パニック障害と“共に生きる”と決めたら、薬がいらなくなって楽になった話【マガジン#7】
前回までの話⬇️
パニック障害で限界がくる。
仕事を頑張ってはいるけど
昼夜逆転の日々と
風俗という仕事のストレスは大きくて
少しずつ
不眠、うつ…心の薬が増えていた。
そんな29歳のある日
風邪気味で鼻が詰まった、その瞬間💦
急に「何がなんだか分からない」感覚に襲われたの。
息がしづらい、怖い!
今ここにいる感覚がなくなって
自分が自分じゃなくなっていくような…
ものすごい恐怖にパニックになった。
座っていられず、
部屋をウロウロするしかなくて
しばらくして落ち着いたけど
それから鼻が詰まるたびに
同じようなパニックが繰り返し起きた
パニック障害の診断
あまりに怖くて心療内科へ行くと、
「パニック障害ですね」と言われて…
最初は鼻づまりがきっかけだったのが
空気が薄く感じるときや
疲れているとき、寝不足のとき…
条件がそろうと発作が出るようになって
窓のない部屋、人混み、電車、暗いライブハウスとかエレベーター、海やプール…
発作が起きる場面も回数も増えていったんだよね。
私の発作の感覚
なんていうか、発作の感覚を言葉で
表現するのむずいんだけど
私の場合は、脳みそが壊れそうな感じで
「今ここ」から分離して自分だけがどこかにいってしまったような恐怖
なんだよね。
それを冷静に分析してみると、
脳が誤作動を起こしてるような感覚に近いのかなぁ。
薬との付き合い
しばらくは薬が手放せなかった。
心が不安定なときは発作も頻繁
でも、少しずつ心が安定してくると
条件を避ければ発作を防げるようになって。
不妊治療で医師から薬は控えてと言われてから、勇気をだして止めてみたんだけど
それでも人混みで発作が出れば
奇声をあげながらも(笑)
何とかやり過ごしたり
エレベーターや満員電車でも
何度も薬なしで発作を経験してるうちに
そのうち気づいたんだよね。
「発作は怖いけど、死ぬわけじゃない」
「ずっと続くわけじゃなく、必ず終わりがある」
そう理解してから
少しずつ怖さが減っていった。
治そうとするのを手放したとき
心が原因なだけじゃなくて
発作の脳の回路ができちゃってるから
治らないのかもなー
と思った時があって。
もう、パニック障害と共にうまく付き合いながら生きてこー。って
治そうとするのを手放してからは
発作に慣れたというか、
お薬を飲まなくてもよくなっていったの。
そこから、満員電車や、エレベーター、発作が起きる状況を、、少しづつ克服していって
唯一今でも残ってる発作は、鼻づまり(笑)
発作が起きても死なないから、
大丈夫って薬なしで発作がおさまるまで待てるようになったことと、鼻づまりを解消するスプレーだけは常備してる感じかな。
私が思う回復とは
やっぱり心の安定と
パニック障害を何とかしようとか、完治させなきゃと思うのをやめたときに、
楽になり、症状が減っていくんだと思う
それには、やっぱり即回復!を目指すよりステップがある気がするんだ。
ひどい時期は無理せずお薬に頼って、
落ちついてきたら⇒頓服⇒お守り
に切りかえていって
発作が起きても死なないし、
大丈夫なんだ。
そしてかならず終わりがある。
ということを脳にインプットして
ゆっくり大丈夫そうな発作は慣らしていくようにしたり、
薬以外で対処できる方法をしてみたりするのもいいと思う。
なにより、パニック障害の自分、薬を飲む自分を責めないこと。
パニック障害の自分はダメなのか?
そして、パニック障害で薬を飲むことはダメなこと?
薬を飲むことて、症状を軽くすることは
だめなことかな?
問題にしてしまって
自分を責めたり、ダメなことだ、と思えば思うほど、そこにフォーカスしすぎて逆にやめれないと思うの。
でも、発作がヒドイ時期はどうしてもフォーカスしちゃう。
それは仕方ないと思う。
すごく辛いもん、私もそうだったから。
苦しい時期はしっかり飲んで、頼って
落ち着いたら少しずつ付き合い方を考えていけばいいよね。
あの発作の意味
今思えば、パニック障害は
「もう限界だよ」
という心と体のサインだったなぁって。
それまで私は、しんどくても
「がんばらなきゃ」と自分を置き去りにしていたし
あの発作がなければ、私は今でも自分を見ないままだったかもしれない。
同じように苦しむ人へ
発作、すごく辛いよね。
でも発作が起きても
あなたはちゃんと今生きてる。
大丈夫。
これからも、ちゃんと生きていける。
そして、発作には必ず「終わり」がある、
ずーっと発作が続くわけじゃない。
少しずつでいいから、安心できる自分との付き合い方を見つけていってね。
