【5分でわかる】メンタルアベイラビリティとは
「ブランドの認知度を上げたい」
マーケティングの仕事をしていると、よく聞く言葉です。
もちろん、知られていないブランドが買われる可能性は低いので、認知を高めることは大切です。ただ、認知率が高ければ、それだけで十分なのでしょうか。
たとえば、あなたがコーラを飲みたくなった瞬間。焼肉を食べているとき。仕事の合間に少し気分転換したいとき。
その瞬間に頭に浮かばなければ、「コカ・コーラというブランドを知っている」ことは購買につながりません。
ここで役に立つのが、メンタルアベイラビリティ(Mental Availability)という考え方です。
一言で言えば、
「買う状況になったとき、そのブランドが頭に浮かぶ確率」
と考えると分かりやすいと思います。
メンタルアベイラビリティとは
メンタルアベイラビリティは、Ehrenberg-Bass Instituteのブランド成長研究で重視されている概念です。
Jenni RomaniukとByron Sharpは、ブランドの「salience(顕著性)」について、購買状況においてブランドが気づかれたり、認識されたり、思い出されたりする傾向として研究してきました。現在のEhrenberg-Bass Instituteも、メンタルアベイラビリティを「買う状況で容易に思い浮かぶこと」と説明しています。
ここで大切なのは、単なる「知っているか」ではありません。
たとえば私は「ボルボ」という自動車ブランドを知っています。しかし、実際に車を買い替えようと思ったとき、自分の候補として頭に浮かばなければ、購買にはなかなかつながりません。
反対に、
「安全性を重視して車を選びたい」
という状況になった瞬間にボルボが頭に浮かぶなら、そのブランドはその状況において高いメンタルアベイラビリティを持っていると考えられます。
つまり、ブランドを知っていることと、買う場面で思い出すことは似ていますが、同じではありません。
認知度との違いは「いつ思い出すか」
認知度を測る質問として、
「このブランドを知っていますか?」
があります。
一方、メンタルアベイラビリティの発想では、もう少し購買状況に近づきます。
たとえば飲料なら、「暑い日に何か飲みたい」「食事と一緒に炭酸飲料を飲みたい」「仕事中に気分転換したい」といった状況があります。
ブランド名だけを提示されれば「知っている」と答える人でも、こうした状況からブランドを思い出せるとは限りません。
RomaniukとSharpの研究では、ブランドを単一の認知指標だけで捉えるのではなく、さまざまな手がかりからブランドが記憶から取り出される可能性を見ることが重視されています。
私はここが、実務上かなり重要だと思っています。
「認知率80%まで上げる」
という目標だけでは、マーケターが次に何をすればいいのかは意外と分かりません。
しかし、
「どんな状況になったとき、このブランドを思い出してほしいのか」
まで考えると、広告で何を伝えるべきかが具体的になります。
CEPは「思い出すきっかけ」
ここで登場するのが、Category Entry Points、略してCEPです。
Ehrenberg-Bass InstituteはCEPを、消費者が購買状況で記憶へアクセスする際の手がかりと説明しています。場所や時間帯のような外的な手がかりだけでなく、目的や感情などもCEPになり得ます。
たとえばコーヒーなら、
「朝、仕事を始めるとき」
「眠気を覚ましたいとき」
「食後に少し休憩したいとき」
「人と話しながら何か飲みたいとき」
などがあります。
消費者の頭の中では、「コーヒー」というカテゴリーからブランドを検索しているわけではありません。
何らかの状況が起き、その状況が記憶を刺激し、ブランドが候補として浮かびます。
Ehrenberg-Bass Instituteは、CEPをメンタルアベイラビリティの「building blocks」、つまり構成要素として位置づけています。多くのカテゴリー購入者に、多様な購買状況でブランドを思い出してもらえる記憶構造を作ることが、メンタルアベイラビリティを高めることにつながります。
「本を売るなら?」
「ブックオフ」
のように、ある状況からブランドが連想される。
マーケティングでは、この連想が偶然起きるのを待つのではなく、意図的に作っていくわけです。
「一番強いイメージ」を作ればいいわけではない
ここでもう一つ、メンタルアベイラビリティを理解するうえで大切なポイントがあります。
ひとつの強烈なイメージだけを作ればいいわけではありません。
ブランドを思い出してもらえる入口は、多い方が有利です。
Ehrenberg-Bass Instituteも、ブランドがより多くの関連するCEPと結びつくことで、より多くのカテゴリー購入者に、より多くの購買状況で思い出されることを目指す考え方を示しています。
コカ・コーラなら、「ハンバーガーと一緒に」だけで思い出されるより、「暑い日」「食事」「映画を見るとき」「気分転換したいとき」「人が集まったとき」など、多くの状況から思い出された方が購買機会は増えます。
だから私は、ブランドのポジショニングを考えるときにも、
「私たちは何者か」
だけではなく、
「どんな瞬間に思い出されるブランドになるのか」
を見る方が実務につながりやすいと思っています。
広告の仕事は、記憶に入口を作ることでもある
この視点を持つと、広告の見え方も変わります。
広告の役割を「商品の魅力を伝えて、その場で買わせること」だけだと考えると、すぐに購入されなかった広告は無駄に見えるかもしれません。
しかし、多くの商品では広告を見た瞬間に需要があるとは限りません。
自動車の広告を見ても、今日車を買い替える人はごく一部です。
それでも、
「子どもが生まれて安全な車が欲しくなったとき」
「長距離運転が増えたとき」
「次はSUVに乗りたいと思ったとき」
といった将来の購買状況とブランドを結びつけることはできます。
需要が発生した瞬間に、そのブランドが頭の中の選択肢へ入っている。
これも広告が生み出せる価値です。
もちろん、メンタルアベイラビリティが高ければ必ず売れるわけではありません。思い出しても、近くで売っていなければ買えません。
そこで対になるのが、フィジカルアベイラビリティです。
メンタルアベイラビリティが「頭の中で買いやすい状態」だとすれば、フィジカルアベイラビリティは「現実世界で買いやすい状態」と考えると理解しやすいでしょう。Ehrenberg-Bass Instituteも、この両方をブランド成長の重要な要素として扱っています。
実務では「誰に?」だけでなく「いつ?」を考える
マーケティングでは、ターゲットについてよく考えます。
属性や価値観。もちろん、それらも必要です。
ただ、メンタルアベイラビリティを知ってから、私はもう一つの問いを重視するようになりました。
「その人は、いつこの商品を必要とするのか?」
同じ人でも、毎日同じものを欲しいわけではありません。
暑い日の自分と寒い日の自分。
仕事中の自分と休日の自分。
一人でいる自分と家族といる自分。
同じ消費者でも、状況が変われば選択肢は変わります。
だから、消費者を細かく分類することだけではなく、購買が発生する状況を広く理解し、その状況とブランドを結びつけていくことが重要になります。
これが、私がメンタルアベイラビリティという概念を面白いと思う最大の理由です。
マーケティングを見る単位が、「どんな人か」から「どんな人が、どんな状況で買うのか」へ一段広がるからです。
次に広告を見るとき、
「この広告は何を伝えているのか」
だけではなく、
「このブランドを、どんな瞬間に思い出してもらおうとしているのか」
と考えてみてください。
広告の見え方が、少し変わると思います。
プロフィール
マーケティング戦略コンサルタントです。
事業会社とコンサルティング会社の両方で、販売・CRM・データ分析・市場調査・需要予測・価格・広告・Webなど、マーケティングの上流から下流まで経験してきました。
このnoteでは、実務と研究を行き来しながら、仕事・キャリア・発信に使える再現性の高い考え方を紹介しています。
詳しい自己紹介はこちら。
自己紹介|実務とエビデンスから、マーケティングの本質を探しています
この記事がおもしろかったら、スキで教えてください。
おすすめ記事
購買はマジカルバナナである|コカ・コーラから学ぶカテゴリーエントリーポイント
今回登場したCEPを、コカ・コーラや身近な連想を使って詳しく考えています。「どうやってメンタルアベイラビリティを作るのか」を知りたい方はこちらへ。
優れたブランドはなぜ優れているのか?を改めて考えてみる
メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティの両方から、「強いブランドとは何か」を考えた記事です。
「これはブランディング広告だから、売上にはすぐ効かない」は本当か?
メンタルアベイラビリティを広告やブランディングの実務へどうつなげるのかを考えています。
参考URL
Ehrenberg-Bass Institute for Marketing Science
https://marketingscience.info/
Ehrenberg-Bass Institute「Identifying and Prioritising Category Entry Points」
https://marketingscience.info/learn-with-us/commercial-research/identifying-and-prioritising-category-entry-points
Ehrenberg-Bass Institute「Open-access reports」
https://marketingscience.info/open-access-knowledge/open-access-reports
Jenni Romaniuk & Byron Sharp(2004)“Conceptualizing and measuring brand salience”, Marketing Theory, 4(4), 327–342
https://doi.org/10.1177/1470593104047643
Oxford University Press “How Brands Grow 2 Revised Edition”
https://global.oup.com/academic/product/how-brands-grow-2-revised-edition-9780190330026
