世代論は分断を招きがちだけど、実はすべてがつながっていると感じた話~『無敵化する若者たち』を読んだ感想と考察
こんにちは、水無瀬あずさです。つい先日ゴールデンウィーク総括とか書いたばかりだっていうのに、大変もう5月が終わるゥウウ!ということでね。月末恒例みたいなご挨拶で失礼します。
近く実績記事でまとめる予定ですが、今月はまあ子どもたちの予定で何やかや忙しくて、気づけば終わってしまった感じ。ちなみに次男くんは本日から修学旅行です。行き先は京都・滋賀。2年前の長男氏のときは京都・奈良だったんだけど、物価高やらの影響と京都はお高すぎるとかで、宿泊も行き先も琵琶湖になったそうですよ。何かなあ・・・とは思いますが、費用の7万円分、存分に楽しんで来てほしいもんです。
そんな慌ただしい毎日ではありますが、ぼちぼち勉強やら読者なんかもやっておりまして。今回は久しぶりに紹介したいと思える本を読んだので、そと考察をお届けします。本のタイトルは『無敵化する若者たち』。テーマは、私が個人的に興味を持って継続的に掘り下げている「世代論」、なかでもZ世代に関する考察です。
我が子たちZ世代を知ることは社会の、時代の「いま」を知ることであり、日本という国の行く末を知ることに他なりません。「今時の若者は・・・」と文句を言うのは容易いですが、彼らこそがこれからの社会を担う存在であり、そんなイマドキのワカモノについての理解を深めることこそ、持続可能性のある社会のあり方だと私は考えます。
ということで、最後までよろしくお付き合いください!
『無敵化する若者たち』と世代論への興味
『無敵化する若者たち』は、金沢大学の教授である金間大介さんの著書です。自身が大学で指導する学生の反応やさまざまなリサーチデータをもとに、「無敵化」しているZ世代の“鬼つよメンタル”の本質に迫っています。
大学生を含む現在の若者たちを主な対象として、彼らが抱える複雑で微妙な心理を解読していく本だ。扱うテーマは、キャンパスの中の学生生活をはじめ、働き方、恋愛、飲み会の場に至るまで、多彩な切り口を用意した。そこで醸し出される彼らの言動は、まさに「無敵世代」と呼ぶにふさわしい。本書で扱う無敵の若者たちの特徴はつぎの通りだ。
・安定志向が強く、仕事に対する熱意や欲求がない
・上の世代がためらうような権利主張を平気でする
・自己評価が高い
・いい子を演じることで上世代と一定の距離を保つ
・努力はその価値があってできる人がするもの
まさに無敵と思える状態がずらっと並ぶ今の若者たち。読者の皆さんも思い当たる点はあるだろう。しかし、そんな若者たちにも弱点がないわけではない。それはつぎの通りだ。
「言い訳」がないと自分から行動できない、異性が集まった場、同世代のいない世界、長文の熟考・深慮・考察、やりたいことが見付かった友だちから放たれる光と自分への不安
本書では、こうした味わい深い現在の若者たちの行動と心理を、「無敵」をキーワードにして、徹底的に可視化していきたいと思う。
私が金間先生の本を手に取るのは、これが二冊目。一冊目は、本屋でたまたま見つけて手に取った『いい子症候群の若者たち』でした。
noteも書いています。今とちょっと書き方が違っていて、読み返していたらなんだか恥ずかしくなったけども・・・。
昔から世代論に対しては興味があったのですが、そのルーツを辿ってみると、やはり自分が氷河期世代として就職活動で苦労し、ときに理不尽な思いを経験したからじゃなかろうかと思います。私たち氷河期世代はどうしてあれほど窮屈な状況に押し込められてしまったのか。では上の世代とは何が違ったのか。下の世代とは何がどう違うのか。誰が悪い、何が原因だというのを突き止めたいわけではなくて、純粋に「どうしてそうなったのか」を知りたいと感じたんですよね。
中でもZ世代は、これまでの世代論からするとかなり異質とみなされる存在です。社会の構造が何もかも変わり、私たちが「当たり前」と思っていることが「当たり前」とはならない世代。まさに我が子たちもZ世代なのですが、彼らと私たち世代の根本的な、本質的な違いは何なのか。とても興味があります。
金間先生の本は、そうした私の疑問に真正面から答えてくれる素晴らしいものでした。『いい子症候群の若者たち』を読んだおかげで、私は若者に対する解像度が上がったと感じます(注:解像度が上がったからといって、上手に付き合えるようになるわけではない)。
続編である『無敵化する若者たち』も、ご自身の体験談や感想がふんだんに盛り込まれているので面白く、しかも非常に読みやすい良著です。
私が今回一番興味深かったのは、「はじめに」にあったこの問題です。「時間ギリギリにゼミ室に入ったら最後の一人でした。さあ今どきの若者は、どこに座るでしょう?」という問題。あなたは分かりますか?

まあ答えはここには書かないんですけれどもね(!)。気になる方は、ぜひ実際に本をごらんください。ただまあ、答えを見て私はビックリしました。そう来るか!という感じ。こういう独自の視点がたくさん盛り込まれているのが、この本の面白いところなのです。
加えて、金間先生の本で私が何より素晴らしいと感じるのは、面白おかしく話を展開しながらも、さまざまな数値データの考察をもとに冷静に結論を導いているところ。そして、イマドキの若者像をややシニカルに分析しつつ、大きな愛を持って道を示しているところです。きっと学生に対しても愛情ある指導をされているんだろうなあと想像します。もし可能なら、聴講生として授業を受けに行きたい!
たまたま本書と並行して、あるルッキズムに関する考察本を読んでいました。「データから読み解く」みたいな触れ込みがあったから買ったのですが、読んでみたら具体的な数値データがほとんど提示されていなくて(数値のないざっくりした図解はいっぱいあったけど)。「これって単に作者のお気持ちであって、データに基づく考察ではないよね・・・」と正直ガッカリでした。
数値データって良くも悪くも(その時点、一定の条件下での)ゆるぎない事実であって、それを起点に持論を展開することで説得力が生まれます。ビッグデータ時代と言われて久しいですが、改めてデータの持つ公平性、信頼性を実感したなど。
『無敵化する若者たち』を読んで考えたこと
私が『無敵化する若者たち』を読んで考えたことなどをまとめてみます。世代論って、分断じゃなくて数珠繋ぎなんだよなあ。
“鬼つよメンタル”ではない。けどハートは防弾ガラス
『無敵化する若者たち』では、今の若者世代のさまざまな意識調査をもとに、次のような傾向があることを示しています。
・安定志向が強く、仕事に対する熱意や欲求がない
・上の世代がためらうような権利主張を平気でする
・自己評価が高い
・アウトではないけど微妙に失礼
・いつでも親が味方
・他世代に比べ恵まれた労働環境
・ストレスやハラスメントのない無菌化された職場が用意されている
・いい子を演じることで上世代と一定の距離を保つ
・自分や近しい人がよければそれでいい
・嫌われることを気にしない
ここから何となく読み取れることは、親や学校、職場などが大切に大切に守って育てた結果、自己評価が高く、より「個」を重視した安定志向の世代が爆誕した・・・といったところでしょうか。自分も子どもを育てる保護者としては、そうやってきた自覚が強くあります。
SNSの浸透も、Z世代をZ世代たらしめる現象の一つですよね。スマホの画面の中だけ、自分がつながっている小さなつながりだけが「私の世界」。それ以外は関わりがないからシャットアウト。私がいるから周りがいる、そういう「個」至上主義みたいな感覚、今の若者にはある気がします。
でもそうやって無敵で“鬼つよ”メンタルを持っている反面、今の若者って非常に打たれ弱いと感じることもしばしば。というか我が子たちと話していると、「そんなこと気にするの?」「別によくない?」と感じることが多々あるんですよね。これは大事に育てられ過ぎた弊害なのかなあ。さながら「ガラスのハート」ならぬ「防弾ガラスのハート」のようだなと思ったり。
努力不要論と「ガチャ」の思考には納得
『無敵化する若者たち』では、World Values Survey(WVS)という調査データが紹介されています。ある設問で、AとBのうちどちらがあなたの考えに近いかという問いが示されているのですが、この結果が衝撃。Aは「勤勉に働いても成功とは限らない。むしろ運やコネによる部分が大きい」、Bは「長い目で見ると、勤勉に働けば生活が良くなって成功するものだ」。
この国内の結果としては、若い世代ほどAの割合が高いことが示されました。つまり人生なんて、努力じゃなくて運やコネを持ったもん勝ちと考える人が多いってこと。さらに金間先生は、「僕の肌感覚では、今の20代や、大学生、高校生における『人生は運やコネで決まる』感は、ここで示されたデータ以上に強まっているように思う」(第3章より引用)とも指摘しています。
「ガチャ」は近年非常によく目に、耳にするようになったワードの一つですよね。ソシャゲでは「ガチャ〇回無料!」とかよく見かけるので、その影響は大きいと思いますが。ガチャガチャ自体は昔からあったけど、何かあると「親ガチャ」「上司ガチャ」みたいな感じでちょっとシニカルに表現されるの、昔はなかったと思います。
努力して上り詰めるより、もともと上位にいてそこそこの努力で上に行くほうが効率的。そんな悲しいほどの諦念感が浮かび上がってきます。そういえば我が子たちもよく「そんなの最初から運ゲーだし」「無理ゲーだから努力しても無駄」とかよく言っているなあ・・・。
私たち世代は、子ども時代からとにかく「何でもいいから頑張れ。頑張れなくても頑張れ。倒れても頑張れ」と鞭打たれてきたというのに。この20~30年の目まぐるしいほどの変化を痛感します。まあ昔の考え方は絶対に間違っていたと思うので、無くなってくれて良かったんですが。
確かに今の時代、「頑張れ」って言わなくなりましたよね。私の母はうつ病だったので、絶対に「頑張れ」とは言っちゃいけない聞いたものですが、今や日本全体で「頑張れ」は言っちゃいけない言葉になってしまった。私は「頑張れ」って言葉、とても好きですけどね・・・。
僕は、Amazonの検索結果を見て、明確にわかったことがある。
それは、もう今の日本では「努力」という言葉が完全なネガティブワードになったということ。「努力」とは、「いらない」、「やめよう」と言われる言葉なのだ。(中略)
いつから日本では、こんなにも「努力」に負のイメージが付きまとうようになったのだろうか。
でも努力って、生きていれば絶対に必要なことです。それは勉強かもしれないし、友達付き合い、恋人づきあい、仕事、家事・育児、推し活かもしれないけど。辛いけど何とか踏みとどまってあれこれ考えながら努力する経験って、これからの長い人生で、必ず生きる糧になります。「あの時は頑張れたんだから」「あの時に比べたら」って自分を奮い立たせる時が、必ずくるから。
どうか若者たちが、努力する自分を恥じない世の中であってほしいと願います。「ロスジェネ」なんて言われた私たちとは違って、モノもサービスも溢れかえっている豊かな時代なのに、心だけが豊かでないなんて悲しすぎるよ。
私は昔から努力家と言われるし、自分は努力していると自負しているし、なにより努力している自分が好き!だから子どもたちにも、努力ってしたほうが人生得だよ、将来楽しくなるよ!と教えています。もちろん努力は必ずしも報われるものではないけれど、自分の行いは必ず自分に還ってくるものだと思うから。努力を惜しむことなく、長い目で見て「自分を豊かにする」人生を歩んで欲しいですね。
「無敵化」は親世代が大切に育てた副産物
『無敵化する若者たち』の後半で、「今の若者が無敵化したのは、それを望んだ親世代の影響だ」ということが書かれています。ここ、考えたことなかったけど、とても納得感を覚えました。本当にその通りだと思ったんですよね。
若いときから失われ続けた社会の中で、社会人になり、上司や先輩となった今の親世代。そんな彼らが、子どもを守るために、なるべく安心安全な場所にとどめようとするのは自然なことだ。
リスクを取らせず、失敗しそうな状況から可能な限り遠ざける。子どもが迷わないように、とにかく事前、事前に正解を教える。
これこそ親の愛情だ、と僕は思う。
そしてその結果、今の若者たちは、まるで親世代の不安感を投影したかのように、保守的で、手堅く、安定路線を重視する気質を身に付けた。
(中略)
これは壮大で皮肉なストーリーだと思う。誰かが悪いわけではない。誰も悪い人は出てこない。ただ、もともと怖がりで臆病な気質を持った日本人が、長すぎる失われた時代を経験してきた帰結だ。
「私たちの若い頃は~」とかいうとき、今とは社会も価値観も全く異なる異世界の現象の話が飛び出しますよね。
たとえば小学校の時は学校で水を飲ませてもらえなかったし、先生がクラスの男子を叩くのとか廊下に立たされるとか普通だったし、居残り給食している子は毎日数人いたし、居残りで逆上がりの練習をさせられている子もいたし。
「キミの代わり何ていくらでもいるから」と笑顔で面接を落とされたり、「せっかく来てくれたけどもう内定者決まってて。でも面接はやらなきゃいけないから、今からやりまーす」と言われたり。就職して飲み会では「やっぱ若い女の子にお酌してもらうといいねえ~」と部長に腰に手を回されるとか、23時半の電車で帰りながら「よかった今日は終電じゃなかった!」とテンションが上がるとか(ぜんぶ実体験)。
結婚して子どもが生まれたら仕事を辞めるのが当たり前で、保育園は待機児童に溢れていて当たり前のように無理で、専業主婦から復職しようとしたら「ブランクがあるとちょっと・・・」とまゆを顰められ、子どものワクチンは多くが任意接種で(ヒブワクチン・肺炎球菌ワクチンは全部自費で打った、高かったあ~!)、幼稚園は全額自費で(一人毎月45000円!)。まさに不遇。不遇の世代です!!
そんなロスジェネ世代の命がけのサバイバルを経て、上に書いた多くのことはなくなったり改善したりしました。同世代のみんなが頑張って声をあげてくれたおかげだと思います。そうやって改善を重ね、多くのことから守られるようになったのが、まさに今の若者、Z世代なのだと。そのことに改めて気づいて、愕然としました。
つまり今の若者の姿は、氷河期世代を反面教師として、正常化された姿。「そ、そうか・・・?」と首をかしげたくなるかもしれないけど、それが事実なんですよね。
そう考えたときに、「今の若者世代が私たちのような不遇な待遇を受ける時代じゃなくなって本当に良かった」「若者が虐げられず、大切に守られながら生きられるようになって良かった」とも感じます。理不尽に耐える時代は終わったんだ。それはおそらく私たちが思い描いた理想の姿ではなかったけれど、私たちの願いが、声が届いたからこそ、今の若者たちには、私たちにはなかった自由がある。幸せな時代になったんだと思いました。
ただし、それが本当の意味での「幸せ」なのかは、神のみぞ知る・・・ですかね。
「今が一番」の“今”は、氷河期世代の礎あってこそ
今の若者の多くは、数年後の未来のことより「今が良ければいい」と考える傾向が強いとのこと。この刹那主義的な志向は、「先行きが不透明すぎて、未来のことなんて考えることさえできない」というわけではなく、「今の自分に満足しているし、特に贅沢をしているわけではないから、ずっとこのままでOK」ということなんだそうです。うーん。
私からすれば、今の若者世代はあまりにも恵まれていると感じます。就職活動も売り手市場だし(AIの登場で先行きは不安だけど)、就職したら職場では大切に大切に扱ってもらえるし、やりたくないことはやらなくていいよと周りから気を遣ってもらえて、有給休暇はもちろん産休・育休・生理休暇だって自由なタイミングで取れる。いいなあ。
でもそれって、不遇な氷河期世代が、いわば人柱になって支えてきたからこそ改善されてきたわけですよ。それなのに最近のXでは、Z世代の「氷河期世代は甘え」論が増えていて、なんだか悲しい気持ちになります。
私は専業主婦じゃないし3号擁護派でもないけど氷河期に対して就職も子育て支援もしなかったことを言い続けますよ。
— Mrs.Racherry (@RacherryBlossom) April 19, 2026
騒ぎ続けないと国も社会も氷河期の不遇は無かったことにして、どんどん奪ってくる。
幼児教育無償化も高校無償化も氷河期の子供達が対象外になってからやっている。 https://t.co/tIrAWXJnxp
氷河期世代が下支えになったのは仕方ないからまあ良いんだ。いや良くはないけど、納得できる部分はあるんだ。でも、その恩恵を享受している若者たちが、同じ条件では生きられなかった私たちに対して石を投げるのは違うだろうよと思うわけで。世知辛いぜ。
というわけで、『無敵化する若者たち』の、この部分。
確かに今の学生たちは、月額数百円というレベルで、あらゆるサブスクに入ることができる。映画も、ドラマも、スポーツも、アニメも、すべてが月額数百円で見放題。
ただその環境は、何の努力もなく、空から降ってきたものではない。
先輩世代の皆さんが、努力を重ねて勝ち取った権利だ。
先輩世代の皆さんが、強く望んで、築き上げた競争力の賜物なのだ。
その恩恵が、未来永劫続く保証はどこにもない。
「自分は特に贅沢をしたいわけじゃないんで」という若者たち。
でも、たった今、享受している日々こそ、望外の贅沢そのものかもしれないという可能性については、ほとんどの若者は気づいていないのかもしれない。
いやマジで本当に金間先生ありがとう。そう言ってくれる人がいることで救われるよなと思いました。
世代論は結局つながっている
私は今まで、世代論ってそれぞれが個別のものだって考えていました。でも、今回『無敵化する若者たち』を読んで、その考えが間違っていたことに気づきました。世の中は巡る。世代はつながっている。だから世代論も脈々とつながっているんだということに気づかされたのです。
きっと私の親世代だって、自分たちの良くない部分をどうにか変えようと努力して、それが改善されて私たちの時代になった。私たちも同じように不遇な時代を終わらせようと努力して、若者たちが生まれた。どの時代にもみんな「未来はより良く」という気持ちで、次世代によりハッピーな社会を贈ろうと努力した結果なんだなあと思います。そこに分断はないんだ。
ただそこに、国際情勢や社会情勢が絡むことで、本来望んだものとは違う形に変化したかもしれない。あるいは、良かれと思って望んだことが、実はイマイチだったということもあるかも。ただどの時代も、純粋に「次世代によりよいものをつなごう」という思いがあったはず。それはとても素敵なことだと感じます。
国際情勢が不安定で、しかもAIの登場によって先行きはますます不透明な時代になりつつあります。それでも、たとえば今政府が行っている経済対策や社会保障、子育て支援などは、賛否両論はあれど、どれも「次世代によりよいものをつなごう」という思いが込められているものですよね。そうやって「未来へつなぐ」ことこそが、現代の私たちに課さられた大切な使命であり、生きる意味ともいえるのかもしれません。
「友だちより仲間を」
そろそろ記事を締めたいのだけど、最後にとても印象に残ったフレーズをご紹介させてください。
二つ目の提案は、つぎのチャンスを掴むと心に決めたら、そのことを誰かに伝えること。
もし、その誰かが同世代なら、友だちより仲間と呼べる人がいい。友だちは話を聞いてくれるかもしれないが、仲間は一緒に行動してくれる。
つらいことを聞いてくれる友だちは大切だが、つらいことをともに経験してくれる人こそ、今のあなたには必要だ。
(中略)
入ったことのないドアの向こうへ飛び込むのは怖い。だから、その恐怖を分かち合える人を見つけてほしい。
友だちより仲間。そのフレーズがとても素敵だなと思って、なんか感動して涙が出てきちゃったんですよね。トシだわあ。
「昨今の若者はキャラを使い分けることで友だちも分けている」みたいなことを何かの本で読みましたが、そんなふうにキャラを使い分けて関わる友だちにホンネは見せられないんじゃないかと思うんです。強い部分も弱い部分も、本音もタテマエも全部見せられる、全幅の信頼を寄せられる仲間。インスタントな関係じゃなく、どっぷり浸かった人間関係を構築することが、人間の土台を強くすると思いました。
我が子たちも、心から信頼できる仲間を見つけて欲しいなあ(長男氏は最近できたっぽい気がするけど)。
結び
時代は巡り、世代も巡り、でも歴史は繰り返すものだから、きっと人間の人生なんてはたから見たら似たり寄ったり。でも小さな粒はそれぞれ大きさも形も違うから、どれがいいどれが悪い、どれが優れていて劣っているとか、そういう議論は無意味だなと改めて感じます。
世代論を学ぶことは、自分を知り、若者や親世代を知ることでもあり、同時に「いま」と未来を知ることでもあります。『無敵化する若者たち』は、これから私たち一人ひとりが他者とどう向き合うべきか、未来にどうつなげていくべきか、そのヒントになる本だと感じました。
興味を持たれた方はぜひ手に取ってみてください。
時間がなくてなかなかゆっくり本を読んで考察はできないけど、今後も継続的に世代論については考察を重ねていこうと思います。ちなみに、金間先生もインタビューで登場している『Z家族』という本も面白そうで買ったものの積読になっているので、次はこれを読む予定!
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