から脳へ送られてくる一方通行のメッセージではない。
脳と身体の間でつくられているものでもある。

だから、
「痛い=ここが壊れている」
「疲れている=休めば必ず治る」
「何も感じない=完全に問題がない」
と単純には言えない。

身体は、そんなに単純な警告灯ではない。
それでも、何かを感じた瞬間に初めて、人の注意は身体へ戻ってくる。

鏡も、同じかもしれない

毎朝、鏡を見る。

でも、昨日と今日の顔の違いを説明できる人はほとんどいない。
毎日髪を見る。
それでも、「いつから少し細くなったのか」は分からない。

身体の変化の多くは、事件ではなく、連続している。
一日では分からない。
一週間でも分からない。

しかし数年前の写真を見ると、突然わかる。
「あれ、違うな」

老化という言葉も、少し奇妙だ。
老化が始まる朝があるわけではない。
昨日までは若くて、今日から老化するわけでもない。
変化は毎日の中に薄く分散している。
だから見えない。

そして、ある地点まで来たところで、それを「変化」と呼ぶ。

髪も、身体も、「結果」から逆算して見ている

これは、このJOURNALでこれまで髪について書いてきたことともつながる。

抜け毛を見て、髪について考える。
生え際が変わって、AGAについて調べる。
頭皮が脂っぽくなって、皮脂について調べる。
でも、本当はその前にも、毛包は活動していた。
毛周期は進んでいた。
皮脂腺は皮脂をつくっていた。
身体はずっと動いていた。

人はそのプロセスを見ていない。

結果が目に見えるようになったところから、過去を逆算している。
身体の面白さは、たぶんここにある。
身体は「変化した瞬間」を教えてくれない。
あとになって、「あの頃からだったのかもしれない」
と思わせる。

「身体を知る」は、身体を監視することではない

ここまで読むと、毎日もっと身体をチェックしたほうがいい、という話に聞こえるかもしれない。

でも、少し違う。
心拍を常に測る。
睡眠スコアを毎朝確認する。
鏡で髪を細かく見る。
肌の状態を記録する。
身体を数字にする方法はいくらでもある。

それ自体が悪いわけではない。
ただ、身体を知ることと、身体を監視することは同じではない。

すべての変化を捉えようとすると、今度は「正常な揺らぎ」まで問題に見えてくる。
昨日より眠れなかった。
今日は心拍数が少し高い。
抜け毛が数本多かった。
顔が少し疲れている。
身体は機械の製品検査ではない。
日によって変わる。
食事でも変わる。
睡眠でも変わる。
気温でも変わる。
仕事でも変わる。

だから必要なのは、身体から一日中目を離さないことではなく、たまに、自分の身体へ注意を戻すことなのかもしれない。

身体は、壊れたときだけ存在するわけではない

肩が痛くなる前にも、肩はあった。
眠れなくなる前にも、睡眠はあった。
抜け毛が気になる前にも、髪はあった。

身体に問題が起きると、急に身体の専門家になろうとする。

検索する。
調べる。
改善しようとする。
でも、身体について考える時間が、いつも「何かが起きたあと」だけなのだとしたら、少しもったいない気もする。

身体は、
治すためだけにあるものではない。
改善するためだけでもない。
鍛えるためだけでもない。
美容の対象だけでもない。
何かを考え、仕事をし、誰かと会い、街を歩き、人生を続けているあいだ、ずっとそこにある。

当たり前すぎて、普段は見えないだけだ。

何も起きていないとき、身体を見る

痛くない。
眠れている。
髪も特に気にならない。
体調も悪くない。

そういうとき、身体について考える理由はほとんどない。
でも、もしかすると、身体を見るのに一番いいのは、何かが起きる前なのかもしれない。

問題を探すためではない。
未来の病気を予測するためでもない。
自分が毎日使っている身体が、いまどういう状態なのか。
少しだけ知るために。

身体は、変化してから突然現れるわけではない。
ずっとそこにいた。
私たちの注意が、あとから追いつくだけだ。


30秒でわかる|なぜ身体の変化は「あとから」気づくのか

身体内部では、心拍・呼吸・体温・内臓活動など多くの情報が常に処理されています。これらを感知・統合する仕組みの一つが「インターオセプション(内受容感覚)」です。
ただし、すべての身体信号が意識されるわけではありません。身体は意識の外でも調整され続けています。
そのため僕たちは、身体の状態そのものよりも、痛みや見た目など「注意を向ける理由」が生まれてから変化に気づくことがあります。
身体を知ることは、異常を探し続けることではありません。
何も起きていない身体にも、ときどき注意を向けること。
そこから始めてもいいのかもしれません。


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「男の肌は、なぜ40代で急に変わったように見えるのか。」
老化は、40歳の誕生日に始まるわけではない。
それなのに、なぜある時期から「顔が変わった」と感じるのか。次は、男性の皮膚と時間の話をします。


REFERENCES

  • Khalsa SS, et al. Interoception and Mental Health: A Roadmap. Biological Psychiatry: Cognitive Neuroscience and Neuroimaging. 2018. PMID: 29884281.

  • Chen WG, et al. The Emerging Science of Interoception: Sensing, Integrating, Interpreting, and Regulating Signals within the Self. Trends in Neurosciences. 2021. PMID: 33378655.

  • Barrett LF, Simmons WK. Interoceptive predictions in the brain. Nature Reviews Neuroscience. 2015. PMID: 26016744.

  • Pezzulo G, et al. Interoception as modeling, allostasis as control. Biological Psychology. 2022. PMID: 34942287.

  • Parma C, et al. An Overview of the Bodily Awareness Representation and Interoception. Brain Sciences. 2024. PMID: 38672035.


※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、医学的な診断・治療を目的とするものではありません。身体の痛みや不調、その他気になる症状が続く場合は、症状に応じた医療機関へご相談ください。


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