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「なんでやねん」って、英語で説明できますか?〜外国人が最もつまずく「ツッコミ」という文化〜

「昨日、道頓堀歩いてたらさ、カーネル・サンダースがエプロン姿でたこ焼き焼いてたんや」 「なんでやねん!」

大阪の街角の居酒屋から、週末のテレビのバラエティ番組、あるいは学校の教室の片隅に至るまで、私たちが息をするように自然に交わしているこのやり取り。日本人、特に関西にルーツを持つ人々にとっては、朝起きて「おはよう」と言うのと同じくらい、何の変哲もない日常の風景の一部として溶け込んでいます。

しかし、日本語を真剣に学び、その奥深い迷宮に足を踏み入れようとしている外国人学習者にとって、ここはまさに「魔の海域」とも呼べるほどの難所なのです。

ある日のことでした。日本に留学してきて半年、真面目に日本語学校に通い、助詞の「てにをは」の使い分けや、複雑怪奇な敬語のシステムさえも熱心に身につけようとしているアメリカ人の友人が、真剣な眼差しでこんなことを私に聞いてきました。

「なぜ、日本のコメディアンたちは、楽しそうに会話をしている途中で突然怒り出し、大声を出して相手の頭や肩を叩くのですか? そして、何より不思議なのは、叩かれた方も、なぜあんなに嬉しそうにしているのですか? まるで意味がわかりません」

彼は、週末にテレビで放送されていた漫才のネタ番組を見ていたのです。 私たちが「ツッコミ」として当たり前に認識している「なんでやねん!」という言葉と、それに伴う「ドツキ」と呼ばれる軽い手振りが、彼の目には「Why did you do that?(なぜそんなひどいことをしたんだ!)」という激しい非難、あるいは突然の理不尽な物理的攻撃にしか映っていなかったというわけです。

私たちが無意識のうちに使いこなし、社会の潤滑油として機能させている「なんでやねん」。 関西弁の代表格であり、今やインターネットの普及も手伝って日本全国で「ツッコミ」の代名詞として定着しているこの短い言葉。読者の皆さんも、日常会話の中で友人のちょっとした見栄や、大げさな冗談、あるいは天然のボケに対して、反射的に、そして半ば無意識にこの言葉を放った経験が一度や二度はあるはずです。

相手の発言の中に潜む矛盾や論理の飛躍をすかさず捉え、鋭く指摘することで、平坦な会話にリズミカルな起伏と爆発的な笑いを生み出す魔法の言葉。しかし、このたった五文字の響きの背後には、世界でも類を見ない、極めて特異で洗練された「文化装置」が隠されているのです。

そもそも、「なんでやねん」という言葉を直訳すると、いったいどうなるのでしょうか。 文法的に解剖してみましょう。理由を問う「なんで(なぜ)」に、断定の助動詞である「や(だ)」、そして疑問や強い念押しを表す終助詞の「ねん」が結合して成り立っています。 純粋な意味合いとしては「なぜそうなのだ」「どうしてそうなるんだ」という、原因や理由を問いただすシンプルな疑問文に過ぎません。 しかし、この辞書通りの意味をそのまま英語に直訳してしまうと、途端に取り返しのつかない悲劇(あるいは喜劇)が生まれます。

「なんでやねん」を英語で説明せよと言われたとき、多くの日本人が真っ先に思い浮かべるのは、疑問詞の王様である「Why?」でしょう。 しかし、先ほどの友人の例にもあるように、相手の明らかな冗談やボケに対して「Why?」や「Why is that?(なぜですか?)」と返してしまうと、それは笑いを生むどころか、「理由を問う極めて真面目な質問(いわゆるマジレス)」になってしまいます。 「なぜカーネル・サンダースはフライドチキンではなく、たこ焼きを焼いていたのか。その論理的な因果関係と、文化的背景、ならびにビジネス上の戦略的意図について詳細に説明せよ」と迫っているのと同じ状態に陥ってしまうのです。これでは、せっかくの笑いの芽が、冷たい論理の風に吹かれて瞬時に枯れ果ててしまいます。

では、英語圏のネイティブスピーカーたちは、このような状況でどのように反応するのでしょうか。「なんでやねん」に近いニュアンスを表現する場合、彼らは状況や関係性に応じて、いくつかのフレーズを巧みに使い分けています。

代表的なものをいくつか見てみましょう。

一つ目は、「Come on!(おいおい!/勘弁してくれよ!/いい加減にしろよ!)」。 相手の呆れた冗談や、どう考えてもあり得ない嘘、あるいは子供じみたボケに対して、最も軽く、そして頻繁に使われるフレーズです。「なんでやねん」が持つ、「またそんな馬鹿なこと言って」という親愛の情や呆れに近いニュアンスがよく表現されています。肩をすくめながら、あるいは天を仰ぎながら使われることが多いのも特徴です。

二つ目は、「You've got to be kidding me!(冗談だろう!/ふざけないでくれ!)」。 「なんでやねん!」と少し強めに、そして大きな驚きを交えてツッコむ時に威力を発揮します。相手のボケのスケールが想定外に大きい時や、突拍子もない嘘をつかれた時のリアクションとして機能します。"kidding(冗談を言う)"という言葉が入っている通り、「お前は私をからかっているに違いない」という前提に立った反応です。

三つ目は、「What are you talking about?(一体何の話をしてるんだ?/何言ってんの?)」。 相手の発言が完全に的外れであったり、論理が破綻していたりする時の「なんでやねん」に相当します。理解不能なボケに対して、少し呆れたニュアンスが強く出る表現です。

いかがでしょうか。これらは確かに、それぞれの文脈において「なんでやねん」の機能の一部を見事に翻訳できています。 しかし、同時に何かが決定的にこぼれ落ちていることにお気づきになるはずです。 それは、これらの英語フレーズが、あくまで「個人のリアクション(感情的な反応)」の域を出ていないという点です。日本の「なんでやねん」が持っているような、会話という空間そのものを一つの「ショー」として成立させ、その場にいる観客(あるいは周囲の第三者)に対して「さあ、皆さん、ここが笑うところですよ! この人が今、おかしなことを言いましたよ!」と高らかに提示するような、いわば「メタ的な機能」までは持ち合わせていないのです。

この「なんでやねん」が内包する特殊なメタ的機能を深く理解するためには、日本の笑いの歴史の系譜を少しばかり遡る必要があります。

私たちが日常的に親しんでいる「ボケ」と「ツッコミ」という概念。実はこれ、ポッと出の新しい言葉ではありません。その源流は、日本の伝統的な古典芸能である「萬歳(まんざい)」における、「才蔵(さいぞう)」と「太夫(たゆう)」という二つの役割にまで遡ることができるのです。 萬歳そのものの成立は驚くほど古く、なんと平安時代にまで遡ります。元々は、新年を祝うために家々を回り、おめでたい言葉を述べて祝福を与えるという予祝芸能(よしゅくげいのう)として始まりました。それが時代を下り、18世紀前半、江戸時代の中頃には、上方(現在の近畿地方、特に大阪や京都)において、小屋掛け芸として大衆の面前で演じられ始め、独自のエンターテインメントとして発展を遂げていくことになります。

その長い歴史の過程で、舞台上の二人の役割は明確に分化していきました。 一方が「ボケ(才蔵)」として、とぼけた発言や滑稽な間違い、あるいは非常識な振る舞いをして意図的に笑いを誘う。そしてもう一方の「ツッコミ(太夫)」が、その誤りや常識からの逸脱を的確に、そしてテンポ良く指摘することで、「ここが笑いどころである」と観客に明示する。 この、どちらか一方が欠けても成立しない見事な「分業制」こそが、日本の笑いの真骨頂なのです。ボケはツッコミによって救われ、ツッコミはボケが存在して初めてその存在意義を獲得する。まさに共生関係です。

そして1930年(昭和5年)、この伝統的な構造を受け継ぎながら、日本の笑いの歴史にひとつの巨大な革命が起こります。 横山エンタツと花菱アチャコという、二人の不世出の天才の登場です。彼らは、それまでの萬歳における伝統的な和装や、鼓などの鳴り物を一切捨て去り、当時としてはモダンな背広姿でマイクの前に立ちました。そして、まるで日常会話の延長線上にあるかのような自然なやり取りの中で、ボケとツッコミが目まぐるしく、そしてスピーディーに交錯する「しゃべくり漫才」という全く新しいスタイルを創始したのです。 この革新的なスタイルは、当時の人々に強烈な衝撃を与え、瞬く間に大衆の心を鷲掴みにし、熱狂的な人気を博しました。 江戸時代から昭和という激動の時代にかけて、大阪や京都を中心とする上方の寄席という過酷な現場で、幾多の芸人たちによって汗と涙とともに磨き上げられてきた「上方漫才」。その歴史の結晶として、現在の私たちがテレビや劇場で目にするボケとツッコミのスタイルが、確固たるものとして確立されたのです。

(※ちなみに、読者の皆様の中には「では、『なんでやねん』という具体的なこのフレーズを、最初にツッコミの定番として使い始めたのは誰なのか?」と疑問に思う方もいるかもしれません。しかし実は、この特定のフレーズがいつ、誰によってお笑いの定型句として定着させられたのかについては、信頼できる文献や明確な記録は残っておらず、歴史的な起源を断定することはできません。誰か一人の天才が発明したというよりは、上方漫才の長い歴史と、無数の芸人たちによる創意工夫、そして観客との絶え間ないコミュニケーションの積み重ねの中で、最も口になじみ、最も使い勝手が良く、最もリズミカルな定番のツッコミ表現として徐々に磨き上げられ、現在のように広く一般にまで使われるようになったと考えるのが自然でしょう。)

さて、話を冒頭のアメリカ人の友人に戻しましょう。 彼が漫才を見て、「なぜ怒っているのか」「なぜ暴力を振るうのか」と根本的な誤解をしてしまった背景には、言葉の壁以前に、英語圏のお笑い文化と日本のそれとの間にある、決定的な構造の違いが存在しています。

欧米のコメディ、とりわけ主流であるスタンダップコメディは、基本的に「一人のコメディアンが、マイク一本を武器にして、一人で観客に向かって喋り続ける」というスタイルを取ります。そこでは、コメディアン自身が面白いジョークを言い、観客が直接それに反応して笑う、という一対多の直線的なコミュニケーションが成立しています。 しかし、日本の漫才は全く構造が異なります。二人(あるいはそれ以上のグループ)が観客の目の前で「会話」を繰り広げる。一人がわざと常識から外れたことを言ったり、間違えたりする(ボケる)。すると、すかさずもう一人が「なんでやねん!」と鋭く指摘する(ツッコむ)。 つまり、舞台上のツッコミ役は、実は「観客の代弁者」として機能しているのです。観客が心の中で「え、おかしいでしょ!」と思ったまさにその瞬間に、代わって声を大にして指摘してくれる。それによって観客は安心して笑うことができるのです。

日本語を学ぶ外国人の学習者が、ある程度の語学力を身につけた後に最も高く厚い壁として直面するのは、語彙の少なさでも文法の複雑さでもありません。この「役割分担をして、相手のミスを許容し、協力して一つの笑いという作品を作り上げる」という、高度に洗練された共同作業の概念そのものなのです。 「相手の明らかな間違いや非常識な発言を、論理的に正論で叩き潰すのではなく、あえて『ボケ』という安全な枠組みの中で温かく受け止め、『ツッコミ』を入れることで、そのミスすらも社会的な笑いへと昇華させる」 このシステムの本質を理解した時、多くの外国人は「なんて平和で、なんて高度で、なんて優しいコミュニケーションなんだ!」と驚愕し、深い感動すら覚えると言います。

「なんでやねん」という言葉。 文字面だけを冷徹に分析すれば、相手の発言を頭から否定し、その理由を厳しく問い詰める、冷たく攻撃的な言葉に見えるかもしれません。 しかし、その本質は180度真逆のところにあります。

相手の不完全さ。ちょっとした勘違い。無知。あるいは、その場を盛り上げようとして羽目を外してしまった不器用な冗談。 「なんでやねん」は、それらのマイナス要素を決して冷たく切り捨てたり、論破して追い詰めたりしません。むしろ、「なんでやねん」というたった五文字の魔法の言葉で相手の失敗を包み込み、「はい、今のは面白いボケでしたよ」というラベルを貼ってあげることで、誰も傷つかない社会的な「笑い」へと見事に軟着陸させてあげるのです。

それは、相手のミスやボケをどん底から救い上げ、舞台の中心へと押し上げる、究極の「愛のある言葉」に他なりません。 英語の "Why" や "Come on" にはどうしても翻訳しきれない、日本独自の他者への深い思いやりと、共同作業に対する美学。平安時代から脈々と受け継がれてきた「笑いで場を祝う」という芸能のDNAが、この短くも力強い響きの中に、ギュッと凝縮されているのです。

明日、誰かのちょっと的外れな冗談や、可愛らしい勘違いに対して、あなたが反射的に「なんでやねん!」とツッコミを入れる時。 その瞬間、あなたはただの言葉を発しているわけではありません。あなたは、平安時代から続く豊かな芸能の歴史と、他者と笑いを共有し、相手の不完全さを許容するための、世界で最も優しい文化装置を起動させているのだと、少しだけ誇りに思ってみてください。

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いかがでしたでしょうか。 普段私たちが何気なく使い、空気にように消費している日本語も、少しだけ視点を変え、その背景にある歴史や文化の地層を掘り下げてみれば、驚くような奥深さと、先人たちの知恵が見えてきます。

本連載「日本語、英語で言うと解体新書」では、こうした「教科書の例文には絶対に載っていない、生きた日本語のリアル」を、毎回様々な角度から解剖してお届けしています。 今回は、本連載の「入口」として特別に無料公開でお読みいただきましたが、次回以降の本編でも、知れば明日誰かに話したくなる、そして日本語がもっと愛おしくなるような、目からウロコの言語体験をご用意してお待ちしております。 ぜひ、この機会に定期購読をご検討いただき、私たちと一緒に、まだまだ見知らぬ日本語の奥深い森を探検しに出かけましょう。あなたの日常を彩る言葉の景色が、昨日よりも少しだけ、豊かで面白いものに変わるはずです。

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次に読むなら

「忖度」って、英語で完璧に説明できますか?〜日本を席巻した言葉の数奇な運命〜

https://note.com/backstory_jp/n/nefe8d411e1c6

このテーマの記事は、マガジン「人づきあいと空気を英語で解く|忖度・根回し・本音と建前」にまとめています。

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週末の保存版(9/25(金)公開)

『【保存版】「コスパがいい」って、英語で説明できますか?』では、こんな早見表を一覧でまとめています。

・ノートパソコン → laptop

・ガソリンスタンド → gas station (米) petrol station (英)

・コンセント → outlet (米) / socket (英)

英語圏の読者向けには、日本の寺社や城の歴史を英語の連載『Backstory of Japan』(Substack)で書いています。英語でどう伝えているかの実例として、よければのぞいてみてください。

https://backstoryofjapan.substack.com

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