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嗚呼mixi、我が青春~懐かしき「#SNSの思い出」を振り返る

こんにちは、水無瀬あずさです。ごぶさたです。

前の投稿からずいぶんと期間が開いてしまいましたが、まあそれはそれは納期に追われておりました。先週本当に忙しすぎてヤバかったです。そう、夜のゲーム時間を減らさなければいけないくらいには(余裕あるやんけとか言わない)。ガチでおちおち体調崩してもいられねえや!って状態でしたが、なんとか山は越えられた気がします。

体調といえば、うち近辺はインフルエンザがガチめに猛威を振るっており、次男くん(中2)のクラスは先週の木曜(11/13)から学級閉鎖になりました。ちなみに次男くんのクラスは2-2で、同じく2-1、2-5が同じタイミングで学級閉鎖。土日空けて11/17に2-3、2-4、2-6が学級閉鎖となり、2年生クラスは全滅状態になっております(全6クラス)。そして今朝、1-1が学級閉鎖との連絡。もはや地獄絵図やでえ。

さらに次男くんは学級閉鎖の翌日、11/14から発熱。これはもう間違いないですよね?と病院に行き、めでたくインフルエンザA型の診断をいただき、今週水曜(11/19)まで自宅に軟禁状態であります。とはいえ予防接種を受けていたせいか症状は軽く、熱は最初の2日だけ出たけど食欲もあり、今日などは「お腹がすいた」といつも以上に元気いっぱいご飯を食べておりました。「早く学校に行きたい」とも言っていたし、あと一日のガマン。

今のところ家族内感染はなさそうですが、手洗いうがいを徹底したいと思います。これを読んでいる皆様も、マジでマジで体調管理、くれぐれもお気を付けくださいね!

と前置きが長くなりましたが、今回はお題企画です。私の所属している共同マガジンにしてコミュニティ「ピコピコ中年の給湯室」の仲間でZINE的にやっている企画でして、今回のお題は「SNSの思い出」。noteもSNSの一種にカウントされるようですが、私にとってのSNSといえばやっぱり旧mixiなんですよね。本当に流行っていたので、同世代の方なら首がもげるほど頷いてくれるはず。

ということで、今回はそんなSNS、とくにmixiに思いを馳せるnoteです。よろしくお付き合いください。


【注意喚起】Xでなりすましアカウント発見!

お話に入る前に、注意喚起というかお知らせというか。Xで私のなりすましアカウントがいやがりましたが、無事凍結されました。11/17の夕方にXに通報し、本日(19日)早朝、対応したと連絡をもらいました。思ったより対応早かった。

Xからのメール

私の正しいXアカウントはこちらです。2018年からのユーザーです。

水無瀬あずさの正しいXアカウント

発覚のきっかけは、今回のテーマ企画の場でもある「ピコピコ中年の給湯室」の仲間とのDiscordでした。給湯室メンバーのおぽのさんが「自分のなりすましアカウントがある」と教えてくれて、「え、なにそれファンなの?www」とか笑っていたら、同じくメンバーのぴぴぴさんが「自分のもあった!」と報告してくれて、「またまたあ~」とからかい半分に自分のも探してみたら、まさかのあったという。おいマジかよふざけんなって感じでした。なおメンバーの高男さんは、「自分のはなかったので」と新たに「偽物」と銘打ったアカウントを作り出す始末で、なんかもう給湯室カオスすぎるって。

私はそもそもXなんて片手間でしかやっていなかったので、通報とかやった経験もなく。どどどどどうすんのよっておっかなびっくりに通報しました。早めに気づいて本当に良かった。

また、私ひとりだったらそんな状況で「どうしよう!」ってビクビクしていたかもしれないけど、給湯室メンバーとワイワイしながら状況を確認できたのも、本当に助かりました。しげながさんの鋭いツッコミには胸を撃たれましたし・・・!楽しい仲間と交流できる場所、本当に貴重です。みんな本当にありがとうね・・・!

なお件のアカウントですが、noteのプロフィールをそのままコピーしているっぽかったです。おそらくだけど、AIを使って自動化しているのではないかと思われます。

AIは本当に便利だし私も毎日使い倒しているけれど、こういう形で悪用する輩もまあ出てくますわな・・・。なので、noteを使っている方、もしかすると同じような状況の方がいるかもしれません。念のため確認してみてください!そして見つけたら即通報しましょう!なりすまし撲滅!!!

これは「ピコピコ中年の給湯室」のテーマ企画です

さて、ここからが本題。今回のお題「#SNSの思い出」は、私が所属する共同マガジン兼コミュニティ「ピコピコ中年の給湯室」のテーマ企画です。

そこそこいろいろな経緯があってできたコミュニティですが、そのへんは過去記事をぜひご参照ください。もし「我こそは」という奇特な方がもしいらっしゃったら、私までDMください。

さて、このテーマ企画、第一弾は「#休日の過ごし方」、第二弾は「#私のストレス解消法」、第三弾が「#私の本棚」と、noteのお題企画をみんなでやってみようということで駆け抜けてまいりました。まとめはこちら、メンバーの記事のリンクもあります。

みんな違ってみんないい、は金子みすゞさんですが、まさにそれ。それぞれが全く違うバックグラウンドを持つからこそ、同じテーマで記事を書いても全く違うものになるのが本当に面白いなあと思って毎回読んでおります。全く愉快な人たちと知り合えたものだ。いつか本当にみんなでZINEを作って、何かのイベントで配布とかできたら楽しそうだなあと夢見ている私です。

「はじまりのSNS」は、やっぱmixi!

さて、早速テーマの内容に入っていきたいわけですが、「SNSの思い出」と聞いて私が想起したのはやっぱり、人生初のSNSとなったmixi(ミクシィ)です。mixi2というのが少し前に話題になりましたが、その旧バージョンといえばいいでしょうか。まだTwitterもFacebookもなかった時代、日本発のSNSとして大いに流行った黎明期のSNSです。

私のようにインターネット老人会に所属する人はだいたいやっていたmixiですが、その特徴は「招待制」「足あと」そして「コミュニティ」にあったと思っています。

そもそもmixiは、招待制でなければ参加できないというSNSでした。始めたときには必ず誰かとつながっていて、そこから少しずつ広がっていくもの。私は当時の彼氏(今の夫)に招待してもらい、そこから夫の友だちとつながり、夫も私の友だちとつながり、つながりがどんどん広がっていくという、今考えるとねずみ講みたいな(言い方ァ!)奇妙な広がり方をするのが特徴的でした。友だちがいない人はコミュニティで作る、みたいな。

現在の私のmixiプロフィールページ

SNSなんだけどどこか閉鎖的で、あくまで内輪ネタで盛り上がれる場所、それこそがmixiの魅力。その閉鎖的な雰囲気が子気味良くて、私はmixiの世界にずぶずぶハマっていました。楽しかったなあ。

個人のページを見ると「足あと」が付き、足あとが付いたら「足あと帳」という記事にコメントを書くのが何となくのルール。知らない人の記事を読んでは、「あしあとぺたぺた」とかコメントしたのを覚えています。今考えると非常にめんどくさ特徴的なローカルルールですよね。仲良くなると、フォローする関係、いわゆる「マイミク」になって、コメントなどでやりとりするようになります。

昔からの友だちとかには「紹介文」というのを書いてもらえる仕組みがあり、怖いもの見たさで読んでみました。一部ご紹介しますね。なお、私がmixiで日記を最後に更新したのは2012年04月11日です。

関係:同期だった

ほぼ10年ぶり  |° ∀° )コソーリ なんか…ピカピカピカチュウみたいです。 毒混じりの彼女の笑いはスベりません。 よろしくしてやって下さい。

高校時代の同級生からの紹介文

関係:ピカピカフレンド

頭の中にはピカチューしかいません。 「ゴルァ」「ウザイ」「シネ」の3言しか発しません。。 誰もが恐がる強烈なオーラを放っています。。。 とにかく目が合ったらすぐに謝るのが一番ですッ!!! それでも一緒にいるとおもしろいのは何ででしょう?? あ、意外にも料理が上手ッ!ぴかぴか(新しい) ステキすぎる大学の先輩ですッ☆

mixiコミュニティで仲良くなった大学の後輩からの紹介文

関係:カオス

初めて会ったときから、何か感じるものがありました ( ( ( ( ( (゚∀゚) ) ) ) ) ) デンパ 毎日ストレス解消に付き合っていただいてます。 とても面白い方ですぞ。これは大問題ですぞ。 とかいう変なやりとりをしてクスクス笑いあう仲です。

職場の友だちからの紹介文

当時のことをよく知らないキッズたちは、この独特のテンションにドン引きするかもしれないんですが、まあどこもこんな雰囲気でした。当時は2ちゃんねる(現5ちゃんねる)文化というか、こういう半角の顔文字を使うのって割と普通だった・・・ような気がします。エンジニアはだいたい2ちゃん民だったし。ちな私はROM専ニュー速民でした。

それにしてもなんかこう15年以上前のことなのに、毒まじりでピカチュウ好きでテンションがおかしいとか、もしかすると人間、年月が経っても大きく変わることなんてないのかもしれません。っていうかもう久々にじっくり読んでみたけどマジで黒歴史ッッッ!!!

私の#SNSの思い出

自分のmixi日記を読んでみて、ウフフと笑顔でいちいちそっ閉じしたわけですが、そんな黒歴史に耐えつつ当時のことを思い出してみたいと思います。

彼氏(今の夫)からの招待で開始

そもそも私がmixiを始めたのは2005年。新卒の会社(神戸)を辞めて転職し、横浜に引っ越してきたタイミングでした。夫は会社の先輩でして、割と早い段階で仲良くなって飲みに行ったりしていて、気づけば付き合うようになり、そんなぐらいの時期に招待してもらったと記憶しています。

最初は本当に右も左も分からず、夫と夫の友だち何人かぐらいしか繋がりを見つけられませんでした。でもせっかくだからなんか記事でも書こうかなと日記を書き始め、なんかコミュニティっていうのがあるらしいぞと参加し・・・気づけばリアルの友だちだけでなくmixi上だけの友だちというのもずいぶん増えました。オフ会で会った人も結構いたような。

当時の私はエンジニアとして客先常駐でゴリゴリ働いていて(ちなみに20代、ピッチピチ!)、言ってみればストレスMAXの時期でした。仕事が嫌すぎてひたすらmixiに愚痴を吐きまくっていて(今考えると相当やべえ)、仕事と関係ない友達との交流で癒されていたんですよね。まあmixi内の友だち(マイミク)にしか公開していなかったので良いとしても、なかなか荒んだ毎日を送っていました・・・。

ある日の日記(読んでドン引き)

その間に結婚して、仕事をやめて、専業主婦になって、派遣で働き始めて、出産して・・・私の人生、mixiとともにあったと言っても過言ではありません。マジで。当時の日記がまるっと残っていて、黒歴史で恥ずかしいながらも「ああそんなこともあったな」「そんなところにも行ったっけ」と非常に懐かしく思い出させてもらいました。

夫と結婚して専業主婦になってからも、何かあるたびにmixiを更新した私。ということはですよ、mixiで夫ともつながっているので、私のプライベートはmixi経由で夫にほぼ筒抜けなわけです。そうすると何が起こるかっていうと、夫が仕事から帰ってきてから私が「ねえ聞いて聞いて!今日こんなことがあってさ!」って話し出すと、夫に「ああ、読んだよ」と返され、「・・・ダヨネー(スンッ)」――会話終了、みたいな。あれもこれも暇さえあれば日記を書いていたせいで、夫婦の会話がmixiによってだいぶ減ってしまったんです。

で当時の私は今の3倍ぐらい尖って尖って殺意をまき散らしていたので、「私に喋ることがないんだから、そっち(夫)がなんかしゃべりなさいよ!」ぐらいのことを思っていました。でも夫は仕事でクタクタなわけで、んな無茶なって話ですよね。結果、新婚なのになんか会話があんまりないみたいな、殺伐としているみたいな、今考えるとあまり仲良くなかったかもしれない関係性だったのでした。

私たちが今とてもいい関係性なのは、家族会議のおかげなのです。

このときの経験があって、私が出した結論は「SNSを家族で共有するのは止めよう」でした。やっぱ嬉しいことは嬉しいテンションで、悲しいことは沈んだ感じで、「聞いて聞いて!」ってやりたいじゃないですか。SNS上でテキストでそれを共有しちゃうと、それが全然できなくって窮屈だなあってすごく思ったんですよね。だからmixiからFacebookに移動したとき、夫に「友だち申請しないでね、私もしないから」とお願いしました。

まあ今はSNSとも適度に距離を保てるようになってきたので、夫とXやnoteで全然繋がっていますけどね。mixi時代のようにプライベートをガンガンにSNSに晒すとか、今はもう怖くてできねえわ・・・。

今見ると駄文しかないわけだが

ここまでいろいろとmixiの文章などをご紹介して何となく薄々察してくださっているかと思いますが、今読んでみるとマジで駄文しかなくてドン引きです。本当にただの日記。エッセイでもなく日記。誰かに読んでもらうとか考えていない、ひたすら自己満足の文字をしたためています。どうなのよ。

とはいえ、だからこそいろいろ書いていた頃のことがバーッとフィルムのように思い出せるっていうのもあります。これはもう本当に若気の至りってやつだなと切に思いました。辛うじて載せられそうなやつを供養として引用しておきます。笑ってください。

3歳を前に、
兄クンはめでたくオムツ卒業(※夜は除く)しました。

一時私が躍起になってカリカリしてて、
このままじゃダメだ
トイレトレーニング一回止めよう、と思った矢先に
自分から「トイレ行くー」と申告してくれるようになり、
そうかやっぱガミガミ言うとダメなのねーと
反省することしきりです。

子育ては本当に奥が深い。。。

最近では
玄関のほうから全速力でダッシュした速度のまま、
つかまり立ちをしてる弟クン目掛けて

「ドーン!!」

とか
ぶつかって突き飛ばすもので。
※悪意はないらしい
(もちろん弟クンはギャン泣き)

「あああああああ!! Σ(゚д゚lll)」

と、1人大声で叫ぶ水無瀬の姿は
もはや我が家の風物詩と化しています。

そんな環境に居る弟クンはさすがに
逞しく成長しているようで、
じゃれてるつもりで乗っかってくる兄クンの
顔面を叩き、髪を引っ張り
返り討ちにするという猛者っぷりです。
※こちらも悪意はないらしい
(兄クンはギャン泣き)

そしてこういうとき
一体どちらを叱ればいいのかしらと
真剣に悩むわけです。

喧嘩両成敗???

mixi(2012年04月11日)「サクラサク3年目。」より

長男氏が3歳、次男くんが1歳直前の記事のようです。当時は専業主婦で、育児に慣れないながらも楽しみながら奮闘していたのを思い出します。

あとmixi現役時代の私、自分の写真をたくさんたくさんアップしていました。何故か自分に自信満々だったんだよね。若いってすごい。でも今見てもなかなか可愛かったんじゃない?と自画自賛を込めて、こちらも供養のために一部挙げておきます。Canvaのグリッドを使用してみた。

mixiには黒歴史がいっぱい!

当時、同僚や夫の友だちから「ギャル」と言われるのが非常に不満だったんですが、今写真を見てみると「うーん、確かにこれはギャルだったかもしれませんな・・・」と客観的に思いました。女子力こそなかったけど、イケイケだったね。

こういうのも含めてmixiを見返してみると、今はライターをやっているおかげで多少なりとも「誰かに読ませる文章」っていうものが書けるようになったのかなと思います。成長したってことにしておこう。あと、昔から文章書くのが好きだったんだなあっていうのを改めて思い出しました。

コミュニティで出来た友だち、今も仲良し!

mixiにはコミュニティという文化があり、多くの人が複数のコミュニティに所属(って言っていいのか?名前だけって感じのものがほとんどだった気がするけど)していました。結構「承認制」っていうのも多かったよね。

私も、例に漏れず多くのコミュニティに入っていましたが、中でも一番活発に活動していたのが「東京KG会」でした。「東京(関東近郊)にいる関西学院大学(関学:KG)の卒業生で集まろう!」という趣旨のコミュニティです。その時はたまたま「両国でちゃんこ鍋を食べよう」というイベントの募集中でした。

私は大学卒業後神戸に住んでいたのですが、転職して横浜に来て、関西時代の友だちが近くにほぼいなくなってしまいました。それが寂しいと感じていたちょうどそのとき、たまたまmixiでこのコミュニティを発見したんです。

「大学つながりなら初対面でも共通項があるし、大丈夫かも!」と思って参加して、そこで常連メンバーと出会って意気投合。以降頻繁に飲み会をするようになり、最終的に10人ちょいぐらいがいつメンとして固まりました。

2013年の飲み会の帰り
(言うまでもないかもだが私は中央一番後ろ)

今でもつながっているのは5人ぐらいなんだけど、うち2人とは2ヶ月に1回ぐらいの頻度で会うくらい今もすごく仲良し。あのときは、まさか20年来の友だちになるなんて思いもしなかったなあ。mixiがつないでくれたご縁は健在です。

mixi本社で働いていた時期もあったり

これはSNSの思い出とは直接関係ないかもなんですが、実は長男氏の妊娠が発覚するまでの半年間、派遣社員としてmixi本社で働いていたことがあります。

当時は原宿にオフィスがあって、毎朝渋谷駅(まだ工事中で汚い)の構内にある立ち食いそば屋でそばを食べて出勤していたのを懐かしく思い出します。ピチピチの20代女子が朝っぱらから立ち食いそば食うなよって感じですが、おそば好きだったんだもん。

配属されたのは営業部で、携帯電話(当時はまだガラケー)の広告の入稿と表示チェックが主な仕事でした。Docomo・Vodafone(今のSoftBank)・auの3機種のガラケーそれぞれで表示確認をするというもの。今では考えられないことですが、当時は携帯会社ごとに表示が違うことも多くて、それぞれでいちいちチェックをしていたんです。エロマンガとエロゲの広告が8割ぐらいで、審査が通る通らないって話をよくしていました。20年経っても社会、あんまり変わらんですね。

営業部は当時のmixi社長・笠原氏の直属だったこともあり、笠原氏をオフィスでたまに見かけましたね。あとフロア中央がドリンクバーみたくなっていて、コーヒーとか紅茶とかが自由に飲めるのも感動した。営業部だったので、しょっちゅう出張のおみやげのお菓子が置いてあって、いろんな差し入れをいただきました。休憩スペースには卓球台やマッサージチェアがあって、マッサージチェアはお昼休憩の後でよく使わせてもらいました。20年前のことですが、いわゆるベンチャーの先駆けとして非常に華やかな職場だったと記憶しています。

そんな楽しい職場も、長男氏の妊娠が発覚し、切迫早産気味ということで働くのを断念したため、半年という短い期間で退職することなってしまいました。仕事がとても楽しかったから、辞めるのが本当に悲しかったです。広告の入稿だけでなくさまざまな仕事にチャレンジさせてもらえて、辞めるときも「本当にありがとう」ってすごく言ってもらえて、妊娠初期の不安定な時期だったからっていうのもあるけど、駅までの帰り道で号泣しました。若かったな。

当時の日記が残っていたのでご紹介。

最終出勤日の帰る直前は、
職場の皆様がわざわざ集まってくれて、
プレゼントもらったり、お言葉を貰ったりとか。
してもらいました。

もしかして、、、とは思いつつ、
ほんと辞めたくない職場だったから
最後とか考えると泣けてくるし、
あえて何も考えず、気づかないフリをしてたんだけど。

実際その場に立たされて、
拍手なんかされたりするともう我慢できなくなって、
それでもちょい涙目になりながら必死に堪えて。
こーいう状況でもなぜか我慢してしまう私、
意地っ張りな悲しい性格であります。

しどろもどろの挨拶も、
実際に考えてたことの3分の1も言えなかったけど、
終わったら速効で荷物まとめて、
会社を逃げるよーに飛び出しました。

拍手して送り出してくれるのとか、
もう耐えられないし!!!
(つд⊂)エーン

ビルの下まで見送りに来てくれた同僚には
ほんとに心からアリガトウって思って。
最後まで頑張って涙をこらえて、
手を振って別れて。
歩き出した瞬間に、
涙があふれて止まらなくなりました。

あたしほんとに、この職場好きだった。
辞めたくなかった。
みんな、大好きだったなあ。。。

原宿の駅まで向かう道、
号泣しながら歩いてたら
(すれ違う人にすごい不審な顔された。そりゃそうか)
外出先から戻ってきたらしい営業さんと遭遇、
声をかけられて。
挨拶されて、握手した。
号泣してるとこモロ見られた。
カッコ悪!!
Σ(; ゚Д゚)カッ

赤面しながら歩いてて、フト気づく。

帰る直前にみんな宛てに送ろうと思ってたメール、
一時保存したまま送ってねーし!!
けっこう時間かかったのに!!
ガ━━(;゚Д゚)━━ン!!

も、戻ろうか。
でも今戻るのとかもっとカッコ悪!!!
このタイミングでは電話するのもなんかイケてない。
仕方ないので、慌てて職場の友達にメール。

『一時保存のメール送っといて!』
すぐに気づいてくれたらしく、
友達から『送っといたよ( ´∀`)σ)∀`)』的な返信。
寂しい~ってメールの文面を見て再び号泣。
もうガマンもできん。。。

山手線の電車に乗り込みながら
ボロボロ泣いてる私を
外国人のおぢさんが不思議そうに眺めてました。

涙もおさまらない私を見て、
渋谷駅で待ち合わせたダンナさんドン引きだったけど。

「お疲れさま。」って言ってくれて
東横線の電車の中でまた泣いたけど。
いいじゃないか。
今日くらい泣いたって。

これだけ泣けるくらい、
好きな職場だったんだってことだよ。
幸せなことだね。

泣きながら歩いてたら、コポンがお腹をツンツン蹴ってきて。
(※コポン=お腹のなかの長男氏)
歩いてる時に動くのって珍しいんだけど。
慰めてくれたのかな?

mixi(2008年12月01日)「師走の朝」より

こんな感じで、mixiはSNSとしても、仕事の職場としても、私にとっては非常に思い出深い存在だったんです。文章はちょっとアレですが、歳を重ねると、そういうのもなんか、しんみりとくる思い出に変化するもんですね。

ちなみに上の日記でメール送信を頼んだ同僚とは、今も年賀状のやりとりでつながっています。久しぶりにまた会いたいなあ。

終わりは意外とアッサリだった

mixiの終わりは意外とあっさりしていました。ある時のアップデートから突然、mixiが招待制じゃなくなったんですよね。象徴的だった足あと機能もなんか仕様変更が入って(どんな変更だっけ・・・?)、ああもう私の好きだったmixiじゃなくなったんだなと思いました。

仲のいい友だちとは既にリアルでつながっていたし、mixi自体も一時期に比べると利用者も減り、私自身もあまり日記を書く機会も減っていたので、そろそろ辞め時かなあ~なんて考えていて。そのタイミングで、リアルでつながっていたmixi仲間がほぼすべてFacebookに移動したことを知りました。当時はFacebookが勢いを付けていた時期だったのでね。

で、私はFacebookが好きとか全然なかったんだけど、「みんなが移るなら」って軽い感じでお引越し。mixiアカウントはそのまま放置されていましたが、昨年mixi2が話題になったときに久しぶりに掘り起こされたのでした。

今も「SNS疲れ」って言葉はあるけど、mixiってSNS黎明期を支えた超人気サービスだったから、逆に「mixi疲れ」を起こしている人も少なくなかったんですよね。人気が下火になってオワコン扱いされるようになっていたところに大きな仕様変更が入り、私のように見切ったユーザーって意外と多かったんじゃないかなと思います。

今やFacebookやXなど、SNSはすっかり海外企業にお株を奪われてしまいましたけど、日本にもかつては国産でブイブイ言わせていたSNSがあったんだぞっていうのは、ぜひみんな歴史として知っておいてほしい事実です。そしてまた、あの勢いがすごかった頃のmixiが失速せず頑張っていたら、今の勢力図はもっと違っていたのかもしれない・・・なんて思うことも。いつかまた、日本産SNSが世界を席巻する未来があることを願っています。

結び|mixiは私の青春そのもの

引用とか入れていたら文字数がえぐいことになっちゃったよおお!という感じですが、まさに私の青春そのものだったmixiについての思い出を長々と語らせていただきました。独身時代から出産後までをともに歩んできたmixi。新サービスmixi2に期待したいです(いや私やってないけど)。

XもFacebook(インスタ)も便利だし毎日利用しているけど、かつてのmixiの頃のようなワクワク感を感じることはもうないんだろうなと思います。今となっては、あれだけSNSにどっぷりハマった時期があるからこそ、「ほどほどに付き合うのが一番」と思えるし(なりすましとかもあるしね!)、適切な距離を保てているのかもなあ。ありがとうmixi。

ということで、非常に長くなりましたが、今回のnoteはここまで!ゲームやらなきゃだわああああああ!!

(※と書いて11/18の夜に投稿しようとしたところで、Canvaがクラウドフレアの不具合で使えなかったので断念し、投稿は本日になりました)

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